閑話 とある王に仕えるメイドは不敵に嘲笑う

 「くそ! どうしてこうなった!!」


 時は遡り、鈴木が<龍ノ黄昏ラグナロク>の副団長、<鬼神>ヴェルゼルクとの決闘に勝利した頃合いのことだ。


 ここヨーミエル公爵邸の執務室にて、ワギーケ・ヨーミエル公爵は次期当主である息子ハミーゲを呼びつけて怒鳴り散らしていた。


 その苛立ちの理由は言わずもがな。アウロディーテの存命だ。


 ワギーケは数年前から貴族派として成果を上げてきた。が、アウロディーテの回復に伴い、勢力は落ち始めていた。今まで貴族派が優勢であったが、それを王族派へと天秤を傾かせたのはワギーケの存在が大きい。


 しかしその傾きは再び王族派へと変わってきている。大きな要因となっているのは、王族派の貴族が流した噂だ。


 アウロディーテは表向きでは五年もの間、病に臥せていたことになっており、その原因は、貴族派が仕向けてきた暗殺未遂によるものと広めたのだ。


 王国の貴族派は民衆の意見も取り入れることを強みに勢力を上げてきているため、先の一件で勢力を落とし始めている。


 そのことに怒りを抑えられないワギーケは息子のハミーゲを呼び出し、五年前の失態についてその怒りをぶつけていた。


 ワギーケは息子のハミーゲに向けて、その整った顔を杖で打った。ハミーゲの口端から血が流れ落ちる。


 「お前が五年前、あの小娘を籠絡していれば、こんなことにはならなかったんだぞ!」


 「......申し訳ございません、父上」


 「これからどうする気だ! 幸いにも当時の証拠は無いようだが、相手は王族だぞ! 公爵家と言えど処罰は免れん!」


 「ご安心ください。既に私の方で手は打っております」


 「なんだと?」


 ハミーゲは立ち上がり、ワギーケに告げる。


 「今王城に居るアウロディーテ姫殿下は本物かどうか怪しいところです」


 「な?! それはどういうことだ!」


 「ふふ。先日、民衆の前に立って演説したアウロディーテ姫殿下は、別の誰かが代役を演じたと考えられます」


 ハミーゲは語った。


 ジュマが死亡したのは確実だ。おそらく、先の一件で街中を騒がせた、王都各所で出現した謎の鉄鎖の数々が関係しているのだろう。


 ジュマは王都から離れたに違いないとハミーゲは考えていたが、同時期にとある国の闇ギルドが壊滅したという情報があるため、疑いようのない事実である。


 故に懸念すべきはアウロディーテの今後の行動だ。


 「王族派の連中は亡きジュマの身辺調査を行っているようですが、私と関わりがある証拠を見つけることは難しいでしょう。ジュマのことですから、その証拠すら残していないはずです」


 「だとしたら、なぜ今更第一王女の偽者などを用意したというのだ」


 「そちらの件は調査中です。しかし考えてみてください。本人ならば堂々としていればいいものの、アウロディーテ姫殿下は部屋に籠もって表に出てこようとしません」


 アウロディーテは先の一件以降、自室に籠もっている。理由はわからないが、偽者故に他者との接触を最低限にしようと努めているに違いない。そう、ハミーゲは見ていた。


 そのことをハミーゲは父親に伝えると、一応は納得したようで、ワギーケは不機嫌さを残しつつもこの部屋を後にする。


 一人残ったハミーゲは、静かになった空間で立ち尽くす。


 そして、


 「くそがぁぁぁああああ!!」


 怒りを爆発させる。


 執務机の上にある物を盛大に叩き落として物に当たっていた。


 「あの死に損ないが!! なぜ今になって私の邪魔をするッ! ヘヴァイス王子殿下に取り入っていた計画が台無しになってしまうではないか!!」


 しばし感情のままに吐露したハミーゲであったが、この場に一人、居るはずのない女性の声が聞こえてきた。


 「あらあら。人間、お困りのようですね」


 「っ?!」


 ハミーゲが声のする方へ振り返ると、窓際に一人の女性が立っている様を見つける。その女はメイドの様相であった。


 女の艶のある琥珀色の長い髪は窓から吹き込む風で靡いており、青空を思わせる瞳はハミーゲを捉えていた。何よりも特徴的なのは、腰から生えた二枚一対の黒い翼だ。まるで絵画からこの世界に舞い降りたかのような美があった。


 無論、この屋敷の者ではないことは明白だ。


 ハミーゲはすぐに冷静さを取り戻し、対処する。


 「......何方様でしょうか?」


 「失礼致しました。私はイシュターヌと申します。とある至高の王に仕えるメイドです」


 「至高の......王?」


 ハミーゲは屋敷の者をどのタイミングで呼びつけるべきか窺っていた。警戒をあらわにして、一歩、また一歩、後方へ下がってイシュターヌから距離を取る。


 明らかに常人とは思えないメイド姿の女は敵意こそが感じられないが、時期が時期だ。ハミーゲを狙う者は決して少なくない。


 イシュターヌは凛とする声で答えた。


 「ええ。この上なく愛おしいお方です。早くお会いして尽くしたいのに、それが叶いません。この国に来れば何かしら収穫はあると思ったのですが......上手くいきませんね」


 「人探しなら他を当たってくれますかね。私は今とても忙しいので」


 「それはこの国の王になるための準備をしているから、でしょうか?」


 「?!」


 ハミーゲの動揺に、イシュターヌは口角を釣り上げた。


 ハミーゲは見透かされているような感覚に陥り、本音を口にしてしまう。


 「わ、私は王になりたいのではない。裏からこの国を支配したいと考えているだけだ」


 「左様ですか。どのみち私がこちらへ足を運んだのは、このご時世に珍しくも分不相応な野望を抱く者の存在を感じたからです。ふふ、王に仕える前に、下等な人間の野望を叶えるお手伝いをしましょう」


 「は? 一体何を......」


 「こちらをどうぞ」


 イシュターヌはどこから取り出したのか、手のひら程の大きさで、まるで角のような見た目の笛を取り出し、それを執務机の上にそっと置いた。見た目からして木製のそれについて、イシュターヌは説明する。


 「<傀儡の笛>といいます。一度吹けば、聞いた者を思うがままに操ることができます。効果時間はこの笛が壊れるまで。


 「......そんな物を素直に受け取るとでも?」


 「お任せ致します。私はがこれからどこまで成り上がることができるのか......それを見たいだけですので」


 「わ、私は落ちてなどいない!」


 「ふふ。ただこちらを差し上げることと引き換えに、私からも一つお願いしたいことがあります」


 「頼み事?」


 ハミーゲは何を要求されるのか不安が募る一方であったが、イシュターヌから聞かされた言葉で肩透かしを食らう。


 「人探しをしていただきたく」


 「ほう。私は誰を探せばいい?」


 「我が王です」


 「名前は?」


 「名前は知りません」


 「は?」


 「外見もこれといっては」


 「は???」


 「私もまだお会いしたことがありませんので」


 ハミーゲは急な頭痛を覚えた。


 「それでどう探せと言うのですか」


 「ただ一つ。我が王――<最悪の王ワースト・ロード>は先代より共通している特徴があると思われます」


 「その特徴とは?」


 「それは......多くの女性から好意を抱かれることです」


 「??????」


 イシュターヌはくすくすと笑った後、メイド服のスカートの両端を摘んで華麗にお辞儀する。


 「では、私はこれで」


 「ま、待て。たったそれだけの情報で探せるわけ――」


 「ああ、それと一つ伝え忘れておりました」


 イシュターヌはハミーゲに背を向けてから告げる。


 「我が王は......とても残酷なお方です」



*****



 「ああ、愛しの王よ、いつになったらお会いすることができるのでしょうか」


 ヨーミエル公爵邸を発ったイシュターヌは王国を離れ、辺りに誰も居ない静かな草原の中、雲がかった夜空を見上げながら、そう呟くのであった。


 イシュターヌは手を広げ、恍惚とした笑みを浮かべる。


 「ふふ。これから王国がどのような結末を迎えるのか楽しみです。を阻止するのは......王、あなたです。この世界を愛し、人々を愛し、平和を愛する慈悲深いあなたが成し得なければならない宿命なのです」


 それからイシュターヌは二枚一対の黒い翼を広げ、暫くの間、王国の今後を傍観するのであった。

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