閑話 その傭兵は、一輪の花で雇われて
「副団長......」
「ひっぐ......」
「うぅ......」
<
遺体を棺桶に入れ、地中に埋め、土を被せているところである。
日中は曇り空が広がっていたが、夕方に差し掛かる今はもう日は沈み始めていて、もう少しすればこの国を橙色に染め上げることだろう。
この場には<
その引き金となったのは、誰かの嗚咽混じりの号泣だ。
堪えていた感情を吐露し、それが伝播して全員の心を揺さぶったのである。
誰もが副団長の死を哀しむ。ヴェルゼルが永遠の眠りにつく棺桶を見下ろし、土葬される様を見届けた。
しかしただ一人、団員たちの土葬を続ける行為を黙って見つめる者が居た。
「泣くんじゃねぇ。漢が夢を叶えて死んだんだ。......最後くらい笑って見送ってやろうや」
団長のファフニードだ。
腕を組んで、棺桶に土が被さる様を見下ろしていたのだ。
そんな団長に、他の団員が言葉を投げる。
「だ、だんちょ......ひっぐ......だって、笑ってないじゃないですか......」
「俺ぁいいんだよ。ガラじゃねぇから」
「なんすかそれぇ.....」
ファフニードは深い溜め息を吐いた後、周りを見渡した。
この墓地区域は当然ながら大聖堂の管轄下だ。故に国民の死後、多くはここで永遠の眠りにつくことだろう。一定の間隔で埋葬されており、墓石が建てられている。
皆、死んでいった者たちだ。
無論、ヴェルゼルクも。
「......ここじゃあ夕陽がよく見えねぇな」
ファフニードは沈み始めた陽を見つめながら、ぼそりとそう呟いた。その言葉に団員は全員、ピタリと動きを止めた。
そして誰かが誰にともなく答える。
「た、たしかにそうだ」
その声は次々に芋づる式で増えていった。
「こんなとこで副団長が安らかに眠れるわけねぇ!」
「そうだそうだ! あたいはもっと綺麗な景色を眺められる所に墓を建てた方がいいと思うね!」
「同感だ! ヴェルゼルクさんは星が好きって言ってたしな!」
誰も異を唱えない。それどころか、土を被せていた棺桶を掘り起こし、担ぎ上げた。
埋めて掘り起こす。なんと罰当たりな行為だろうか。とてもじゃないが、誇りある死を得た戦士にしていい仕打ちではない。
さすがにファフニードもこれには待ったをかけ――
「......あいつは顔に似合わずロマンチストだからな」
――ることは無かった。
斯くして、<
******
「ここなんかいいんじゃないすか!」
「おおー! 景色を遮る物が無くていいな!」
ここ、クーリトース大聖堂の近隣にある丘の上に、<
そこから見える景色は少し離れた箇所にあるギワナ聖国の中央都市と、その周辺にある広々とした草原やら畑やらだ。こうして見ると、ギワナ聖国という大国もまだまだ発展の途中に立っているのだと窺える。
涼しい風が団員たちの肌を撫でる。その心地よさに、自然と誰もが空を見上げた。
沈みかけている夕陽が街だけではなく、空すらも橙色に染め上げていたのである。ゆっくりと流れていく雲を見ていると、時の流れすらゆっくりに感じてしまうのは気のせいだろうか。
そして<
女神クラトの石像だ。
「誰だ、この石像」
「知らね」
「知らんな」
誰一人として、その石像が誰かを理解していなかった。
それどころか、なんか中央にあって邪魔だし、退かすか、などと提案する者すら居た。
さすがにそれはマズいと思ったのか、ファフニードが低い声音で告げる。
「おい、勝手なことをするな。ここは聖国だぞ」
もっと言えば、先程の墓地区域でヴェルゼルクを埋葬することが望ましいのだが、ファフニードの指す“勝手”とは、どっからどこまでを指すのかは誰にもわからなかった。
それから団員たちは女神像から少し離れた所に、ヴェルゼルクの棺桶を埋める準備を始めた。
その間、ファフニードは女神像の前に立って、その神聖な石像を見上げた。
(ちゃんと管理してるな......。見晴らしはいいとこだが、ここに通う者が居るってことか)
ファフニードは脳裏に一人の少女の顔が過って、フッと笑ってしまった。
そして団長は物言わぬ女神像に告げる。
「悪いが、うちのヴェルをここで寝かせてやってくんねぇか?」
そう言いつつ、ファフニードは手にしていた酒瓶を女神像の前に置いた。
そんなファフニードの行動に、団員たちは驚く。
なんで石像なんかに話しかけてんだ、と言わんばかりの顔をする者が大半であったが、中には苦笑して、ただただ団長の背を見守る者も居た。
それから団員たちは墓石を建てて、そこに酒やら傭兵旅団の証である<
誰一人として花を添えないところが、傭兵らしいといえば傭兵らしいのかもしれない。
そしてファフニードが胸に手を当てて冥福を祈った。
それに連なり、他の団員たちも同じ行動を取る。
しばしの沈黙の時間を過ごした後、ファフニードが代表して酒瓶を手にし、ヴェルゼルクの墓石にその中身を掛けた。
酒が墓石に当たって辺りに飛び散る様が、<
ファフニードは静かに告げる。
「じゃあな、ヴェル」
男のその声はいつになく優しかった。
*****
「ダウ、悪いが、王国へ向かう準備は任せていいか?」
ヴェルゼルクの死亡から二日後の朝、唐突なファフニードの頼み事に、<
本日、<
無論、<
依頼主は直接教会と関わりがあるわけではないが、それでも先の一件で<
その正体はとある貴族だが、アデルモウスをこの世から消し去るには、<
が、結果、その依頼は失敗に終わる。その報告を依頼主に済ませた後日のことだ。
ダウと呼ばれる大男が答える。
「それはかまいませんが、何か用事でも?」
「まぁ、そんなところだ」
「はぁ」
「任せたぞ」
「ういっす」
団員たちと別れたファフニードは、先日建てたヴェルゼルクの墓地がある丘へと向かった。
晴れ渡る空は陽の光も心地良く、空気も澄んでいてある種の絶景にすら見えた。そんな青空の下、ファフニードはヴェルゼルクの墓の前で煙草を取り出した。
「ヴェル、別れる前に一服付き合ってくれ」
そう言ってから、ファフニードは煙草を咥えた。
先端に火を着け、数度吸う。白い煙が立ち上がる様を見つめていたら、ファフニードはあることに気づいた。
ヴェルゼルクの墓の前に、一輪の花が供えられていたのだ。
何色にも染まらない真っ白な花びらが特徴だった。探せばどこにでもあるような白い花は、丁寧に透明なグラスの中に生けてある。
無論、その花は<
なぜならそんなことをする連中ではないことを、団長であるファフニードが一番理解しているからだ。
故に<
「ふッ。中に入っているのは酒か? それとも水か?」
などと、冗談めかして告げる男は、そのグラスの縁をコツンと指で弾く。凛とした音が響き、中に入っている透明な液体が小さく波打った。
そこでファフニードは近くに建てられている女神像にも、ヴェルゼルクの墓の前に供えられている花と同じ花があることに気づく。
だからか、ヴェルゼルクは悟った。
「......ありがとよ、聖女シスイ」
なんとなくだ。ただの勘にすぎないが、きっとそうに違いないと、ファフニードは確信に近い何かを得た。
おそらく<
たとえ自分たちに酷い行いをしたならず者たちだろうと、あの少女はとても優しいから無下にはしないはずだ。
そんな気がしたファフニードであった。
それから男は煙草を深く吸った後、白い煙を吐き捨ててから静かに誓った。
「この花の礼だ。女神には誓わねぇが、この国くらい俺らが護ると誓ってやるよ」
後に<
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