第495話 美女とサシで酒は飲むな

 「へぇ。意外ですね、アーレスさん、お酒好きなんですか」


 「ふ。私だけではない。騎士団に所属する大半の者は酒好きばかりだ」


 『あーしも酒だいしゅき〜』


 妹者さん、もう呂律回らないくらい酔ってるよ......。


 現在、僕はアーレスさんと一緒に酒場で晩ご飯を食べながらお酒を飲んでいた。


 周りは人で賑わっていて、給仕の人が忙しなく店内を回っている。


 中にはアーレスさんと同じ部隊に所属しているハルバードンさんの姿もあり、知り合いと飲んでいる様子を発見した。彼と目が合ったけど、なぜかアーレスさんの顔を見て、すぐに視線を逸らした。


 何かあったのかな? アーレスさんに自分の存在を知られたくない的な顔つきだったけど......。まぁ、そういうことなら黙っておくか。アーレスさんも気づいてないみたいだし。


 「あまり記憶に無いが、年に一度、第一部隊の連中と飲み会もするぞ?」


 「あんま覚えてないんですか?」


 「ああ。今年もあった気がする。たしかザックが幹事だったな」


 「へー」


 ちなみに僕らは相当な量のお酒を飲んでいる。


 アーレスさんはこういう時、常時発動型のスキル【万象無双】を解除して、お酒を楽しむのだとか。


 頬を朱色に染める彼女は普段の何割増しで色気がたっぷりだ。


 僕? 僕はその、なんだ、酔うまで飲むにはたくさん飲まないといけない体質なんだよね。別に酔いたいわけじゃないから、アーレスさんと同じペースで飲んでいるけど。


 アーレスさんがスティック状にカットされた根野菜にソースを絡めて、ポリポリと食べている。


 「ザコ少年君もよく飲むな」


 「ああ、たぶん元の体質はそこまで強くないと思うんですけど、ドラゴンゾンビの核が体内にあるせいか、アルコールの分解が早いんですよね」


 「ほぉ。それは残念な身体になったな」


 僕も彼女と同じく、スティック状にカットされた根野菜を手に取って、ソースを付けてから口に含む。


 右手のひらを見ると、妹者さんの口からなんか酸っぱい臭いがした。


 よく見れば、口の端からゲロっぽい何かがはみ出ている。


 『うぷ』


 うお、ちょ、え? 吐きそうなの? どうしよ、右手がゲロ吐きそう。


 ゲロインは姉者さんだけにしてよ......。


 僕は妹者さんに呼びかけた。


 「い、妹者さん、休んでていいからさ。口引っ込めて」


 『うい〜』


 それから僕の右手から妹者さんの口がスゥと消えていった。


 妹者さんも結構飲んでたからなぁ。一応、周りの人には見られないよう注意しといたけど、かなりペースは早かったな......。


 僕が妹者さんを心配していると、アーレスさんがじっと僕を見つめていることに気づく。


 「そんな酔っ払い魔族は放っておけ」


 ジト目だ。アーレスさんの銀色の美しい瞳が、珍しくもジト目である。


 す、すげぇ、アーレスさんのジト目、初めて見た。


 アーレスさんが手元のグラスに酒が入っていないことに気づき、僕に言う。


 「酒」


 「あ、はい。同じのでいいですか?」


 「ああ」


 僕は店員さんを呼んで、アーレスさんが飲んでいた物と同じやつを再注文する。数は二つ。僕のグラスも空だったのだ。


 僕が注文していると、アーレスさんが立ち上がってどこかへ行ってしまった。おそらくお手洗いだろう。


 するとそのタイミングを見計らってか、僕が居る席に誰かがやってきた。


 「おい! ナエドコ! 無事か?!」


 「助けに来たぞ!」


 「あれ、ザックさんじゃないですか。それとハルバードンさんも」


 やって来たのはザックさんとハルバードンさんだ。ハルバードンさんは少し離れた席で飲んでいたのは知ってるけど、まさかザックさんまで居るなんて。


 偶然ってすごいな(笑)


 僕は微笑みながら言った。


 「実は今、アーレスさんと一緒に飲んでいるんですよ。よかったらお二人も一緒に――」


 「「馬鹿なこと言うんじゃねぇ!!」」


 ザックさんが手にしていた水を、僕に強引に飲ませてくる。


 「?!」


 「酔ってるのか?! いいか、よく聞け! アーレスさんをこれ以上酔わせるなよ! マジでヤバいからあの人!」


 「酒癖が酷くて有名なんだ!」


 え゛。


 「遠くで見ていたが、ありゃあ相当酔っていたな......」


 「ま、待ってください。普通に会話してましたよ、僕ら。酔っている感じはしませんが」


 「そう思うのはよくわかる」


 「俺らも同じこと思っていたからな。でもよ、これだけは言っておくぜ」


 ザックさんとハルバードンさんがこの上なく真面目な顔つきになって告げてくる。


 「「あの人は酔うと人を殺しかねない」」


 「......。」


 そ、そんな大袈裟な......。さすがにそこまで酷くはないだろうに。


 するとザックさんとハルバードンさんの背後に、赤髪の女性が立っていた。


 「おい」


 「「ひゃう!」」


 アーレスさんだ。


 が、アーレスさんがさっきのザックさんたちの会話を聞いていた様子はなく、普通に会話をし始める。


 「なんだ、貴様らもこの店で飲んでいたのか? 悪いが、今日はザコ少年君と――」


 「いやぁ! 俺らは用事がありまして、もう店を出るとこなんですよ!」


 「ザックの言う通りです! ナエドコを見かけたので、話しかけただけなので!」


 「......そうか」


 「「では!!」」


 そう言って、ザックさんたちはお会計に銀貨を数枚取り出して、近くに居た給仕の人に半ば強引に押し付け、この店を後にした。


 な、なんかすごい慌ただしかったな。


 アーレスさんは席に座って、今しがた運ばれた酒の入ったグラスを手にした。


 だからか、僕はアーレスさんの行動を止めてしまう。


 「あ」


 「?」


 「あ、いえ、その、もうお酒はその辺にしませんか?」


 よくわからないけど、ザックさんたちのあの様子はマジのものだった。


 人の忠告は素直に聞くこと。僕はそれを正しく守る人間だ。


 だから僕はアーレスさんにこれ以上、お酒を飲ませないようにした。


 が、


 「ふん」


 「あ」


 アーレスさんは手にしていたお酒を一気飲みした。


 う、うわぁ。


 アーレスさんがグラスをテーブルに置いた後、僕に言う。


 「既に頼んだ酒くらいかまわないだろ。もう頼まなければいい」


 という言葉を聞いて、僕は安堵の息を漏らした。


 よかった。素直に言うことを聞いてくれて......そう思った瞬間だ。


 アーレスさんが僕の口に何かを突っ込んできた。


 「?!?!」


 「出されたものは全て食べないとな」


 僕の口に突っ込まれたのは、まだ残っていた野菜スティックだ。ソースが付いてないから、ほぼ味はしないけど、あ、あのアーレスさんが僕に食べさせてくるなんて......。


 僕はポリポリと咀嚼して、自分のグラスに口をつけた。


 今更ながら、自分の頬が赤くなっていることに気づく。顔が熱くなっている感じがした。


 するとアーレスさんが人差し指でクイクイと合図してきた。


 「?」


 「私にも食わせろ」


 「え゛」


 思わず自分の口から間の抜けた声が漏れた。


 く、食わせろって......野菜スティックを?


 ヤバい。これ、普段のアーレスさんなら絶対に言わないだろ。マジで酔ってんのか。


 でももうお酒は頼まないって言ってたし、これで最後なら酔っていたとしても家に帰るだけだ。


 僕は野菜スティックを取って、アーレスさんの口の方へ持っていった。


 ちゃんとソースを付けて。


 「......。」


 が、アーレスさんは僕が差し出した野菜スティックを見もせずに、僕をじっと見つめてくる。


 え、なに、怖い。


 「あ、あの、アーレスさん? 食べないんですか?」


 「“あーん”って言ってほしい」


 今、この人はなんて言っただろうか。


 が、僕が戸惑っていても、彼女は一向にそれを齧ってくれない。


 僕は仕方なく言った。


 「あ、あーん」


 「はむ」


 なにこの可愛い人ぉ。普段とのギャップありすぎだろぉ。


 が、アーレスさんは野菜スティックを三分の一の長さまで食べてから、それを咥えながらお行儀悪く告げる。


 「おなかひっふぁいになったお腹いっぱいになった


 だから僕にどうしろと???


 僕は苦笑しながら、お酒を飲み続けようとする。


 そんな僕を見兼ねたのか、彼女は僕の方に顔を近づけて迫ってきた。


 彼女の口は野菜スティックを咥えている。


 「な、なんでしょうか」


 「ん」


 だからそれをどうしろって言うんだよ......。


 もうそれ折ろっかな......。さすがに彼女が咥えている野菜スティックを反対側から僕が食べるという、所謂、ポッキーゲーム的なアレは期待されていないと思うし。


 そんなことを考えていた僕だが、次の瞬間、自身の口の中に棒状の何かが挿し込まれたことに驚愕する。


 僕の目の前にはアーレスさんの顔があった。


 「んむ?!」


 「いいはへんにひろいい加減にしろ


 何が?!


 え、ちょ、ま、これあれじゃん! ポッキーゲームじゃん!!


 ええ?!


 人生初のポッキーゲームに戸惑っている僕に対し、アーレスさんはポリポリと咀嚼し始めた。


 ちょぉお!! さっきお腹いっぱいって言ってたじゃん!! こっち来ないでぇ!


 彼女がゆっくりとポリポリする。


 ポリポリ、ポリポリ、ポリポリと僕の方へ進行してくる。


 彼女の潤んだ銀色の瞳が、僕を逃すまいと見つめていた。


 周りに居る人もそんな僕らに注目していた。給仕の人も手を止めてガン見しているし。


 また店の出入りぐり口付近には、さっき店を出たザックさんとハルバードンさんの姿があった。二人はそれぞれ両手で自分たちの目を覆っているが、指と指の隙間から僕らをガン見している。


 待って。こんな大勢の人が居るところで――。


 が、遂にそのときはやって来てしまった。


 「ん」


 「?!」


 僕は......僕の唇は、アーレスさんの唇と重なっていた。彼女の柔らかい唇の感触と酒の臭いが伝わってくる。


 瞬間、店内に居る全員が赤面した。「お、おう」と僕よりも恥ずかしそうにしているのはなぜだろうか。


 アーレスさんが僕から離れ、妖艶な笑みを浮かべながら言ってくる。


 「ふふ。どうした? 顔が赤いぞ?」


 僕は暫くの間、顔を両手で覆うことしかできなかった。



*****



 「ほら、アーレスさん、あと少しで家に着きますから。寝るならベッドの上でお願いします」


 「ん......気持ち悪い......」


 は、吐かないでよ?


 先程まで酒場に居た僕らは、会計を済ませて帰路についていた。


アーレスさんがまともに歩けなさそうだったので、僕が彼女をおんぶしている状態である。


 にしても、その、なんだ、アーレスさんを酔わせてはいけない理由がわかったよ......。まさかあんな大胆な行動を取る人だなんて。


 くっそ可愛かったけど。


 「もう酔うまで飲んじゃ駄目ですからね」


 僕が彼女にそう注意すると、背負われているアーレスさんは僕をぎゅっと抱き締めてきた。


 彼女が僕の耳元で囁く。


 「......あんなこと、他の奴にはシない」


 「はは、酔った人が何を言っているんですか」


 「......。」


 ザックさんとハルバードンさんが危惧していたことにはならなかったけど、まぁ、酒は飲んでも飲まれるな、という他ないな。


 僕は苦笑しながら、赤髪の美女を背負って帰宅するのであった。

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