第504話 王族との食事は料理を楽しめない
「アウロさん、そろそろ時間なんで行きましょ」
「や、やはり私は遠慮させていただこうかと......」
「......。」
現在、夕食の時間までアウロさんの部屋で時間を潰していた僕は、これからこの国の王様とそのご家族と一緒に食事することになっていた。
セバスチャンことセバスさんが僕らに食事の準備が出来たと知らせに来てくれたのだが、アウロさんが部屋から出ようとしてくれない。
少し前までは観念していたけど、ここにきて我儘を言い始めるとは。
「アウロさん......」
「うぅ。まだ私には家族と一緒に居る勇気が無くて......」
アウロさんは家族のことが苦手......いや、たぶんまだ好きにはなれない、という表現が正しいだろう。
五年間も苦しんできたのは、偏にアウロさんの家族が彼女を楽に死なせなかったからと言っても過言ではない。だから彼女は少なからず家族を恨んでいた。
今もそうかはわからないけど、恨んでいた家族と食卓を囲むのは気持ち的に憚られるのだろう。
そこはいい。彼女自身の問題だからね。
でもさ、
「じゃあ僕は行くので」
「ああ、そんな! 私を置いてかないでください!」
彼女はこの部屋を後にしようとする僕を止めるのだ。
腕をぎゅっと掴んで、物理的に。
可愛いけど、この国の王様が僕を待ってるんだよ......。
僕が女性の手を振り解け無いという体質を知っての行為なら、彼女はとんだ策士だな。
僕は溜息を吐きながら言う。
「はぁ。別に僕はアウロさんに何か強要するつもりはありませんよ。さっきも言いましたが、アウロさんの自由です。もしかしたら時間が解決するかもしれませんし」
いずれ引きこもり精神を改心させるつもりだ。それが僕の受けた仕事だし。
「そうかもしれませんが......スズキ様は私の知らない所で、私の家族と和気藹々するおつもりなのでしょう?」
「い、いや、さすがに一国の王様相手に、そんな気軽に接することなんてできませんよ」
「それにお父様の性格的にスズキ様を気に入られるかと......」
ええい、くどくどとしつこい!!
僕はアウロさんを抱っこした。もちろんお姫様抱っこ。
「きゃッ」
「さ、行きましょう」
「お、おおお待ちください!」
アウロさんが赤面して顔から湯気を出していたが、大人しくなったのでよしとしよう。
僕は彼女を抱えたままセバスチャンの案内に従い、ダイニングホールへ向かう。扉の両隣に立っていた使用人さんが扉を開けてくれたので、僕は入室した。
ダイニングホールはさすが王城と言うべきか、広々とした空間はもちろんのこと、優美な内装はどこもかしこも光り輝いていた。
天井はかなり高く、そこから吊るされている豪奢なシャンデリアが爛々と輝く様は、もはや神秘的な美しささえ感じられた。
そしてこの空間の中央。長方形のテーブルの上には真っ白なテーブルクロスが敷かれており、その上にはこの場で食事をする者たちの食器が並べられていた。
その最奥に座っている男は、灰茶色の髪を後ろに流している壮年だ。歳のわりには筋肉質で素人目でもわかるほど鍛え上げられている。やや焼けた色の肌で、顎の髭を綺麗に整えているのが印象的だ。
そんな男――国王グラシンバ・ギーシャ・ズルムケは、僕に眼光鋭くも柔和な笑みを浮かべて口を開いた。
「ようこそ、スズキ君。君を歓迎しよう」
*****
「はは。それにしても娘を抱えてやってくるとは、この私に見せつけているつもりか?」
「?!」
「あ、失礼しました」
僕はハッとして、今更ながら食卓の場に来てしまったことに気づいたアウロさんを下ろす。
国王グラシンバの両隣には二人の女性が席に着いている。僕から見て左側には第一王妃ルウリ・マリアーロ・ズルムケが居る。初対面だけど、その人の髪の色や顔立ちがアウロさんやアテラさんと似ているからすぐにわかった。
で、僕から見て右側に居るのが、消去法的に第二王妃リアンザ・ベール・ズルムケだろう。こちらはウェーブがかった美しい金髪の持ち主で、すごくボン・キュッ・ボンな人妻である。
どちらの王妃も美女で、王様に嫉妬心を抱いてしまいそうだ。
同時に、僕も将来はハーレムを気づくぞ、とやる気に満ち溢れてくる。
僕は深々とお辞儀した。
「この度はお招きに与り、大変光栄にございます」
「ああー、堅苦しいのはいい。私は素のお前と話がしたいんだ。その方が気が楽だろう?」
と、国王さんが仰るので、僕はいつもの口調に戻すことにする。
セバスチャンは僕と国王さんが向かい合うかたちで椅子を引いて、ここに座れと示してくる。
アテラさんも観念したのか、使用人さんに椅子を引かれてアテラさんの隣に......ではなく、僕の左隣の席に座った。
お、おい、アテラさんの隣じゃなくていいのか。
国王さんが面白そうに僕を見やる。
「随分とアウロディーテに慕われているようだな」
「あ、あはは」
「アウロディーテ......」
僕が苦笑していると、ルウリさんがアウロさんを心配そうな目で見ていることに気づく。今まで引きこもっていた娘とこれから食事するもんな。
国王さんが自分の奥さんを僕に紹介して、最後に僕が軽く自己紹介し終えたところで、料理が運ばれてきた。僕らはナイフとフォークを手にして食事を始める。
テーブルマナー? 知らないよ、そんなの。一口で食べられそうならフォークをぶっ刺すし、無理ならナイフで切って頬張るくらい。
平たい皿に入ったスープとかマグカップに移したいくらい飲みにくかった。
そんな僕を見たリアンザさんが、こいつマジか、と言わんばかりの顔をする。マジですよ(笑)。
ちなみに国王さんはアウロさんに「元気だったか?」と、まるで久しぶりに実家に帰ってきた我が子のようなノリで聞いて会話をしていた。
その間、リアンザさんはちらりちらりと見るからに場違いな僕を睨みながら食事を続けている。
なんでメンチ切ってくるんだろう、この金髪人妻は。もしかしてレ○プをご所望だろうか。
するとこの部屋の扉が開かれ、中に入ってくる者が現れた。
「遅くなりました、陛下」
やって来たのは僕と同じくらいの年齢だろうか。国王と同じ灰茶色の髪が特徴で、キリリとした目つきはまさにイケメンのそれである。
たぶん、いやこの人こそが第二王子ヘヴァイス・ギーシャ・ズルムケだろう。
彼は入場と同時に僕の存在に気づき、問いかけてくる。僕は立ち上がって彼に向き直って挨拶する。
「君は......」
「どうも。スズキと申します。ヘヴァイス殿下」
「ああ、そうだった。今日は我が国の英雄を招いて食事をする予定だったな。遅れてすまない」
え、英雄て......。
「第二王子のヘヴァイス・ギーシャ・ズルムケだ。よろしく頼む」
僕は握手を求められたので手を差し出した。彼が「思ったよりも普通だな」と呟いていたが、聞かなかったふりをしよう。
僕は寛大だから、「童貞だろ、お前(笑)」と逆鱗に触れてこない限り、大体許しちゃう人間である。
ズルムケ王族が揃ったところで、国王さんが僕に告げる。
「改めて歓迎しよう、スズキ君。我が城へようこそ。自分の家だと思って寛いでくれ」
一応、相手も座ったままだし、一度挨拶したから、今度は僕も座ったまま応じることにした。
「ありがとうございます、陛下。お言葉に甘えて心行くまで寛がせていただきます」
「ぶふッ」
するとそんな僕の言葉に、ヘヴァイス殿下が吹き出した。
彼が口を開く。
「失敬。随分、肝の座った男だと思ってな。伊達に帝国と聖国を相手に喧嘩を売ってきてないな?」
「あ、あはは」
「しかしスズキ君のおかげで我々は帝国と戦争をせずに済んだ。感謝してもしたりないくらいだよ」
国王さんのその言葉を聞いて、僕はあることを思い出す。
それは帝国が約七年前、現皇帝の皇妃リア・ソフィア・ボロンを暗殺されたことに対して、王国がそれを疑われても否定をしなかったことだ。
結局、あれは<
先の件もそうだ。
アウロディーテさんがハミーゲに襲撃された際、城に居た重鎮はこの国王さんくらいだったと聞いた。彼女は、当時の父はハミーゲに操られていた、と見ているが、今に至るまではどうなんだろうか。
さすがに今は操られていないと思うけど......何か引っかかるな。
僕がそんなことを思っていると、国王さんが不敵な笑みを浮かべて僕に聞いてくる。
「どうした? 何か考え事か?」
「......いえ、別に」
「聞きたいことがあれば聞いてくれてもかまわないぞ」
聞きたいことはある。でもそれは今聞くことじゃない。また別の機会に聞けたら聞こう。そう思っていた、その時だ。
何かを察したのか、ヘヴァイス殿下が僕に言う。
「この場じゃ聞けないというのなら、また別の機会を陛下に設けさせていただいたらどうだ?」
「え、いいんですか?」
僕が陛下に聞くと、彼はヘヴァイス殿下を尻目に頷く。
その際、「なるほど、そう来たか」と呟いていたが、すぐに僕に向けて笑みを浮かべながら応じた。
「もちろんだ。特別な機会を設けようと考えている」
「?」
「スズキ君の聞きたいことは全て答えよう」
な?!
彼はかまわず続ける。
「が、無償でその場は設けられないな。私は力ある者には敬意を抱くが、そうでない者には何ら興味が湧かない」
......なるほどね。一応、僕の噂を鵜呑みにせず、自分の目で確かめたいってか。
「僕は何をすればいいんですか?」
その問いに答えたのはヘヴァイス殿下だ。彼は僕に答えるのと同時に、国王さんに提案する。
「陛下、私から一つ提案があります。スズキとアギレスを対戦させてみてはいかがでしょう?」
「な?! ヘヴァイスお兄様!!」
ヘヴァイス殿下の提案にアテラさんが立ち上がって抗議の声を上げる。対し、国王さんはそんなアテラさんを片手で制し、息子の提案をまるで事前に打合せしていたかのように、即決して答える。
「良い案だ。さて、どうだろう? スズキ君、アギレスに勝てとは言わん。それなりに戦えたら良しとしようじゃないか」
うわぁ。マジか......。それにアギレスってたしかアーレスさんやタフティスさんと同じ<
でもまぁ、それが手っ取り早いのは確かだな。変な仕事を任せられるより簡単かもしれない。
僕は笑顔で答えた。
「ええ。そんなことでよろしければ」
「ちょ、スズキさんまで!!」
「す、スズキ様......」
「くくッ。そうこなければな」
アテラさんとアウロさんが心配そうに見つめてくるが、僕がヘヴァイスさんの提案を受けることで今後の予定が決まる。
いつ、どこでやるかなどを話していると、アテラさんが割って入ってきた。
「でしたらこの後ですわ! スズキさんが戦うというのであれば、これから行ってください! その条件以外、
とのこと。
あ、アテラさんに認めないと言われても......。こういう試合って日が昇っているうちに外でやるもんじゃない? そう思っていたら、意外にも国王さんが彼女に便乗した。
「それはいいな! 食後の余興にちょうどいい!」
......そっすか。
ということで、僕は自分の意思をほぼ無視されて、食後の運動に勤しむのであった。
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