第508話 魔族姉妹と王族姉妹
『ところでスズキさん、ヤマトさんは帰ってきてないようですが、どうしたのですか?』
あ。
現在、僕はアーレスさんの家で、セバスチャンの迎えの馬車を待っていた。
一昨日、城で王族の皆さんに挨拶した僕は、アウロさんとアテラさんの王族姉妹とイチャついて、博士ことアギレスさんに土下座されたのだが、翌日は一日暇していた。
で、今日は王城へ通う日である。
身支度を整えていたら、左手の甲に女性の口を生やした姉者さんに言われて、あることを思い出す。
ヤマトさんだ。
先日、王城へ行った際、ヤマトさんも僕に同伴していたんだけど、道中、たくさんお酒を飲んで酔い潰れてしまった彼女を、そのまま城の人に預けてしまった。
そしてそのことを忘れて僕は帰ってきてしまった。
「忘れてた」
『忘れる鈴木もアレだけどよぉ、あーしらもなんで昨日気づかなかったんだろーな』
『まぁ、名ばかりの神獣(仮)ですから』
それ本人に対して絶対言うなよ。すごい気にしてるから。
「ヤマトさん、もしかしてあのまま昨日も王城に居たのかな」
『そんな感じがします』
『なんのために同伴させたと思ってんだ、あのでっかい猫』
「まぁまぁ。僕はヤマトさんが居なくてもちゃんと王族姉妹丼はヤらなかったから」
『『姉妹丼とか言うから不安なんだよ(なんですよ)』』
と、二人は息ぴったりに同じことを言ってくる。
すると呼び鈴が鳴らされ、僕はセバスチャンを出迎えることになった。
「お迎えにあがりました、スズキ様」
セバスチャンは折目正しいお辞儀をしてきたので、こちらも挨拶した。
それから僕は馬車に乗り込もうとしたが、その前に一言、留守番のノルに告げる。
「ノル、僕は行ってくるね。留守番お願い」
「シュコー。承知。帰りは夕飯頃か?」
「たぶんそのくらい」
『あいつ、もはやオカンじゃね?』
『フリルの付いたエプロンを纏う重騎士がオカンとは』
やめろ。考えるな。考えたら負けだ。
もちろん、魔族姉妹の声は例の如く、声を隠す魔法で僕以外には聞こえないので、セバスチャンの前で二人が会話していても問題は無い。僕は会話に参加できないけど。
セバスチャンと馬車に乗り込むと、ズシンッという一際強い揺れを感じた。
セバスチャンはいつになく慌てた様子で立ち上がる。
「何事だ?!」
『な、なんだ?! 地震か?!』
『いえ、これは......』
セバスチャンが馬車の扉を開けて、外の様子を確認しようとした、その時だ。
扉を開けた彼は、もふもふの白い毛の塊にぶつかり、押し返されて尻餅をついてしまった。
僕はそのもふもふした白い毛の塊に見覚えがあった。
だから名前を呼んだ。
「......マルナ、何してんの?」
『王! ガルも遊びに行きたい!』
巨狼化したマルナガルムは馬車の上に乗っかり、尻尾をぶんぶんと振っていた。その暴れる尻尾を食らって、セバスチャンは尻餅をついた模様。
セバスチャンは目が点になって驚いていたが、すぐに立ち上がって、こほんと咳払いする。
「す、スズキ様、もしやこのモンスターは......」
『ガルはモンスターじゃない!』
「えっと、僕と契約している者です......」
ちなみにマルナガルムの巨狼姿に、馬車を引く馬たちが悲鳴にも似た嘶きを響かせているが、馬具で拘束されているので逃げ出せない。
ちょ、めっちゃ怖がってるじゃん。どうしよ、セバスチャンみたいな人たちの前で人の姿に戻るのは禁止って言ってるし。
「ま、マルナちゃん、良い子だからお留守番してて」
『やぁ!』
「ま、まさかヤマト様以外に人語を解せる神獣と契約されているとは......」
『神獣にしては威厳が無いがな』
『それはヤマトもでしょう』
どうしようっか......。この子、一度駄々をこね始めると言うこと聞かないんだよね。
「マルナ、僕はこれから仕事に行くんだよ」
『王の仕事ってなぁにー』
「えっと、引きこもりの第一王女のメンタルケア的なやつ」
『“めんたるけあ”?』
「そう、メンタルケア」
『王は王女と交尾するってこと?』
『こいつ、王族に仕える執事の前でとんでもないこと言い出したぞ』
が、なぜかセバスチャンは苦笑して、特に怒った様子を見せなかった。
『王がガルを置いていこうとするなら、その馬を食べてガルが馬車を引いてあげる!』
「すみません、うちのバカ犬が......」
「ふふ。無邪気ですな」
いや、よく笑っていられるな、あんた。
仕方ないので、僕はセバスチャンにマルナガルムの同行もお願いしてみた。すると意外にも彼は快く応じてくれた。
マルナガルムが喜ぶ。
『やったー!』
「マルナ、城の人に迷惑をかけちゃ駄目だよ? 約束破ったらお尻ペンペンだよ」
『鈴木さんがやりたくて言ってませんよね。一応、マルナガルムは女の子なんですが』
『あれ気持ち良いから好きー!』
『既にやってんのかい』
ということで、僕らは王城へ向かうのであった。マルナガルムが側に居ると馬たちが怖がるので、馬車からかなり離れてついてくる感じで。
ちなみにセバスチャンと話していたら、次回から馬車ではなく、マルナガルムに乗って来ていいという許可をいただいてしまった。
なんかもう......色々とすごいな。
*****
『お城の中ひろーい!』
「いや、お城って本当にすごいよね。マルナの巨体もすっぽり入っちゃうんだもん」
『でも王サマの城はもっと大きいよ?』
なんかティアまでついてきちゃってるし。
王城へ着いた僕は、そのままアウロさんの居る部屋へと向かうことにする。マルナガルムは外で待機してほしかったけど、セバスチャンが国王さんから許可を貰ってきたので、その巨体のままお邪魔することにした。
もうヤマトさんのことについて知られてるし、巨狼のままじゃさすがに不便だ。本人はすごい楽しそうにしてるけど。
「きゃぁああ!」
「うお、モンスター?!」
「でか!」
周りの人からめっちゃ注目されるし。
使用人さんや騎士さんは例外なく驚いていたけど、マルナガルムの近くに居る僕やセバスチャンの姿を見て、とりあえず騒ぎにはならなかった。
ただマルナガルムは、壁にかけてある高そうな絵画や廊下にある壺をマジで壊しかねない幅を有しているので、本当に気をつけてもらいたい。
「モズクちゃん、もしもの時は落下しそうな物をキャッチしてね」
『......。』
『情けねー話だ......』
『本当ですよ......』
だって仕方ないじゃん。ただでさえお金が無いのに。
やがてアウロさんの部屋へ辿り着いた僕は、セバスチャンが部屋の主に許可を得たことで入室する。さすがにマルナガルムは入らないので廊下で待機だ。
「スズキ様! お待ちしており............ました」
アウロさんの言葉の最後の方は聞き取りづらくなっていった。
彼女は僕の姿を見てぎょっとする。いや、僕の真後ろに居る、部屋の中を覗き込んでいるマルナガルムの姿を目の当たりにして、開いた口が塞がらないと言った様子であった。
わなわなと震える指で僕の後ろを指差しているが、とりあえず彼女を落ち着かせることに努めた。
落ち着いた彼女に、周りに誰もいないことを確認してから、今度は魔族姉妹を紹介した。彼女はまた驚いていた。
「ほ、本当に手のひらにお口が......」
『べろべろべろべろ〜』
『こら、はしたなく舌を動かさないでください。鈴木さんの真似下手なんですから、ウケませんよ』
僕がいつ舌を出して、べろべろしたよ。
とまぁ、それから彼女と世間話でもしながらお茶していたら、アウロさんがあることに気づく。
「あの、先程からマルナガルムさんがいらっしゃらないようですが......」
「え?!」
『やべ、忘れてた。ティアもいねーじゃん』
『どこかに行ったんですかね』
僕は大人しく待っていられないマルナガルムとティアに頭痛を覚えるのであった。
*****
『くんくん......こっちからヤマトの臭いがする』
「ええ。ヤマト様は菜園で日光浴をされています」
鈴木たちがアウロとお茶している間、マルナガルムは退屈だったので、退屈しのぎに城を見て回ろうとしていた。セバスはその付添である。
やがてマルナガルムは外に出て、手入れの行き届いた菜園に辿り着き、その広々とした中央付近で褐色肌の女性がうつ伏せで寝そべっている様子を発見した。
ヤマトだ。
ヤマトは人間の姿で、その周りには複数の女性がおり、皆、ヤマトの世話を焼いていた。ある者はヤマトに果実酒を、ある者はヤマトの背に跨り、マッサージを。全員、この城に仕える使用人たちだ。
そんな使用人たちはマルナガルムの姿を見て、一様に驚いていたが、すぐ側にセバスの姿を見つけて安堵の息を漏らした。
如何にも寛いでいるヤマトを見たマルナガルムが吠える。
『ヤマト!』
「ん? マルナガルムか」
『王と遊びに来た!』
「あ、そう」
『暇だから遊ぼ!』
マルナガルムは尻尾をぶんぶんと左右に振って、絶好の遊び相手を見つけたと言わんばかりに燥ぎだす。
が、ヤマトはそんなマルナガルムを尻目に、はぁ、と溜め息を吐いた。
それから近くの使用人から果実酒の入った大きなグラスを受け取り、ストローのような役割を持つ管からその中身を吸い上げ、ぷは、という憂鬱な息を漏らした後、ヤマトは言い放つ。
「ちょっとやめてくれん? 吾輩、ここに住むと決めたから、お主らとはもう他人だぞ」
とのことである。
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