第491話 策士アーレス
「なに?! ザコ少年君が帰ってきただと?!」
公務を終えたアーレスは自宅に戻ってくると、リビングでヤマトたちの姿を見て驚いていた。
話を聞けば、王都に入った時点で少女たちは鈴木と別れたらしい。鈴木とどんな生活を送っていたのか、インヨとヨウイ、パドランが楽しげに皆に語っていた。
姉者は鈴木が帰ってくると聞いて、ご馳走を用意し始めており、ウズメがそれを手伝っている。
ルホスはパドランの少女姿を目の当たりにして、どこか気まずそうにしていた。
ヤマトに至っては、この場の人口密度を考えてか、人の姿になり、新聞を広げて横になっていた。完全に休日のおっさんのそれである。
アーレスがパドランの胸倉を掴み上げた。
「ぐへ?!」
「「パドラン!!」」
「それで、ザコ少年はどこに行ったんだ!」
「お、落ち着いてください。今のあなた、完全に騎士としてヤバい行動を取ってますよ」
『いや、人として、な?』
大の大人が少女の胸倉を掴んで吊るし上げる様は、社会的にも倫理的にもアウト。
ルホス同様、パドランの少女姿を初めて見ようとも、アーレスは全く気にしなかった。
ヤマトが興味なさげに告げる。
「小僧は騎士団の屯所の方に行ったぞ。すれ違ったのか」
「む。そうだったのか。......もしかして私がまだ働いていると思って会いに?」
「ぐ、ぐるじい......」
「アーレス! パドランを放してください!」
「パドランが死にかけていると告げます!」
ドサリ。アーレスが両手を放し、パドランは重力の名の下、床に落とされた。パドランは涙目であった。
アーレスは踵を返す。
そんな女騎士の様子を不思議に思ったのか、ウズメが問う。
「あ、あの、アーレスさん、どちらに向かう気ですか?」
「決まってる。屯所だ。ザコ少年君はいの一番に私が居るであろう屯所に行き、こちらのご機嫌取りをしようとしていたのかもしれんが、次に会ったらぶん殴ってやると決めていたのだ」
「「「「「うおう......」」」」」
別に鈴木はアーレスに会いに、真っ先に騎士団の屯所に向かった訳ではないが、それは置いておこう。
アーレスはポキポキと指を鳴らしながら、自宅を後にするのであった。
*****
「ヤバいヤバいヤバい、マジでヤバい」
僕は急いで屯所を出た後、人気の無い狭い路地裏の物陰に隠れていた。
何がヤバいのかって? アーレスさんが僕を探し出して、本気で殴ろうとしていることだ。
今の僕が妹者さんのサポート無しで、彼女の本気の一撃を食らったら死ぬよ。
クソ。この後、アーレスさんの家で楽しく余暇を過ごす予定だったのに、その家の主が僕を殺す気とかなんなんだよ。
僕がガクブルと震えていると、耳飾りに居るティアが言ってくる。
『なんでそんなに怯えているの?』
「怒らせたらヤバい人が僕を探しているからだよ!」
『シュコー。では王都を発つか?』
「もっと怒られるよ!!」
『ならガルも一緒に謝ってあげる!』
お前が謝っても意味無いよ!!
ちなみにガルは巨狼姿で、僕が居る狭い路地裏に入ることすらできないから、全く隠れていない。僕の召喚獣として門兵さんたちに話しているから、早々に人化したことがバレると厄介だ。
そんなマルナガルムは大きな頭だけをズボッと路地裏に入れて、尻尾をぶんぶんと左右に振っている。
目立つ。この上なく目立つぞ、マルナちゃん。
通行人がめっちゃ見てるし。
「マルナ、今だけでいいから僕の紋章の中に入っててくれない?」
『やぁ! 窮屈!』
このクソ犬ぅ。
『王サマ、そんな怯えることないでしょ。なんだったら、ティアがそいつをぺしゃんこにしてもいいよ』
『うむ。私も手を貸そう』
こいつらは何を言っているんだ。従者がどれだけ強いかは知らんけど、束になってもあの人には勝てないよ。
だって、それがアーレスさんだから。
「いい? 逃げるのは愚策。戦うなんて以てのほか。如何に殴られずに、穏便に済ませられるかだよ」
『じゃあ、なんで王は隠れてるの?』
「穏便に済ませるための作戦を考えているのさ」
『よくわからないけど、先代の王サマもよく似たような場面があった気がする』
『シュコー。あったな。結局は、潔く首を差し出すことが一番だった』
死ぬわ!!
というか、マルナガルムが僕と一緒に居る以上、見つかるのも時間の問題だぞ。
よし。
「マルナ、先にアーレスさんの家に行っててくれない?」
『どこそこ?』
「えっと、えーっと......そうだ、ドラちゃんとかヤマトさんの臭いを辿ってさ。できるでしょ?」
『うん。王は行かないの?』
「僕は後で行くよ」
『えー! 王と一緒がいい!』
「お願い、後で何でも言うこと聞くから」
『うぅ。わかった......』
マルナガルムがとぼとぼと哀愁漂う背を見せながら、僕の下から離れていく。
「よし、これで少しは時間を稼げるぞ」
『卑怯』
『ねー』
うるせ。
*****
「む? なんだあのデカいモンスターは」
自宅を出たアーレスは、道の向こう側で白銀の毛並みを持つ巨狼を前にして歩む足を止めた。
周りの様子から、王都内にモンスターが侵入した感じではない。実際、そのモンスターは鼻をすんすんとひくつかせながら、どこかへ向かおうとしている様子だった。
無論、その巨狼はマルナガルムである。
「おそらく誰かが使役している召喚獣かなんかだろうが」
が、誰がどう見てもランクは上位層に位置するであろうモンスターだ。神々しさすら感じる気迫を纏っている。
アーレスはその巨狼の下へ向かう。
「おい」
『?』
女のぶっきらぼうな物言いに、巨狼は首を上げる。
『誰?』
「む、喋るのか」
おそらく人語は理解できるだろうと思って声をかけたアーレスだが、まさか人語を話せるとは思っていなかった。
「貴様は誰に使役されている? 召喚獣が一匹で街中をうろつくのはよくないな」
『召喚獣? ガルは王に仕えているよ』
「王?」
『うん! 王がアー......アーコ?......なんだっけ。先に家に迎えって言われたから、ガルは臭いを辿って、その人の家に向かってるの!』
マルナガルム、三歩歩いて鈴木から言われた人の名前を忘れるという残念さを晒す。
が、それが功を奏したのか、アーレスは興味なさげに言った。
「そうか。ならばいい」
アーレスが踵を返した、その時だった。
『あれ? お前から王の臭いがする......なんで?』
「は?」
アーレスは何を言い出すんだ、こいつ、という目でマルナガルムを見やった。
ちなみにマルナガルムが言ったことは本当だ。
実はこの女騎士、一週間前から鈴木が使っていた掛布団を拝借しているのである。
アーレス邸に誰も居ない時を見計らって、鈴木が借りていた部屋に忍び込んで盗ってきた代物だ。
無論、掛布団の数が足らないとかではない。
つまり、女はそういう一面を持っていたということである。
そのことを指摘されているとは思っていないアーレスは巨狼に問う。
「王の臭いとはなんだ?」
『王の臭いは王の臭い!』
「貴様は人語が解せるのに頭が悪いんだな......」
『な?! ガルは頭良いよ! 賢いもん! ヤマトの臭いを辿って目的地に行けるし!!』
“ヤマト”。その単語に、アーレスの耳がぴくりと動く。
ちなみにマルナガルムのオツムは良くない方である。鼻が良いだけだ。
アーレスは何か確信したように告げる。
「おい、貴様の主人はもしかしなくても、“スズキ”と言わないか?」
『王のこと知ってるの?!』
ニヤリ。アーレスは不敵な笑みを浮かべる。
「ああ。もちろんだ」
『おおー! でもなんでお前から王の臭いがするの?』
「ごっほん! そこはどうでもいい。貴様、名前はなんという?」
『マルナガルム!』
「マルナガルム、良い名だ。主人はどこに居る?」
『狭い道!』
「......そうか、屯所から出たのだな。ならば今から私を主人の下へ連れて行ってくれ」
今度はマルナガルムが、こいつは何を言い出すんだ、と言わんばかりの視線をアーレスに向ける。
『ガルは王の言ったことを守らないといけないんだよ?』
「どうせ、私の家に先に行ってろ、と言われたんだろう?」
『“私の家”?』
「ああ。アーレスの家に、と言われなかったのか?」
『忘れた!』
「......とにかく私がその家の主だ」
『そーなの?!』
「ああ。ところで貴様はなぜ主人と別行動を取っているんだ」
その言葉に、マルナガルムは立てていた耳や尻尾を下げて言う。それだけで元気の無さが伝わってくる様子だ。
『よくわからないけど、ガルと居ると目立つから嫌だって』
「ほう。嫌われたのか」
『ち、違うもん! 王はガルのこと大好きだもん!』
「そうか。ならば主人の真意を確かめに行くとしよう」
『?』
「わからなければ、本人に直接聞けばいい。そう思わないか?」
『?! 思う!!』
「だろう? 私も連れてけ」
『わかった! ガルの背に乗って! 王に会いに行こう!』
斯くして、アーレスは鈴木探知機を手に入れるのであった。
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