第506話 さいつよ??

 「生きてないなら......壊してもいいよね?」


 現在、僕は黄金の鎧を纏う騎士、アギレスさんと対戦していた。


 僕は【固有錬成:害転々】で今まで食らっていた攻撃を全て跳ね返し、アギレスさん――いや、この騎士の中に人は入ってないのだから、ただの黄金騎士としよう。その黄金騎士の右腕を斬り飛ばした。


 黄金騎士が少し蹌踉めいて、数歩後方へ下がる。


 「あ、足元には注意してね?」


 そして次の瞬間、黄金騎士の両足が何かによって切断された。


 「?!」


 闇の<大魔将>ことモズクちゃんの黒い影による斬撃だ。


 モズクちゃんは僕らが居る闘技場一帯の地面を真っ黒に染め上げ、その存在をあらわにする。


 もぞもぞと出てきたドロドロの影は、僕の手が届く高さまで盛り上がっていた。


 『......。』


 「おおー。さっきまで僕の打撃は効かなかったのにあっさり切断するとは。さすがモズクちゃん、偉い偉い」


 僕はモズクちゃんを撫でた。モズクちゃんは言葉を発しないけど、その身をぶるんぶるんと振るわせて、褒められたことが嬉しいという表現をしている。


 マジ可愛い......。


 すると、黄金騎士はまだ戦おうとしていたのか、無事な左腕だけで僕に殴りかかろうとしてきた。


 が、それは僕が黄金騎士のヘルムに片足を当てて、行動を押さえつけることで叶わなかった。


 「じゃあね」


 その状態から、僕はまるで崖から突き落とすようにして黄金の鎧を蹴飛ばす。


 すると黄金騎士は底無し沼に沈むようにして、モズクちゃんの黒い影の中へとゆっくりと沈んでいった。


 僕はふぅと息を漏らす。


 「まぁ、こんなところかな?」


 「素晴らしい!! これが<口数ノイズ>の力か!!」


 うお、びっくりした。


 するといつの間にか闘技場の方へと下りてきていた国王さんが、僕の方へ向かってズカズカと歩いてきていた。


 モズクちゃんが色を失った真っ黒な地面をかき集めるように収束させていき、最後には自身ごと僕の影の中へと戻っていった。


 ほぼ同時に、国王と同じく僕の下へやってきたアウロさんが、僕に抱き着いてくる。


 「スズキ様!」


 「あぶ?! が見ているところで駄目ですよ、アウロディーテ姫殿下」


 「おと?! 気が早いですわよ?! アウロお姉様は駄目ですわ!!」


 「ははははは! 存外面白い奴だな、スズキ君は!」


 斯くして、僕は国王さんに認められる存在となった。



 *****



 「セバスは居るか?」


 「ここに」


 鈴木とアギレスの対戦が終わった後、ヘヴァイスは足早にその場を立ち去った。


 本来ならばあの場で鈴木の健闘を称えるべきであったが、ヘヴァイスはそれをしなかった。そんな青年の顔は興奮したように、どこか恍惚としている。


 ヘヴァイスはある所に向かうべく、セバスを従えて歩を進めた。


 「くくッ。セバス、お前の目は狂ったか? スズキは紛れもなく化け物ではないか」


 「はい。私も認識を改めるべきだと深く反省しております」


 「あいつは我が国が誇る<三王核ハーツ>と同じレベルか?」


 「判断が難しいところですな。アギレス様も本気の鎧を使われていないようでしたので」


 「ああ。あとそういえば、スズキは以前、騎士団の入団試験を受けたそうだな?」


 「はい」


 「その時はタフティスとやり合ったそうではないか。結果はタフティスの圧勝だったらしいがな。今、やり合えば結果はどうなると思う?」


 「と仰りますと?」


 セバスはスズキがここ王国を約半月ほど不在だったことを知っている。故にその一ヶ月前に行われた入団試験時の話を持ち出されても、結果は変わらずタフティスが圧勝すると思っていた。


 なにせスズキとタフティスには圧倒的な実力差があり、それは一ヶ月やそこらで埋まるような差ではないからだ。


 しかしヘヴァイスの見解は違う。


 「簡単な話だ。スズキの実力はまだ底知れない......そう思わないか?」


 「......なるほど」


 ヘヴァイスの考えはこうだ。


 タフティスと戦ったときはまだ全力を出していなかった、もしくは王都不在の期間中に少年を成長させる何かがあった、将又その両方か、である。


 現に鈴木は<無情の騎士>を圧倒した。その事実にヘヴァイスは笑みを浮かべる。


 ヘヴァイスは城の中でも一際高い建造物の塔へ向い、階段を上ってある人物を探す。やがてその目当ての人物を見つけた後、ヘヴァイスはその者の名を呼んだ。


 「アギレス!」


 「あ、殿下」


 そこに居たのは、齢十かそこらだろう見た目の少年であった。


 全体的に灰色の髪の持ち主で、一房だけ白髪が混じっており、所々寝癖のある少年だ。その身は年相応に小柄で、また声はまだ変声期を迎えていないのか、やや高かった。


 その少年――アギレスは着崩した普段着の上から白衣を纏っている。ひと目でその者が身なりに気をつけていないことがわかる様相であった。


 そんなアギレスの近くには望遠鏡があり、今までそれで眼下を観察していたことがわかる。


 アギレスは苦笑する。


 「殿下〜、なんですか、あの化け物。ボクチンのコレクションが呆気なく壊されたんですがー」


 「スズキだ。少し前に話しただろう?」


 「ああー、あれが帝国と聖国に喧嘩を売ったバカですかー」


 アギレスの口調はとてもゆったりとしたもので、聞く側からすればやや不快に思われるかもしれないが、ヘヴァイスはもう慣れたと言わんばかりに気にしていない。


 「驚いたな。まさか貴様の黄金騎士が敗れるとは。アギレスのコレクションの中でも耐久性に秀でた鎧だろ」


 「ええ、防御特化の鎧ですね〜。過去に耐久テストで、アーレスの本気の攻撃を四発食らっても傷一つ付かなかった代物なんですよ」


 二人の会話の通り、鈴木が戦った黄金騎士はアギレス本人では無い。アギレスがこの塔の上から望遠鏡で闘技場を見ながら、操っていた人形に過ぎないのだ。


 アギレスは困ったようにヘヴァイスに訴える。


 「ボクチンの黄金騎士は返ってきませんかね?」


 「どうだろうな」


 「おふぅー」


 「で、あの黄金騎士の腕をふっ飛ばしたり、胸に負った傷はスズキの魔法か?」


 ヘヴァイスは誰がどう見てもわかるほど興奮しきっており、鼻息荒くアギレスに問い質していた。


 対するアギレスは若干引いていた。相手がこの国の王子だろうと態度を変えないのがアギレスという少年である。


 「いいえ、あれはおそらく何らかの【固有錬成】によるものでしょうね〜」


 「ん? そうなのか?」


 「ええ。黄金騎士が負傷すると同時に、スズキが失った右腕も胸の傷も癒えました。......いえ、敵に転写したように見えましたねぇ」


 「“転写”?」


 「はい。まだ予想の域ですけど、自分が負った傷を相手に跳ね返すとか?」


 「おお!!」


 「で、殿下、近い〜」


 「あ、すまん」


 アギレスはぼさついた灰色の髪を掻きながら言う。


 「まぁ、世の中にはそういう理不尽な【固有錬成】があるってことですね〜。それよりもボクチンはあいつが使役している<大魔将>が気になりますねー」


 「ん? そう言えば、地面から黒いどろどろとした何かが現れたな。というか、<大魔将>ってことは......」


 「ええ、あれは闇の<大魔将>ですねー」


 アギレスはヘヴァイスの懸念に賛同する。


 闇の<大魔将>に限らず、<大魔将>が人に従うなど有り得ない話だ。各元素を司る<大魔将>は出現した環境によっては、大国を滅ぼしかねない力を有しているからだ。


 特に光と闇の<大魔将>は場所を問わず、時間帯でその力が増減するため厄介極まりない。


 ヘヴァイスは怪訝な顔をし、アギレスに問う。


 「......そんなこと、人にできるのか?」


 「ボクチンも疑問ですー。ただ見た感じ、すっごい懐かれてましたね〜。ペットみたいでした」


 「だ、<大魔将>をペット扱いとは......」


 「闇の<大魔将>クラスなら、ボクチンの黄金騎士の両足を斬ったことは納得できますね〜」


 「ふむ。アテラが夜に対戦することを望んだのは、スズキが闇の<大魔将>の恩恵を受けるためか」


 「で、あの白髪の少年は人間なんですか?」


 「ああ、この城に入る前に一通り検査したからな。そこは間違いない。ちなみになぜか検査を担当した騎士から、スズキのイチモツの長さまで計測したと報告された」


 「なぜ〜」


 「知らん」


 「ちなみに長さは〜」


 「これくらいだそうだ」


 「立派〜」


 それからヘヴァイスは楽しそうに、ぶつぶつと今後の計画を独り言していた。


 「スズキは欲しいな。戦力が期待できる。あわよくば、ぜひ我が陣営に加えたい。まずはスズキと接触したいな。権力を持つことに抵抗がある者かも調べる必要があるか。以前受けた騎士の入団試験は不合格だったが、奴は騎士という職に就きたかったと捉えるべきだろう。ならば安定した職を提供できるというのも交渉材料に......」


 「殿下、もう帰っていいですか〜」


 斯くして、ヘヴァイスはスズキを手に入れるべく、今後の計画を練るのであった。

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