第十五章 約束を守ってくれますか?

第490話 ただいま(三回目)

 「お。王都が見えてきたね」


 「「おおー!」」


 「やっと帰ってこれたな!」


 約半月かけて、僕らは王都に戻ってきた。


 よく晴れた日の昼過ぎ、僕らは長閑な風景が続く中、無事に王都に帰還することができたみたいだ。


 今思い返せば、色々なことがあったなぁ。


 ジュマを倒すために王都を出て、ティアと出会った。


 闇組織の拠点でお泊り会して、ロリババアとディープキスした。


 <龍ノ黄昏ラグナロク>の副団長のヴェルゼルクと戦った。


 シスイさんとデートしてイチャラブして、酒に酔ったレベッカさんとヤマトさんに尊厳を踏み躙られた。


 望んでないけど、ノルとマルナガルムとも出会って契約させられたっけ。


 ドラちゃんが武具から人の子になっちゃったのも印象的だったな。


 本当に、本当に色々あった。


 『む? 小僧はなぜ涙を流しているんだ』


 「ふふ、なんでだろうね......」


 これから王都に入るために正門の方へ向かい、入国の手続きを見張りの兵士さんにしてもらう予定だ。


 無論、厄介事になりそうなので、重騎士のノルとティアは僕の中に入ってもらった。


 ただマルナガルムは拒否しやがった。ノルと同様、紋章の中に入って姿を隠すことができるんだけど、一箇所に留まるのが苦痛らしい。


 まぁ、ヤマトさんと同じく僕と契約している召喚獣扱いにすればいいと思うので、好きなようにさせておこう。


 懸念点があるとすれば、ギュロスさんから聞かされた話――僕が王都に離れた際にやってきたという従者、<冥途>のイシュターヌとの遭遇だろう。


 マルナガルムの姿を見られたら一発でアウトだけど、もう半月も経ったんだ。諦めて王都から離れているはず。ギュロスさんもそう言ってたし。


 門の前に居た兵士さんたちのうち一人は見知った人物であった。


 ザックさんだ。


 彼はマルナガルムという白銀の巨狼とヤマトさんという黒い虎を見て、呆然と立ち尽くしていた。


 すると、ぞろぞろと他の兵士さんたちが現れては、大声で言葉を交わし始め、僕らの前に並んで武器を構えていた。


 「歓迎されてるのかな?」


 「「マスターの目は節穴ですか?」」


 『シュコー。どう見ても陣形を取ってこちらを警戒している』


 『まぁ、マルナガルムの巨体を見たらそうなるよね』


 『え?! なんでガルだけ?! ヤマトもそうじゃん!!』


 『馬鹿め。吾輩は神獣だぞ。お主と違って神々しいオーラを放っておるわ』


 「もうオレらにヤマトが神獣っていうイメージ無いぞ。あいたッ。噛むな!!」


 いや、たしかにでっかい狼と虎を引き連れてるよ?


 でもほら、人畜無害そうな僕やドラちゃん、インヨとヨウイの姿を見れば、モンスターが襲撃しに来たとは思わないでしょ。


 そんなことを思いながら、僕は手を振って大声を出した。


 「ザックさーん! 僕です、僕! 苗床でーす!!」


 僕の存在にようやく気づいたのか、ザックさんは開いた口が塞がらないと言った様子だった。


 それから彼はすぐに陣形を解除し、一人で僕の方へ走ってきた。


 僕らは立ち止まる。


 「おま、ちょ、ナエドコだったのかよ!! お前、なんつう化け物どもを引き連れてんだ! 髪も白くなっちまってよぉ!」


 ザックさんが息を切らしながら怒ってきた。ただ言葉の途中から少し声が弾んでいたのは、僕との再会を喜んでくれているからだろう。


 「お久しぶりです。いやぁ、色々とありまして」


 「いやな、あの後、俺もアーレスさんとタフティスから王族のことを聞かされたんだよ」


 お。ということは、ザックさんもアウロディーテさんの事情を知っているのか。まぁ、僕にとってもザックさんは心から信頼できる人だからな。


 ザックさんは周りに僕ら以外誰も居なくても、ひそひそ話の声量で言ってくる。


 「その、大丈夫だったか? アウロディーテ姫殿下に呪いをかけた奴って、相当ヤバかったんだろ?アーレスさんたちは、お前がそいつを追ったって言ってたけどよ」


 「ああ、それならご心配無く。殺してやりましたよ」


 「いくら強くなったとは言え、お前でも無理――ふぁ?!」


 ザックさんは驚いた様子を見せるが、僕の両隣に居る巨狼と黒い虎を見て、どこか納得したような顔つきになる。


 「な、なるほどな」


 『? なんでガルを見てきたの?』


 『この男、何か勘違いしとるだろ』


 まぁ、別にその辺はいいや。ザックさんには悪いけど、僕は先にタフティスさんやアーレスさんに報告したいから、ここで彼に細かく説明するつもりは無い。


 それから僕らは入国の手続きを行った。


 召喚獣の諸々の登録に苦労したくらいで、一時間くらいで手続きは完了。僕はそのままザックさんに頼んで、騎士団の屯所へ向かうことにした。


 インヨとヨウイ、ドラちゃん、ヤマトさんとは別れた。


 彼女たちはひと足早くアーレス邸に戻って、そこで僕の帰りを待ってくれているであろう魔族姉妹たちに、今までの出来事を説明してもらう。


 改めて僕からも説明するけど、まぁ、なんだ......魔族姉妹はめっちゃ怒ってるだろうな......。


 「何回、殴られるかな......」


 「? どうした、空なんか見上げて」


 僕が虚空を見つめて目端に涙を浮かべていると、ザックさんが僕の様子について聞いてきた。


 そうこうして辿り着いた屯所にて、僕は客間でタフティスさんたちを待つことにした。


 しばらく待っていると、タフティスさんが入室してきた。


 彼は相も変わらず巨漢は紺色のロングヘアで、前髪をヘアピンで固定している奇抜な見た目の騎士だ。頭以外鎧を着込んでいるザックさんとは違い、タフティスさんは軽装でぱっと見じゃ騎士には見えない。


 ただ少しだけ、タフティスさんの整えていない顎髭や顔色の悪さに気づいたので、きっと僕がジュマを追ってこの国を発った後も、彼は「念には念を」とジュマの行方を追っていたのかもしれない。


 なんというか、もっと早く知らせるべきだったな。


 タフティスさんは僕が座るソファーの向かい側に座った。


 「よぉ、坊主。元気にしてたか?」


 「ええ、おかげさまで。......その、すみません。もっと早く連絡しておくべきでしたね」


 「は?」


 「いえ、タフティスさん、あの一件でアウロディーテさんを呪った術者――ジュマを逃したことを思い詰めていたのでしょう?」


 「え、なんで?」


 「いや、だってその......見るからに顔色悪いですし」


 「あ、二日酔いだよ(笑)」


 死ね!!!!


 心配して損したわ!!


 タフティスさんは僕の勘違いを豪快に笑った後、両膝に手を当てて頭を下げてきた。


 急な行為に僕は目を見開く。


 「あんがとよ。坊主がジュマを殺してくれたんだろ。あの騒動から数日後、他国にある暗殺者ギルドが壊滅したって聞いてな。そこにジュマに関する情報もあった」


 ああ、先にその情報を仕入れていたのね。


 僕は苦笑する。


 「生け捕りはできませんでしたけどね」


 「ま、できれば罪を償わせたかったから、そうしてほしかったがよ。坊主が俺らの悲願を叶えてくれた。それで十分だぜ」


 「......さいですか」


 「さいですよ」


 そのタイミングでザックさんが僕らにコーヒーを出して、退出していく。コーヒーの湯気を見ていると、タフティスさんがそれを啜りながら言ってくる。


 「で、その髪は......染めたのか?」


 「いえ、自前のです」


 「ほぇー。将来ハゲっかもな」


 「そうならないように、ケアはちゃんとしますよ」


 僕は冗談めかして言った後、彼に聞く。


 「アテラ姫殿下やアウロディーテ姫殿下はお元気ですか?」


 「おう。前者は王族派筆頭だから、毎日、敵対派閥とバチバチやって忙しくしてんよ」


 ん? アテラさんだけ? 僕が聞いた話では、アウロディーテさんも王族派だから、てっきりアテラさんに協力しているのだと思ってた。


 僕のそんな疑問を察したのか、タフティスさんが珍しくばつの悪そうな顔をして言った。


 「アウロディーテ姫殿下の方は引きこもってるぜ」


 「ひきこも......え?」


 「ずっと城の部屋の中にこもってんだ。飯も自分の部屋の中で、家族とも取ったこと無いそうだ。最初は妹のアテラとは話していたそうだが、今となっては完全に無視してるそうだぜ」


 う、うわ、マジか......。


 まぁ、うん、彼女の境遇を思えば、すぐには家族と打ち解けられないだろうな。


 なんせ五年間も辛い思いをしていたのに、家族は自分を楽にさせてくれなかったのだから、もしかしたら多少なりとも恨みに似た感情があるのかもしれない。


 僕がそんなことを考えていると、タフティスさんが片目を閉じて、もう片方の目で僕をじっと見つめていることに気づく。


 「お前は自分の心配をした方がいいぜ?」


 「?」


 「アーレスが激おこだったよ」


 「え゛」


 思わず、僕の口から間の抜けた声が漏れる。


 タフティスさんは何が面白いのか、ニヤニヤしながら告げた。


 「『帰ってきたら、本気で殴る』って。やべぇーな、おい」


 僕は全力でこの場を走り去るのであった。

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