第492話 その女騎士は瞳に涙を浮かべる
「どうしよう。全然、良い案が思い浮かばない」
『やっぱ潔く怒られた方がいいよ』
『シュコー。その方が早い』
早く死ねってか。
現在、僕はこの王都の中で城の次に高い建物、時計塔の上に居た。大きな時計は四方どこからでも見えるように、どの面にも設置されていて、その頂上には大きな鐘がある。
朝、昼、晩と決まった時間に鳴らされる鐘だ。
僕はその鐘がある場所で、縁に座って足をぶらぶらと揺らしながら王都の夜景を眺めていた。
時間帯としては夕食の頃合いかな。皆、家に帰って家族と過ごしたり、店で飲み食いしたりして賑わっていた。
僕も家に帰りたいよ。魔族姉妹が恋しい。でもその家の主のアーレスさんが怖い。
「うーん。こんな時に<セラエル写本>があればなぁ」
『王サマ、物理攻撃を無視しても、きっと逆効果だよ』
『シュコー。抵抗することが状況を悪化させるとなぜ気づかない』
じゃあ潔く死ねってか。鬼か。
すると、眼下の大通りでこちらへ向かってくる巨狼を見つけた。
あ、あれ? マルナガルムさん? なんでこっちに向かってきているのかな?
それに......。
「あ......終わった」
僕はマルナガルムの背に乗る赤髪の美女の姿を目にして、そう呟いた。
「あの子、なんでアーレスさんを乗せてこっちに来てるんだろうね。夜のお散歩かな?」
『王ー! 迎えに来たよー!』
「ペット飼って初めて後悔したよ」
『シュコー。ペットじゃない』
やがて塔の真下にやって来たマルナガルムは、アーレスさんが下りた後に、その場におすわりして、頭上高くに居る僕に向けて言った。
『王! ガルのこと嫌ーい?』
すごく嫌いになったよ。なんで殺人鬼連れてきちゃってるのさ。
僕は笑顔を作ったまま言った。
「そんなことないよー。良い子だから、その女性を家まで送ってあげてー。今すぐー」
『『......。』』
『おおー! ガルも王のこと大好きー!』
うんうん、そうだね。頼むから、アーレスさんを連れて行って。
が、アーレスさんは僕に対して何も言わず、ただ片手でくいくいっと合図を送ってきた。
下りてこいってか。無言が一番怖いよ。
僕は観念して下りることにした。
塔の頂上から身投げするようにして落下し、そのまま華麗な着地と土下座を決め込む。
周りの通行人の目なんか気にしてらんない。めっちゃ目立ったけど、土下座は見た目重視だから仕方ない。
「すいませんしたー!!!」
『オウの土下座はいつ見てもフォームが綺麗だな』
『ね。情けないくらいフォームが綺麗』
うるせぇ。黙ってろ。
「あ、あの、アーレスさん、勝手に出ていったことは謝ります」
「......。」
「許してくれとはいいませんが、その、今の僕は一回死んだら終わりなので......こ、殺さないでいただけると......」
すごい頼み方もあったもんだ。でも魔族姉妹と会えなかったから仕方ないじゃないか。
頭を上げられないので、目の前に立っているアーレスさんがどんな顔をしているのかわからない。
彼女は僕の方へ歩み寄ってきて、土下座する僕の胸倉を掴んできた。
ああ、これ殴られるヤツ......。
僕は痛みを堪えるよう、ぎゅっと目を瞑った。
が、いつまで経ってもアーレスさんから殺人パンチはやって来ない。
薄っすらと目を開けると、アーレスさんの目元が赤いことに気づいた。
「あ、アーレスさん?」
「......もの」
「え?」
僕は聞き取れなかったので聞き返すと、彼女は声を大にして叫んだ。
「馬鹿者!! なぜ危ないことばかりする!! 今の貴様は死んだら生き返れないんだぞ?!」
初めて見る、アーレスさんの涙を浮かべる銀色の瞳と微かに震える声。
僕は面食らって唖然としていた。
「アーレス......さん?」
「私みたいに傷つかないのか?! 私みたいに誰よりも強いのか?! 違うだろう! 貴様は弱い! 弱いんだ! 雑魚だ! 雑魚だ雑魚だ雑魚だ、雑魚なんだッ!!」
一頻り怒声を出し終えた彼女は、僕を力強く抱き締めてきた。
震えていたのがアーレスさんの声だけじゃなく、身体も同じだったことに気づく。
そこで僕は理解した。
普段のアーレスさんは仏頂面で、素っ気ない態度を取るけど、本当は僕たちをすごく心配してくれる心優しい人なんだ、と。
じゃなきゃ帝国で僕に力を貸してくれなかったし、王国で僕に帰る場所を与えてくれなかった。
今まで一人であの大きな家で過ごしていた彼女は、今となっては僕が居なくなっても周りに大勢の人が居る。
魔族姉妹、ルホスちゃん、ウズメちゃん、インヨとヨウイ、ドラちゃん、ヤマト。
それでも僕の帰りを待ってくれていた。
僕のことをずっと心配してくれていた。
アーレスさんに抱き締められながら、僕は静かに謝る。
「ごめんなさい」
「......次からはもっと私を頼れ」
「......はい」
僕はアーレスさんに応じて、彼女の背に腕を回し、同じように力強くぎゅっと抱き締めた。
これは何と言うか..........殴られるよりも痛いな......すごく。
そう、思いながら。
*****
「ではスズキさん、覚悟はいいですね」
「うん。思いっきりいいよ」
ドガッ。僕は小柄なエルフっ子のパンチを食らって後方へ吹っ飛んだ。
現在、アーレス邸に戻ってきた僕は、皆と感動の再会をすると思ったがそんなことはなく、中庭に出て示しをつけるというイベントに強制参加させられている。
なんの示しかって? こっちが聞きたいよ。
内容は至ってシンプル。僕が女性陣から大人しく殴られるというものだ。
最初は姉者さんと妹者さん。
「姉妹だから、ワン・ツーで行きますね」とは姉者さんの言。意味がわからないし、僕の奥歯は何本か持ってかれたよ。
で、次はウズメちゃんの番で、今終わったところだ。
エルフっ子め、身体強化魔法使ってんな。
そこまでするか、普通。
ウズメちゃんが殴った自身の拳を擦りながら言う。
「こ、これで他所で女を作っていたことは許してあげます。私は器が大きいので」
よ、他所で女を作ったって......。もしかしてティアとマルナガルムのこと? 違うよ。二人が僕にこびり付いてきたんだ。
ちなみにその従者二人は、呑気にも僕より先にご馳走にありついていた。
「この肉美味しい!!」
「こっちの果物を使った料理も最高!」
お前ら、自分たちの王が殴られているのに、なに知らない顔して飯食ってんだ。ちょっとは助けろよ。
また僕を殴り終わった人から夕食を取るという流れらしい。
姉者さんなんてワインを片手に、僕の有り様を酒の肴にしてるし。
ちなみにティアたち従者と僕の関係は、先に家に帰っていたドラちゃんやヤマトさんが説明したようで、普通に受け入れられた。
いや、僕と従者たちは契約している関係で離れ離れになれないんだけどね。
「次はルホスさんの番です」
「うん。我は三人と違って、加減する気は無いからな」
前の三人も加減してませんでしたけど?
そう思ったけど、僕は言わないようにした。
ルホスちゃんは鬼牙種たる所以の黒光りする角を二本生やしていた。
どうやらマジで殴る気らしい。
『ま、死んでもあーしが生き返らせてやんよ』
と、僕の右手から懐かしい女性の声が聞こえてきた。
妹者さんだ。
そこまで日は経ってないんだけどね。ギュロスさんの精神世界で長い時間を過ごした後、すぐに魔族姉妹と離れ離れになったからか、妹者さんの声を聞くと、なんかグッと来るものがある。
だからか、僕は苦笑してしまう。
『どうした? 遂に頭がイカれたか?』
「はは。いやさ、僕は本当に妹者さんが居ないと駄目だなって」
『へッ。やっぱあたしくらいは連れて行った方が良かったと思ったろ?』
「バレたか」
『バレバレだ』
「スズキー。早く立て。我もご飯食べたい」
じゃあ食べていいよ。無理強いしないから。
君が僕を殴ったら死ぬかもじゃん。
僕は立ち上がって、ルホスちゃんに思っきり殴られた。
死にはしなかったけど、また歯が折れてしまった。
妹者さんに回復させてもらおうと思ったが、彼女は血も涙も無いことを言い出した。
『アーレスは? 殴ってないのお前だけだぞ』
こいつはやっぱ要らないな、と思ってしまった僕である。
が、アーレスさんからは意外にもこんなことを言われた。
「私はいい。既に殴った」
アーレスさんが女神に見えてしょうがないよ。
彼女は終ぞ僕を一度も殴らなかった。大人しく二人でマルナガルムの背に乗って帰ってきたのだ。
本物の女神と思しきどっかの魔族は、僕を殴った後も殴られる様を酒の肴にしているっていうのにな。
『ああ、鈴木と帰ってくる途中で? んじゃ、終わりだな。鈴木の怪我治してやっか』
ということで、諸々イベントは終了して、僕は妹者さんの【固有錬成:祝福調和】で全回復してもらう。
その後、皆で乾杯した。
乾杯の音頭はインヨとヨウイだ。
「「マスターが無事に帰ってきたことを祝って......乾杯ですッ」」
「「「「『かんぱーい』」」」」
無事に帰ってきた僕は、皆にボコボコにされたけどね。
そんなことを思いながら、僕は皆と賑やかな夜を過ごすのであった。
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