第500話 美女と楽しいお茶会は物騒な話がつきもので

 「アテラ様、ナエドコ様をお連れしました」


 『どうぞ。お入りください』


 現在、王城へやってきた僕は、さっそくアテラ姫殿下の執務室へ向かった。執事のセバスチャンが扉をノックし、中にいるアテラ姫殿下に入室の許可を貰ったことで、僕は入室する。


 中にはアテラ姫殿下しかいなかった。彼女は先に僕に入室させたセバスチャンに目配せし、退出させた。


 部屋には僕と彼女だけになった。たぶんだけど、僕に寄生している魔族姉妹の存在を考えての気遣いだろう。


 え、ヤマトさん? 誰、その酔っぱらい。たぶん今日はこのまま夜まで寝るんじゃないかな。知らんけど。


 今まで公務をしていたのか、アテラ姫殿下が席から立ち上がって、僕の前までやってくる。彼女はスカートの端を摘んで綺麗なお辞儀をする。


 「この度はズルムケ王城へお越しくださりありがとうございます。お父様とお母様に先んじて感謝致しますわ。今晩、是非スズキさんとご一緒に夕食を、と承っておりますわ」


 と、丁寧な挨拶をいただいたので、僕も軽く頭を下げて応じた。


 アテラ姫殿下は綺羅びやかなドレスを纏っており、相も変わらず白緑色の長い髪をツインテールにしている美少女だ。胸元が開けたドレスで、その谷間を他者に見せつけるかのように絶景を晒していた。


 思わず僕の顔も険しいものへと変わる。


 しかしアテラ姫殿下は僕の視線には気づいていないのか、なぜか僕の下腹部を見てきた。


 「本当に疑問ですわね......」


 「はい?」


 「こほん。いえ、お気になさらず」


 「はぁ」


 よくわからんけど、人の股間を凝視するのは姫様的にどうなのよ。姫様の谷間を凝視してた僕が言うのもなんだけど。


 アテラ姫殿下は僕に聞いてくる。


 「身体検査は無事に済みましたの?」


 「はい。あ、魔族姉妹は今日連れてきてません」


 「え」


 僕はアテラ姫殿下に両手を見せた。


 彼女は目をぱちくりとさせていたが、すぐに納得した面持ちになる。どうやら僕と魔族姉妹はワンセットだと思っていたらしい。


 「離れ離れになることもできるとは知りませんでしたわ」


 「連れてきた方がよろしかったですか?」


 「いえ。城の中で魔族のお二方を知る者はわたくし以外おりませんので、周囲に知られるかもしれないリスクを考えると、スズキさんのご判断は正しいですわ」


 なら良かった。それに周りから注目されやすい初日だしね。


 立ち話もなんなので、アテラ姫殿下と僕は向かい合うようにして、この部屋にあるソファーに座った。


 アテラ姫殿下が微笑んで言う。


 「礼服、似合いますわね」


 「ありがとうございます。アテラ姫殿下も素敵です」


 「ふふ。ありがとうございます。ちなみにその髪の色は......」


 「ああ、地毛ですよ。ちょっと色々ありまして」


 「そうですか......」


 アテラ姫殿下は少し申し訳なさそうな顔つきになった。


 おそらく、ジュマの呪いをアウロディーテ姫殿下から肩代わりした僕の様態を知っていたから、その頃と比べて黒髪から白髪へ変わったことを【呪法】のせいだと思っているのだろう。


 実際はギュロスさんの超絶ハードプレイのせいなんだけどね。そのおかげで痛みには大分慣れたけど。


 説明は面倒なのでしないが、とりあえず僕の頭髪事情に責任を感じる必要は無いので伝えておこう。


 「えっと、髪の色については、成るようにして成ったみたいなものなので、別にアウロディーテ姫殿下から受け継いだ呪いは関係ありませんよ」


 「......スズキさんはお優しいですわね」


 気遣いじゃないんだけどな。まぁいいや。


 すると先程退室したセバスチャンがお茶を持ってきてくれた。僕らの前に香りの良いハーブティーを置いて、彼はまたこの部屋を退室した。


 アテラ姫殿下がティーカップを手に取って、それを優雅に飲む。


 「ところでスズキさん、昨晩の件ですが......」


 やべ、まだ怒ってたのか。


 いや、おっぱいの尊さを軽んじた僕がいけない。もっかい土下座するか?


 僕は怒られる前に謝ることにする。


 「昨晩はすみませんでした! アテラ姫殿下のおっぱいを揉んでしまったこと深く反省しております! ありがとうございました!」


 「おっぱ?! ちょ、大きな声で言わないでくださいまし! あとお礼も言わないでくださる?!」


 つい感謝の念が......。


 アテラ姫殿下がプイッとそっぽを向いて言う。


 「そ、その件に関しましては水に流しますわ。それよりもわたくし、アーレスさんの家にある物を落としてしまいまして......」


 「ああ、このブローチですか?」


 「はい。そちらは王族の血が流れる者のみ触れることができ――えぇぇえ?!」


 僕はアテラ姫殿下の素っ頓狂な声に驚いてそのブローチを落としそうになった。


 び、びっくりした。なに。


 彼女は目をぱちくりとさせ、僕が手にしている金色のブローチを見つめていた。


 ちなみにこのブローチはモズクちゃんに頼んで、影の中に収納してもらっていた物だ。


 モズクちゃんはな、すごい便利なんだよ。収納できる量は時間帯によって違うから微妙な能力に思えるけど、ブローチくらい余裕で影の中に隠せる。


 あと面白いのが、モズクちゃんの異空間収納能力を目の当たりにしたドラちゃんがいじけるところかな。<パドランの仮面>はもう機能しなくなったので、その悔しさは一入らしい。


 僕はアテラ姫殿下にブローチを手渡す。それを受け取った彼女は、やや震える声で聞いてきた。


 「こ、こちらのブローチを今までずっとお持ちに?」


 「ええ、まぁ、はい。アテラ姫殿下の落とし物だと思ったので」


 「は、はい。ただ......その、スズキさんが王家のブローチに触れても問題無いことが問題と言いますか......」


 「はい?」


 何を言っているんだ、この人は。モズクちゃんも普通に持ってたぞ。いや、モズクちゃんは僕の影の一部だから、カウントしていいのか怪しいけど。


 あれ? そう言えば、マルナガルムもなんか似たようなこと言ってたな。ブローチに触れたらバチッと来たとかなんとか。


 アテラ姫殿下が説明する。


 「実はこちらのブローチは王族の血が流れる者にしか触れることが許されない代物でして......」


 「というと?」


 「無闇に他者が触ると、最初は痛いだけで済む電撃を流すのですが、次第にあらゆる魔法攻撃を展開するそうでして......」


 ま、マジか。そんなやべーもん、人んちに置いてくなよ......。でも僕はなんともないぞ?


 アテラ姫殿下が不思議そうにブローチを眺める。


 「不思議ですわね......」


 「それは魔法具か何かですか? 僕が触ってもなんとも無いということは、故障してるとか?」


 「いえ。厳密には魔法具ではありませんの。王族の血を持つ子が一定の年齢になった際、祝福の儀を経てこのブローチをから授かります」


 “女神様”。今、この人はたしかにそう言った。


 その単語を聞いて僕は目を見開く。


 「アテラ姫殿下、“女神様”とは?」


 問われた彼女は僕と目を合わせて静かに口を開く。


 「王家には一般的に知られていない伝承がありますわ。ご存知かわかりませんが、<運命の三大魔神モイラー・クシスポス>の一柱、と深い関わりがありますわ」


 そして続ける。


 「かつて第二次種族戦争で滅びかけたこの国は......かの女神に救われて立て直すことができましたわ。同時に......

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