第496話 傭兵として、再び。いえ、性獣じゃないです
「ふぁ〜あ。おはよー」
毎朝の如く、ノルにシュコーと灰色の吐息を掛けられて起こされた僕はティアと一緒に、二階の部屋から一階のリビングへと向かった。
既に起きていて朝食を取っていたのは、姉者さん、インヨ、ヨウイの三人だけだった。
ぱっと見、姉者さんの今の姿も相まって母性を感じてしまうからか、インヨとヨウイの三人で食卓を囲っている姿が姉妹か母娘のそれのようである。姉者さんがヨウイの頬についた食べかすを拭っている様が一入だ。
「まだ皆寝ているの?」
「「アーレス以外はまだ寝ていると告げます」」
「彼女は仕事に行きましたよ」
「え、早。いつもはもう少しゆっくりしているのに」
「シュコー。なにやら様子がおかしかったな、あの女」
「あ、ああー。昨晩、酔い潰れるまで飲んでたからなぁ......」
「シュコー。二日酔いとは違うように見えたが......」
僕がそう納得していると、姉者さんがジト目になって僕を見つめてきた。
「そう言えば、昨晩は随分と帰りが遅かったですね。せっかく用意した夕食も無駄になりました」
「ごめんて。昨日の分は今からいただくよ」
「不要です! 私たちが食べたと告げます!」
「マスターの尻拭いも良き妻の役目です!」
良き妻って......。
ちなみに妹者さんは二日酔いで朝からぐったりだ。うぅー、うぅーとどこに頭があるのかわからないが、頭痛いと呻いている。
【祝福調和】で治せばいいのに。なぜそれをしないのか。
食卓の席に着いた僕は、ノルに配膳された朝食をいただく。僕がパンを千切らずにそのままかぶりつくと、反対側から宙に浮いてるティアが齧りついてきた。
パンを咀嚼して飲み込んだ後、ティアがニコニコしながら可愛らしく言う。
「ふふ。王サマとこのままキスしちゃったりして〜」
「っ?!」
そこで思い出す。僕は昨晩、アーレスさんとポッキーゲームをして、き、きききき、キスしたことを。
それを思い出して、僕は顔が熱くなるのを感じた。
姉者さんがそんな僕を疑問に思って聞いてくる。
「どうしました?」
「べ、別に。それより今日はこの後、僕は傭兵ギルドに行こうと思うんだけど、皆はどうするの?」
「「あそこは臭いことで有名なので嫌です」」
「ティアは王サマについてく〜」
「シュコー。私も同伴しよう」
「私も行きます」
ということで、今日の予定とその僕の予定に付き添ってくれる人は決まった。
まだ寝ている人たちも含め、インヨとヨウイはお留守番。子供たちだけで大丈夫かな、と思ったけど、ヤマトさんも居るし大丈夫でしょ。あの人、地味に面倒見が良いし。
朝食を終えて、その場で伸びをしていると、姉者さんが聞いてくる。
「傭兵ギルドに行くのは稼ぐためですか?」
「うん。といっても、良さそうな依頼があれば、だけど」
「王サマ、お金に困ってるなら“城”に行けば? 結構、蓄えているよ」
「シュコー。他の従者たちと絶対に遭遇するがな」
却下。僕は王じゃないのに、先代の財産を使うわけないだろ。
僕が従者二人を無視していると、いつの間にか姉者さんが僕の前に立っていた。
「?」
「じっとしててくださいね」
姉者さんは口を開けて、その中にある銀色に輝く宝石を僕に見せた。姉者さんの核だ。
そして次の瞬間、彼女は僕の顔に近づいてきて、そのまま自身の口を僕の口に繋げてきた。
「ん」
「?!?!?!?!」
「ちょ、おま、王サマに何してんの?!」
「「お、おおー」」
僕の口の中に入り込んできたのは、今しがた姉者さんが咥えていた銀色の核だ。それを無理矢理飲み込まされてからも、彼女は僕の口内に入れた舌で、僕の舌に絡んできた。
僕の舌が姉者さんの舌によって転がされ続ける。
彼女は僕の頬に手を当てて、うっとりとした目つきでこちらを見てきた。
僕の反応を楽しむかのように、彼女は深いキスを続けてくるのだ。
やがてティアが僕らの間に割って入ってきて、姉者さんのゲリラキスは終りを迎えた。
ほぼ同時に、今まで美女の姿を晒していた姉者さんの肉体は、幾重にも絡まって成っていた鉄鎖の塊のように姿を変え、ジャラジャラと地面に落ちていく。
僕の身体の中に姉者さんの核が入ってきたんだ。元の姿を捨てたといことだろう。
それを見てノルとティアが驚く。
「う、うわ。鎖? なんか姉者が消えたんだけど」
「シュコー。話には聞いていたが、本当にオウは他者の核を取り込めるのだな」
「し、舌が......女性の舌が口の中で......」
『少し悪戯しただけじゃないですか』
左手の甲に口を生やした姉者さんは、若干頬を朱に染めつつ、艶めかしい唇を晒しながら、僕にそう言ってきた。
これで魔族姉妹は以前のように、僕の身体の中に寄生している状態になった。
『鈴木さんはまだまだキスが不慣れのようですね。ここは姉としてしっかり教えてあげます』
「朝から勘弁してよ......」
*****
「お、王都にある傭兵ギルドも中々立派だね」
『タバコと酒臭さはどこも変わりませんね』
王都の傭兵ギルドにやってきた僕は、その前で傭兵ギルドの外観を眺めていた。
見るからに西部劇なんかで出てくる酒場って感じで、冒険者ギルドとそう変わらない見た目である。僕がよく利用していたのはビーチック国にある傭兵ギルドだ。
姉者さんの言う通り、酒臭さはどこの国も変わらないようで、思わず鼻を抓みたくなるが、久しぶりに傭兵稼業をすることにワクワクしているせいで、嫌な気持ちが薄れてしまう。
かなり朝早く来たけど、やってるかな?
僕はそう思いながら、ギルドの中に入った。
ギルドの中は暗かった。窓はあるけど、陽の光は全くと言っていいほど差し込んできていない。その点はビーチック国と共通している。なんでこんな暗いんだろうね。雰囲気は酒場のそれだし。
「こんにちは〜」
「ん? お前は......まさか<
お? 僕を知ってるのか?
僕は奥のバーのカウンターのような場所へ向かう。そこにはカウンターテーブルを掃除している一人の男性が居た。
黒を基調とした礼服を纏った男は、その頭部がツルツルに剥げていた。ムキムキの筋肉を見せつけるかのように、彼の胸元のボタンは外されている。
僕はこのガタイの良い巨漢を知っている。
「え、チェルクスさん?」
「おう。久しぶりだな。髪が白くなっていて驚いたぜ」
『んだこのハゲ。左遷されたのか?』
『左遷で小国から王国のような大国に来るわけないでしょう』
へ? なぜビーチック国の傭兵ギルドに居たマスターがここに?
そんな僕の疑問を察してか、彼がニヤつく。
「はは。異動だよ。傭兵ギルドじゃ一定の在任期間が設けられていてな。ビーチック国の次がズルムケ王国ってわけよ」
「あーなるほど」
「で? 坊主が来たってこたぁ、仕事か?」
「ええ。今お金が無くて」
「そりゃあ大変だ」
「ちなみに誰も居ませんけど、入っちゃって大丈夫でしたか?」
チェルクスさんはその問いには答えず、奥の棚に並べられているうちの高そうな酒瓶を手に取った。
「ここで会ったのも何かの縁だ。一杯付き合えよ」
どうやらまだギルドの中に入ってきちゃ駄目な時間帯らしい。が、彼は快く僕を受け入れてくれるみたい。
僕はカウンター席に着いた。
チェルクスさんは僕の前に爽やかな香りのする果実酒を置く。
「聖国では色々と派手にやったみてぇじゃないか」
「はは。つい」
「レベッカは元気にしてるか? あいつ最近、依頼を受けてくれなくてよ。どっかでくたばってんのか、引退したのかわかりゃしねぇ」
ああ、あの人、今はシスイさんにべったりだから......。
僕が知っていることを軽く説明すると、チェルクスさんはどこか呆れたように溜息を吐いて、その話題に終止符を打った。
「で? <
「まぁ、そうですね。家が欲しくて」
「へぇ。なんだ、家族でも作ったのか?」
と彼が冗談めかして聞いてくるので、僕はきょとんとしてしまう。
“家族”......か。アーレスさんちだけど、間違いなくあの賑やかな空間を作ったのは僕だ。
僕は苦笑しながら答える。
「ええ。そんなところです」
「そうか。んじゃ、無理な依頼は断られちまうかもしんねぇな」
チェルクスさんはどこか楽しげにしながら、カウンターテーブルの下から取り出した資料に目を通していく。
迷う素振りを見せることもなく、ぺらぺらと次々に紙を捲って、やがてその動きがピタリと止まった。
チェルクスさんが口を開く。
「そうだった。<
僕は果実酒を一気飲みした。
無論、依頼の話をしている最中に酒を飲む行為は、その依頼を引き受けることを示す傭兵ならではの暗黙の了解だ。
この依頼、過去一で稼げるぞ。
チェルクスさんは面白いものでも見るかのような視線を僕に向けながら言う。
「おいおい。相変わらず金に貪欲だな」
「それで? 僕は何をすればいいんですか?」
ホクホク顔で依頼の説明の続きを催促する僕に対し、チェルクスさんは意地の悪い笑みを浮かべて告げた。
「“引きこもりのアウロディーテ姫殿下を部屋から出してほしい”......だそうだ」
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