第505話 無気力バトル、からのガチ

 「いいですわね、遠慮なく戦ってくださいまし」


 「は、はぁ」


 現在、ズルムケ王族の人たちと賑やかな夕食を終えた僕は、王城のとある訓練場にやってきていた。


 ここは日中、騎士たちが訓練に使っている円形の場所で、夜間の今でも辺りを明るく照らすような篝火が点在している。


 そしてその円形の訓練場には周りを囲むようにして、腰を掛ける程度の石造りの観客席がある。そんな場所に、アテラさん以外のズルムケ王族の皆さんは並んでいた。また観客は他にも居て、この城を守っている騎士と思われる人たちもちらほら居る。


 僕はこれからアギレスという<三王核ハーツ>の一人と戦わなければならない。やる気は出ないけど、国王になんでも聞ける機会を作れるチャンスだ。頑張るしか無い。


 んで、そんな僕に、なぜかアテラさんが言い聞かせるようにして熱弁してくる。


 「相手はあの<無情の騎士>ですわ! 手加減できるような相手ではありませんわ! 全力で戦ってくださいまし!」


 「はいですわ」


 「ふざけてますの?!」


 ごめん、お嬢様口調がうつっちゃった。


 僕は前方、アテラさんより向こう側の景色を見つめる。


 「で、なんでそのアギレスさんは居ないんです?」


 「先程、使用人にこの場に来るよう命じておりますわ。そのうち来られるかと思いますわ」


 「はぁ」


 対戦相手、本当に来るのかな。いや、王族の命令だから来ると思うけど。


 にしても相手も可哀想だな。まだ世間一般的に寝る時間帯じゃないけど、夜遅くにこんなよくわからん変態と戦わされるなんて。


 僕は疑問に思っていたことをアテラさんに聞く。


 「そう言えば、なんでこんな時間帯に対戦することを提案したんですか?」


 「え? それはその......少しでもスズキさんの勝率を上げるためにと......」


 「?」


 「ほら、スズキさん、闇の<大魔将>を使役していると仰ってではありませんの。でしたら、夜に戦えば勝てるのではないかしら?」


 「なるほど」


 彼女が僕に勝ってほしい理由はさておき、僕は全力を出したくても出せないんだよ。


 だって僕の全力って、対戦相手を殺す気になって初めて出せるようなスキルばっかだから。


 スキルで言えば、即死級の【泥毒】とか【牙槍】、瀕死に追いやれる【害転々】、【賢愚精錬】と【闘争罪過】の組み合わせに至っては相手が死ぬまで身体能力が強化し続けちゃう。


 さらに言えば、インヨとヨウイの絶対的な破壊力を持つ“黒”の力は、今二人がこの場に居ないからすぐには使えないし。


 魔族姉妹が居れば、もっと無茶な戦いできるから戦法が広がるし、死ににくい身体になる。


 だから今晩の僕は全力とか絶対出せないのだ。


 僕はやる気のなさを思わせる返事をアテラさんにしてしまう。


 「頑張りまーす」


 「あなた......」


 すると、この訓練場の入口から騎士の格好をした者が現れた。


 「あれ? 誰か来ましたね」


 「アギレスですわ」


 あの騎士が......。


 この場に現れた騎士はノルを思わせる重騎士の姿で、金色の鎧を纏っている。


 趣味悪。


 その重騎士は片手に円形の盾を、もう片方の手にはショートソードが握られていた。どっちも金ピカだ。


 趣味悪。


 また肩から腰の高さまで真っ赤なマントを羽織っており、遠くに居る僕から見てもすごく目立って見えた。


 趣味悪。


 両者、闘技場に立ったということで、国王がこの場に響き渡るほど大きな声を発した。


 「アギレス、よく来てくれた! 今からそこに居る少年と戦ってくれ!」


 「......。」


 父親の声を聞き、アテラさんが下がる。その際、彼女は僕にぼそりと呟いた。


 「本当に......本当に遠慮は要りませんわ」


 「......。」


 この人はアギレスさんに何か恨みでもあるのだろうか。僕を心配しているだけのようには見えないんだが。


 闘技場に二人だけとなったところで、僕はアギレスさんに挨拶する。


 「どうも。スズキと言います」


 「......。」


 「今日はなんかすみません。急に戦うことになっちゃって」


 「......。」


 あ、会話には応じてくれないタイプの人?


 じゃあいいよ。適当に戦って終わらせるから。


 国王さんが対戦開始の合図を出した。


 「それでは......正々堂々と始めッ!!」


 先に動いたのは僕だ。


 まずはあの重騎士さんの機動力を見るべく、後方へ飛び下がって、地面に手を着き、【固有錬成:賢愚精錬】で土で出来た大型の弩砲を生成する。


 無論、一つや二つではない。十数を超える弩砲がアギレスさんを捕捉し、一斉に土の槍を放った。


 直撃......かと思いきや、アギレスさんは前方へ駆けながら、それらの土の槍を避けたり、盾で防いだり、剣で叩き切っていた。そこそこ速いな。でも追えないレベルじゃない。


 「......。」


 「ならこういうのはどうか......なッ」


 僕は再び【賢愚精錬】を発動し、アギレスさんの足場の地面を一気に盛り上げる。


 それは一種のバネのトラップのような働きを見せ、黄金の騎士はその重量に逆らって宙高くその身を投げ飛ばされた。


 同時に生成する、先が尖った土の巨大な根。空中では不可避だろうと思って、僕はそれをアギレスさんに容赦なく放った。


 が、アギレスさんはそれを手にしている金色のショートソードで迎え討った。


 その刹那、


 「後ろがガラ空きですよ」


 「っ?!」


 僕は<ギュロスの指輪>で透明化し、【縮地失跡】を発動してアギレスさんの死角――真後ろへ転移する。


 そして【賢愚精錬】を【力点昇華】に使い、肌が限りなく黒に近い深緑色になった右足で踵落としを炸裂する。


 ドガンッ。アギレスさんが地面へと一直線に急降下し、その黄金の身を地面に叩きつけた。土埃が舞う中、僕は着地して踵落としをした自身の右足を見つめた。


 「なんだ、さっきの手応え......」


 妙だ。直撃させたのに、なんか思っていた手応えと違っていたのだ。


 地面にめり込んだアギレスさんが身を起こし、僕に向き直る。蹌踉めいた感じもしないし、ノーダメのように思える。


 すると黄金の騎士がまだ距離はあるのに、僕に向けて剣を頭上に掲げた。


 「?」


 「......。」


 次の瞬間、黄金の騎士がその剣を振り下ろすと同時に、僕の右肩から腸にかけて斬撃が走った。


 「っ?!」


 「す、スズキ様ッ」


 「スズキさん!!」


 は?! ちょ、どういうこと?!


 僕は慌てて後方へ飛び下がる。


 傷口に触れると、止めどなく血は流れ落ちていたが、傷は浅かった。大丈夫、まだやれる。


 遠くに居るアテラさんとアウロさんの悲痛な叫び声が聞こえてくるけど、内容までは頭に入ってこない。


 今考えるべきはアギレスさんの攻撃だ。なんだ今の攻撃は。あの人はまだ一歩も動いていないのに、離れている僕を斬りつけたぞ。


 それに魔法じゃない。もの凄い速い攻撃ってわけでもなかった。


 そして再びアギレスさんは黄金のショートソードを、今度は真横に振り上げる。


 やばい。タネはわからないけど、このまま立っていたらまた斬られる。


 僕はそう思って、前進した。


 全身に【賢愚精錬】と【力点昇華】を使い、膂力が跳ね上がった蹴りを黄金の騎士にぶつける。もはや弾丸のような加速力はアギレスさんとの距離を一気に縮めたが、彼が手にしている円形の盾で容易く受け止められてしまった。


 な、なんだこの騎士。全然びくともしないぞ。それにさっきの踵落としのときと同じ感じだ。僕の攻撃はちゃんと当たってるのに、全く効いてない手応えがする。


 そして僕の攻撃を防いだアギレスさんに、攻撃を許してしまう。


 彼は横に構えた剣で僕に斬ろうと、それを横薙ぎに振るった。


 しかし僕もそんな見え見えの剣捌きを食らうはずもない。


 身を反らして、黄金のショートソードが僕の真上を過る様を目にする。


 が、


 「っ?!」


 なぜか僕の右腕が切り飛ばされていた。


 僕はその場に倒れ伏した。


 「いやぁぁぁああ! 陛下! 今すぐこの戦いを止めてください!!」


 「お父様! スズキさんが死んでしまいますわ!」


 「ならん。あの程度の傷、城に居る治癒師なら治せる」


 姉妹の絶叫に応じない王の声が聞こえてくる。


 まさか右腕を切り飛ばされるとは。すごく痛いけど、ああ......やっぱ痛みに鈍感になってしまったようだ。少し前の僕なら泣き喚いていたところだろうに。


 するとアギレスさんが僕を見下ろしていることに気づく。


 「......。」


 黄金のヘルムの奥、瞳こそ見れないが、僕に何を伝えたいのかわかってしまった。


 ――まだ戦うか?――と。


 そして同時に気づく。この至近距離でアギレスさんを観察してしまったから、その重騎士の正体を知ってしまった。


 鎧の節々の僅かな隙間から見えるはずの肉体......


 つまり――。


 僕は血反吐を撒き散らしながら、国王に問う。


 「かはッ。陛下、一つ聞いてもよろしいですか」


 「? なんだね」


 「アギレスさんは――この騎士は?」


 その問いに、国王は一瞬だけ目を見開いた後、盛大に笑った。


 「あはははは!! よくぞ見抜いた! 答えは否! それに生は無い! !!」


 ああ、やっぱりそうか。


 少し前、ノルと模擬戦した時と似た感覚があったんだ。鎧の中が空洞故に、力の伝わり方に不自然さがあった。それにアテラさんが遠慮なく戦えって言ってたのも不思議だったし。


 じゃあさ――。


 僕は口角を釣り上げる。


 「生きてないなら.......」


 瞬間、黄金騎士の剣を持つ右腕が吹き飛んだ。


 いや、右腕だけじゃない。今までどんな攻撃を食らっても無傷だった金色の鎧は、胸から腸にかけて傷が生まれていた。


 その摩訶不思議な現象に、黄金騎士は驚いて動けなかった。


 「っ?!」


 そして僕は立ち上がる。


 今しがた斬り飛ばされたはずの右手で、服に着いた土埃を叩き落としながら、眼前の黄金騎士に告げる。


 「?」

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