第501話 酔っ払いが重要人物とは
「かつて第二次種族戦争で滅びかけたこの国は......その女神に救われて立て直すことができました。同時に今も支配されています」
現在、アテラ姫殿下と二人きりの僕は、彼女から聞かされた話に驚きを隠せなかった。
僕は魔族姉妹の手によってこの世界に転移してきた。その魔族姉妹の正体は聖国の一件で<
姉者さんはそのうちの一柱、クラトらしい。本人は<ネームロスの呪い>で記憶を欠いているせいか、その自覚は無いようだけど。
で僕の身体にはそんな<
<紡ぐ者>クラト。
<注ぐ者>ラテシス。
<殺ぐ者>アダロポス。
当然、妹者さんとまだ面識の無い三人目がラテシスとアダロポスになる。おそらくだが、僕の予想ではラテシスは妹者さんだ。
で、まだ面識の無い三人目の人が――アダロポスだろう。
なぜそんなことがわかるのかって? かつてアダロポスに仕えていた神獣のヤマトさんの言動から、妹者さんが三人目のアダロポスとは思えないからだ。
ああ、ヤマトさん、なんでこの重要な時に酔い潰れて寝てるのかな......。
アテラ姫殿下がすぅと目を細めて僕を見つめる。
「そのご様子ですと、<
「大したことは。アテラ姫殿下、僕にそのことについて詳しく聞かせてくれませんか?」
「......。」
「アテラ姫殿下?」
彼女は少し逡巡した後、静かに口を開いた。
「かまいませんわ。ただし条件があります」
「“条件”?」
「ええ。今からお話することは決して第三者に他言しないこと」
“第三者に”。他人ではなく、そう表現したのは、おそらく彼女は僕との会話で女神アダロポスの名前を出す前から確信を持っていたからだろう。
別に変な話ではない。なんせあのヤマトさんが隠しもしないでアダロポスに仕えていた神獣と語っていたし。
「他には?」
「
「......内容によりますね」
「ではまずスズキさんに王家の呪いについて説明致しますわ」
王家の.....呪い?
「実は王族には代々優秀な子が生まれてくることが約束されています」
「はい?」
「ご先祖様が終戦時、この国を救ってくださった女神アダロポスに懇願しましたわ。『どうかこの先も王国を守ってください』と。しかし女神様は応えず、代わりに一つの誓約を交わしてくださいましたわ」
「生まれてくる次代の子は優秀である......ということですか」
「ええ」
そんなことができるのか、女神という存在は。
いや、待て。その前に確認しないといけないことがある。
「アテラ姫殿下、その女神アダロポスは姿を見せる時があるのですか?」
「それは......」
アテラ姫殿下は口ごもった後、絞り出すようにして言った。
「
「......。」
おいおい。それは魔族姉妹の話と違ってくるぞ。
二人は僕に三人目......末の子はまだ目覚めていない状態で、僕の中で眠ったままだと言っていた。ヤマトさんもそんなこと知らないはずだ。
だというのに、そのアダロポスはアテラ姫殿下に祝福の儀を行った。
どっちが本物だ?
アテラ姫殿下は続ける。
「と言っても、お姿をはっきりと見れたわけではありませんの。眩い後光のようなものに阻まれ、
「......それでアテラ姫殿下は女神アダロポスからそのブローチを授かったと」
「はい」
そうなってくると次に疑問に思ってくるのは、王族の血を持つ子が十五歳になったら行うという祝福の儀についてだ。
僕はアテラ姫殿下に確認する。
「祝福の儀は王族の方たちと女神の間で行われる儀式ですね」
「ええ。よくわかりましたわね」
「僕は王都に来てそこまで長くはありませんが、そんな話聞いたこともないので」
たぶんだけど、アーレスさんですら知らないな。
いや、誰が知っているとか知らないとかはどうでもいい。問題は別だ。
「アウロディーテ姫殿下はまだ祝福の儀をされていませんね?」
こくり。アテラ姫殿下が首を縦に振る。
やっぱりそうか......。
アウロディーテ姫殿下はジュマの呪いで五年前から王城の地下施設に居た。とてもじゃないが、祝福の儀が行えるような様態でも状況でもない。
それにアテラ姫殿下はアウロディーテ姫殿下より二つ年が下だ。普通ならとっくに祝福の儀を受けている。
そうなると、だ。
「もしかして、アウロディーテ姫殿下は近いうちに祝福の儀を受ける予定ですか?」
「......はい」
「それは......可能なのですか? 十五を過ぎてますよね?」
「わかりませんわ。可能か不可能かは、実際に儀式の場で女神様に懇願しないと何とも言えませんわね」
「そもそもなぜ儀式を?」
「その儀式を怠れば、女神様と交わした誓約を違えてしまいますの。一度違えれば、王家に未来は無い......と言われております」
「......ご両親はその儀式をするつもりですか?」
「はい。お兄様と
“お父様は”。引っかかる物言いだ。そんな僕の疑問を察してか、アテラ姫殿下が続ける。
「お母様......ルウリお母様は反対しておりましたわ。呪いで苦しんでいたアウロお姉様に、女神の寵愛を受けた者として、まだこの国に尽くせというのは酷ではないか、と」
「なるほど......。しかしおかしな話ですね」
「?! や、やはりスズキさんもそう思われますの?!」
アテラ姫殿下は僕に詰め寄ってきたが、かまわず続ける。
「アウロディーテ姫殿下が本来受けるべきだった祝福の儀はとうに過ぎています。今は十七歳でしたっけ? その二年間、王国は特に変わった様子も無かったんですよね」
「ええ。誓約の指す“王国に未来は無い”とは、必ずしもすぐに災いが起こるとは限らないかもしれませんが、お兄様と
そこだ。なぜ女神は普通に儀式を行った。
アウロディーテ姫殿下の儀式を無視して、他の兄妹の儀式を行ったんだぞ。なぜ地下施設に匿われていたアウロディーテ姫殿下の存在を無視する。
アテラ姫殿下は続ける。
「ですから、その女神様を不審に思われたお母様は儀式を行うことに反対なのですわ。
なるほどね......。
「ちなみにアウロディーテ姫殿下は儀式を行う予定は知っているんですか?」
「いえ、その......まだそのお話をする以前の問題でして......」
あ、ああ、引き籠もってるんだった。
そこでアテラ姫殿下は軽く咳払いしてから僕に言う。
「こほん。それで、
た、企みって、この人確信を持って黒って言ってるじゃん。まぁ、怪しいけどさ。
「スズキさんにはその調査の依頼や、もしもの時のお力になっていただきたく思いますわ」
「“もしもの時”......。どこで僕らのこの会話を聞いているかわからない女神と事を構えるつもりですか?」
「ご安心くださいまし。既にお母様と何度も話しておりますわ」
おい、僕をナチュラルに巻き込んどいて開き直るな。
僕は溜息を吐いた後、今聞かされた話とは別の、そもそも僕がこの城に訪れた理由について彼女に聞く。
「さてと。どちらにしろ、引きこもりのアウロディーテ姫殿下に部屋から出てもらうようにしないといけませんね」
「......。」
「?」
「いえ、その......アウロお姉様には是非、“アウロ”と愛称でお呼びしていただけます?」
「え、愛称? なぜ?」
「きっとお喜びになると思いますの。できれば
「え、えーと......」
「も、もちろん公的な場以外で、という条件付きですわ。その、あまり殿方には親しい呼ばれ方をしていただいたことがありませんので......」
「は、はぁ。別にいいですけど」
ということで、僕らはさっそくアウロディーテ姫殿下が居る部屋まで向かった。
道中、巡回している騎士に敬礼されたが、僕らはかまわず進んで、第一王女が居る部屋の前まで辿り着く。部屋の入口付近には騎士さんは居なかった。
アテラさんが扉をノックした。
「アウロお姉様、アテラです」
『......。』
しかし部屋の主から返事は無い。
これがいつも通りなのか、アテラさんはかまわず続けた。
「アウロお姉様、どうかここを開けてください。本日はアウロお姉様に会いに来られた方がいらっしゃいます」
『......会いたくありません』
あ、反応があった。
アテラさんはそのまま続ける。
「スズキさんです。アウロお姉様を救ってくださった方です」
『?! ほ、本当ですか?!』
今までで一番大きな、かつ弾んだ声音でアウロディーテさんの声が聞こえてきた。
アテラさんが僕に目配せする。
何か話せってことか。
よし。
「アウロディー......」
ぎゅむっ。アテラさんが僕の足を踏みつけてきた。
僕は思わず痛みで叫びそうになったが、既の所で堪えて悶絶する。
アテラさんが目で訴えてくる。
呼び方が違いますわ、と。
もう実践しろっていうの......。一応、初対面なんだけど......。
僕は仕方なく言った。
「あ、アウロさん、スズキです。挨拶が遅くなり申し訳ありません。できればアウロさんの元気......美しい顔が見たいです。僕と顔を合わせてくれませんか?」
隣でアテラさんが目を見開いて僕を見ている。
なに、その目。
『......。』
が、部屋の主から返事は無い。
代わりに、ドタドタドタとかバサ、バサという荒々しい物音が聞こえてくる。
「「......。」」
アテラさんと待つこと数分。遂に扉は開かれ、アウロさんが姿を見せる。
彼女は簡素なワンピース姿であった。妹のアテラさんよりやや胸は小さく、スレンダーというほどではないが、起伏に富んだスタイルで美しい肢体を晒している。
露出している肌は雪のように真っ白だが、顔が異常に赤い。茹でたタコのように赤い。
そんな彼女の切れ長の目は僕を見ておらず、白緑色の美しい髪を手ぐしで直しながら、視線をやや下に向けたまま言った。
「ど、どうぞ。中に入ってください。スズキ様」
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