第497話 首絞めちゃ駄目でしょ、このバカ犬がぁ!

 「ということで、しばらく僕は王城に通うことになりました」


 「......。」


 アーレスさんが僕を睨みつけてくる。怖い。ちびっちゃいそう。


 現在、傭兵ギルドから帰ってきた僕は、皆とだらだら過ごしてから夕食を取っていた。


 皆で一緒に食卓の席を囲う......ことは叶わなかった。人が多すぎる。なので、リビングにあるソファーの前のテーブルも使っている。そっちはロリっ子共が占拠している状態だ。


 ちなみに帰ってきたアーレスさんを出迎えると、なぜか僕の顔を見てビクッとしていた。たぶんだけど、昨晩、酔い潰れたときの記憶が残っているのだろう。あの話題は忘れた方が互いのためだ。


 アーレスさんは溜息を吐いた。


 「はぁ。まぁ、姫殿下は貴様に会いたがってたしな」


 「え、そうなんですか?」


 「ああ。なにせ、アウロディーテ姫殿下を長年苦しめてきた呪いをザコ少年君が解決してくれたからな」


 「じゃあ、追加報酬も期待できるってことですね!」


 「......まさか今回の依頼は昨日見に行った屋敷を手に入れるためか?」


 「? ええ、もちろん」


 「......そうか」


 さすがにアーレスさんの稼ぎだけで食っていこうとはしないよ。お金があることには越したことはないし。


 すると部屋の隅に立っていたノルが話に入ってくる。


 ちなみにノルは重騎士姿だけど、その中に人は居ない。食事も睡眠も必要としない身体で、不老不死らしい。だからって部屋の隅で立っていられるのは落ち着かないけどね。


 「シュコー。城に入るには、身体検査をされると思うが、オウの身体はそれをされて困らないのか?」


 「魔族姉妹のこと? 大丈夫だよ。また独立した姉者さんに妹者さんを預ければいいだけだし。それに身体検査は最初だけみたいで、以降は手続きが簡単に済まされて入ることができるらしいよ」


 「へぇ〜。じゃあ最初だけなんだ」


 「そ。あと僕の体質のことはアテラ姫殿下が知っているから、何かあったとしても庇ってくれると思う」


 『だな。以前会ったときに正体をバラしといてよかったぜ』


 引きこもりのお姫様を部屋から出すだけで、報酬がたんまりとか最高じゃんね。


 ちなみに昔、それこそ僕がこの世界にやってきた頃、魔族姉妹は僕の身体から長時間離れて活動すると三人とも死ぬという制約があったが、それは僕が【固有錬成:摂理掌握】を使いこなせるようになってから改変させた。


 別に僕らはもう互いに疑っていたり恨んでいたりする関係じゃないので、「核が離れ離れになっても別行動できるようにした方がよくない?」「だなー」「効率性を求められる場面のときを考えてそうしますか」感じでそういう身体になった。


 本当に【摂理掌握】は便利スキルだ。


 僕はもう直、大金が入ることに喜んでホクホク顔をやめられなかった。



*****



 「お邪魔しますわ」


 深夜過ぎ。ズルムケ王国第三王女アテラ・ギーシャ・ズルムケは、護衛もつれずにアーレスの家にやってきていた。


 アテラの声に誰も反応しない。当たり前だ。誰も起こさないように忍び込むことが目的なのだから。


 無論、アテラはアーレスの家の風呂場に刻まれている転移魔法陣を利用して、王城からこの場にやってきたのだ。


 アテラがこの家に一人で来たのは、鈴木がアテラの依頼を引き受けたことが理由だ。


 アテラの依頼内容はこう。部屋に引き籠もっている第一王女アウロディーテを外に出すことだ。せっかく元の姿に戻って元気になれたのだから、これからは家族として共に幸せな時間を過ごしたい。そう、アテラは思っていた。


 が、実際はアウロディーテは部屋の中に引き籠もってしまっている。最初のうちは妹のアテラの呼びかけには応じていたが、今となっては無視されている始末だ。


 だからアテラは考えた。


 アウロお姉様を救ったスズキさんしか適任はいない、と。


 が、鈴木はジュマの行方を追って半月ほど不在だった。しかしつい数日前、鈴木が王都に戻ってきたことを知って、アテラは安堵の息を漏らした。


 またアテラは鈴木の職業も知っていた。冒険者と傭兵だ。傭兵として活躍していた噂は多い。


 故にアテラは鈴木を指名して仕事を依頼した。そしてその受理の知らせが数刻前に来たのだ。アテラは嬉しくて仕方が無く、居ても立っていられず、城の者には内緒で転移してきた次第である。


 そう、アテラも鈴木に会いたかったのだ。


 アテラは風呂場から廊下へと出て、鈴木が居るであろう部屋を探し始める。


 「皆さんを起こさないように......」


 忍び足を意識して、第三王女は鈴木の部屋を目指していた。


 が、


 「お前、誰? 侵入者?」


 「?!」


 アテラの背後に、一人の少女が立っていた。


 狼のような耳と銀色の美しい髪を持つ少女――マルナガルムだ。


 一見、可憐な少女に見えるが、アテラを捉えるその瞳は肉食獣が見せるそれに近い。鋭い瞳孔がアテラを侵入者と見なしていた。


 アテラはいきなりバレると思わなかったのか、両手を上げて静かに口を開く。


 「わ、わたくしはこの国の第三王女アテラ・ギーシャ・ズルムケと申しますわ」


 「王......じょ?」


 「ええ。決して怪しい者ではありませんわ」


 「ガル、王女は偉い人って聞いた。偉い人は風呂場から出てこない」


 「......。」


 それはそう。


 アテラも思っていたのだ。なぜ警備が厳重でもない家の風呂場と王城の地下が繋がっているのか、理解できなかった。


 そんなアテラの下に、マルナガルムが近づいて鼻をすんすんとさせ、アテラの臭いを嗅ぎ始めた。


 アテラは高貴な存在の自分に対して何をしだすのだろうと疑問に思う。よく見れば、マルナガルムはゆったりとした寝巻き姿であった。


 マルナガルムが口を開く。


 「臭う」


 「え゛」


 「お前、臭う」


 途端、アテラは顔を赤くして怒った。


 「に、臭うわけありませんわ! わたくしはスズキさんに失礼の無いよう、しっかりと身を清めてきて――」


 「違う。こう、メスが醸し出す“ふぇろもん”的な臭いがする」


 「ふぇろ? え?」


 「ティアが王とよく居るときに出す臭いに似てる」


 アテラはマルナガルムが言っていることが理解できなかった。


 しかし刹那、マルナガルムはアテラの細い首を片手で締め上げた。


 「くッ! な、にを......」


 「お前、王に何する気? 王はガルが護る」


 アテラが足掻こうとするが、マルナガルムからは逃れられない。マルナガルムは獲物がジタバタと暴れる様をただただ冷たい目で見上げるだけだった。


 が、


 「その手を放せ」


 アテラの首を締め上げているマルナガルムに声をかける者が現れた。


 アーレスだ。


 廊下の向こう側に居るアーレスは、マルナガルムに殺気に似た感情をぶつけ、銀色の瞳で狼の少女を睨んでいた。


 アテラはアーレスの姿を見て僅かばかりの安堵を抱くが、マルナガルムは手を放さない。


 「あ......れす......さ」


 「何? ガルは侵入者は排除するだけだよ。なんで邪魔するの?」


 「侵入者じゃない。アテラ姫殿下だ」


 「侵入者かどうかは王に聞く。こいつを殺して――」


 刹那、アーレスが【水月魔法:滝太刀】を発動し、水でできた刀を生成して、アテラの首を締め上げるマルナガルムの腕を切断しようと動く。


 マルナガルムはそれに反応し、牙を剥き出しにする。鋭い爪でアーレスに対抗しようとした、その時だ。


 「ストップ。そこまで」


 「「?!」」


 両者の間に黒い影による触手のようなものが出現し、アーレスの【滝太刀】とマルナガルムが振るった腕を止めた。


 マルナガルムはその黒い触手によって縛り上げられ、アテラを手放す。


 アテラはままならなかった呼吸を繰り返し、涙目になって倒れ込んだ。意識も失ったのか、うんともすんとも言わなくなってしまった。


 その場に現れたのは――鈴木だ。


 鈴木は黒い影の触手――モズクに影の中に戻るよう命令する。マルナガルムは大人しくなった。


 「マルナ、何してんの?」


 「うっ。侵入者が! 王を狙う侵入者が居たから殺そうとしたの!」


 「侵入者って......あれ?」


 鈴木はその場に倒れ込んだ女性を見て気付いた。


 暗くてよくわからなかったが、その顔に見覚えがあったのだ。


 「あ、アテラ姫殿下?」


 鈴木はアーレスを見やった。


 アーレスは言った。


 「気を失っているな」


 鈴木は卒倒した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る