第477話 デートは花束をそえて

 「お待たせ致しました。こちら、フグフロッグの素揚げです」


 「おおー!!」


 「おおう......」


 フグフロッグってなんだろう。フグなのかな、カエルなのかな......。


 現在、僕はシスイさんと夜の街中デートをしていた。


 場所はシスイさんイチオシの飲食店。この店で振る舞われる料理のジャンルはゲテモノで、今、僕の前にはカエルみたいな形の素揚げ料理がある。


 僕とシスイさんが囲っている食卓の上に、人の頭ほど大きさのあるカエルが股を開いている状態で運ばれてきたのだ。


 素揚げだからか、普通の揚げ物よりも色々とくっきりしている。


 そんな食欲が湧かない僕に対し、シスイさんはサングラス越しでもわかるくらい目をキラキラさせて、フグフロッグの素揚げを見ていた。


 そう言えばシスイさん、ゲテモノ料理が好きな女の子だったっけ。


 そうか......。


 「シスイさん、付かぬことををお聞きしますが」


 「?」


 「聖女ですよね、あなた」


 「はい」


 そうかぁ。


 視界にシスイさんの笑顔とカエルの素揚げが一緒に入ってきて頭がおかしくなりそうだ。


 いいや!! さっきから僕は何を考えているんだ!!


 聖女だろうがなんだろうがカエルくらい食ったっていいじゃないか! なぜ彼女の嗜好を否定してるんだ!


 カエルくらい!


 「それではさっそく......いただきます!」


 カエルくらい......。


 「んん〜! 太ももの辺りがすごく柔らかくてジューシーです!」


 カエル......くらい......うん。


 僕はカエルを見つめた。


 カエルって......食えるんだ......。


 僕がそんなことを考えていたからか、シスイさんが小首を傾げて言う。


 「ナエドコさん、どうされましたか?」


 「いえ、その、なんというか抵抗感がありまして......」


 「ああ、なるほど。わかります、そのお気持ち」


 え、わかるの?


 と思っていた僕が馬鹿だということを、シスイさんの次の一言で気づかされる。


 「フグ系モンスターですが、ちゃんと毒袋は取り除かれてますのでご安心ください!」


 「......。」


 そっちは別にいいよ......。なんなら多少毒を食っても僕は体質上、全く問題無いし......。


 いやしかしそうか、フグ系モンスターって美味いらしいから、きっとフグフロッグも美味いんだろうな。


 こういうとき、シスイさんが見ていない隙を狙って、ドラちゃんの異空間にフグフロッグを収納して、「一瞬で食べましたよ」とかやりたい衝動に駆られるんだけど、彼女の善意を無下にするようでできない。


 僕は勇気を出してフグフロッグの腹部にフォークを突き刺した。


 サクッとした触感と、肉厚な鶏肉以上のぶにゅっと感。


 シスイさんが目を輝かせて僕とカエルを見つめる。


 僕はカエルを食べた。


 ......とても美味しかった。



*****



 「はぁ〜! 今日は本当に楽しかったですね!」


 「そうですね」


 時間の許す限り僕らは同じ時を過ごした。


 今は街から少し離れて、例の女神クラトの石像が建てられている丘の上までやってきた。


 ここはあまり人が訪れないのか、いつ来ても他の人と会ったことが無い。シスイさんと......あとアデルモウスさんくらいだったか。


 当然、街の灯りは夜景として映るだけで、辺りは薄暗い。一応、曇ってはいるが月明かりは確かに僕らを照らしている。それでも転ばないようにと、僕はドラちゃんの異空間からランプを取り出して、辺りを照らした。


 夜の静けさも相まって、先程までの街の賑わいが嘘のようだ。まるでこの丘だけが切り取られて別世界にある感じがする。


 「あ」


 「?」


 するとシスイさんが何かに気づいて、女神の石像から少し離れた場所へと向かう。


 彼女についていくと、僕も同じものを目にした。


 「これは......」


 僕らの眼下には墓石があったのだ。


 その墓石に刻まれていた名は――<鬼神>ヴェルゼルク。


 当然、ここは教会が指定する墓地区域では無いのでアウトである。


 <龍ノ黄昏ラグナロク>め、なんでここに墓建ててんの。なんか酒瓶とか武器とか物騒なもんが供えているし。この墓だけ治安悪いぞ。


 「お墓を建てるのであれば、教会に従ってほしいとお伝えしましたが......」


 「あ、あはは」


 「はぁ」


 僕の乾いた笑い声とシスイさんの深い溜息。


 ほんと、あの蛮族どもは最後の最後まで......。


 さすがに掘り起こして、指定の墓地区域に運ぶことは気持ち的にも阻まれるからか、シスイさんは諦めたように肩を竦めた。


 それから彼女はしゃがんで、手にしていた白い花を供えた。


 元々、この場に来た目的は、シスイさんが女神クラトに祈りを捧げるためだ。


 お供え物として白い花を数本持ってきたのだが、彼女はうち一本をヴェルゼルクに捧げるらしい。


 自分の大切な人に酷いことをしたヴェルゼルクに、だ。


 だからか、僕はつい口にしてしまった。


 「シスイさんは優しいですね」


 彼女は言葉を紡ぐことなく、両手を胸の前で組んで祈った。どうか安らかに、と心を込めて。


 僕は近くにあった栓が抜かれている酒瓶を手にして、その中身を捨てて空にした。


 もう時間が経っているみたいだし、ヴェルゼルクのことだ。お供えしてる酒は全部飲んでいるでしょ。


 それから僕は空になった酒瓶を【固有錬成:賢愚精錬】で透明なグラスへと錬成した。ドラちゃんの異空間から水の入った革製の水筒を取り出し、そのグラスに水を注ぐ。


 それをコトッと墓の前に置くと、察してくれたシスイさんが先程供えた一輪の白い花をグラスの中に挿した。


 シスイさんが静かに口を開く。


 「ナエドコさんは......何でもできますね」


 本当はシスイさんの前でバフォメルトの【賢愚精錬】を使うことは、彼女にとって辛い思い出を呼び起こすようで阻まれたけど、それでも僕はこのスキルを使うことにした。


 なにせ――。


 「僕も自分の力は......人のために使いたいとは思ってますから。


 「......。」


 驕りだ。自分が言っていることがそれ以外の何物でもないことはよくわかっている。


 僕が苦笑しながら答えると、シスイさんはどこか辛そうな面持ちで僕を見つめてきた。


 「ヴェルゼルクはとても強かった。たぶん次戦ったら、僕は勝てないと思います。こいつに勝てたのは奇跡みたいなものですから」


 「そう......ですか」


 僕は立ち上がった後、女神像の下へ向かった。


 手元のランプで石像を照らすと、その姿がはっきりする。まだ不確かなことが多いけど、女神クラトの正体は姉者さんらしい。石像も彼女の姿に似ていると言えば......まぁ、うん、そこまで似てないな。


 僕はそんなことを思いながら続けた。


 「でもその奇跡が起こったおかげで僕は生きている。あなたの隣に立っていられる。......それで十分だと思ってます」


 もっと他の未来は無かっただろうか、なんて言ったら、死んだヴェルゼルクに笑われるだろうか。だったら弱音を吐くのはもう止めにしよう。


 僕はヴェルゼルクに勝った。


 その事実だけでいい。


 そんなことを考えていると、シスイさんが僕の隣に来て、空いている方の手をぎゅっと掴んできた。


 その繋ぎ方は僕の指と指の間に、彼女の指を入れるようにして、優しく包み込むような繋ぎ方だった。


 彼女はぼそりと呟く。


 「私はまたナエドコさんに救われました」


 それから続きを語る。


 「あの時、再び堕天使となった私があのまま力を使っていたら......そう思うと、私は自分が恐ろしくて仕方がありません」


 そう語る彼女が震えていたのが、繋ぐ手から伝わってきた。


 「それなのに......私はあなたに背負わせてしまいました。私が背負うべきものを、優しいあなたに......」


 震えながらも僕の手を強く握り締める彼女は、思っていることを全て吐露する。


 次第に声音も震えて、目端に涙が浮かんだ。


 彼女の堕天使化した目は、本来白であるべき箇所が黒く、その中心に金色の円を描いているが、その瞳に浮かぶ涙は人間のそれと変わらなかった。


 確かに僕が止めていなかったら、もしかしたらシスイさんはあの場に居た者たちを惨殺したかもしれない。


 言い方は悪くなるが、結果的に彼女は手を汚さずに済んだ。


 そして彼女はそれを“僕に背負わせてしまった”と思っている。


 でも、


 「私は......こんな醜い姿になってまで......忌むべき力に頼ってまで.........あの方たちの命を奪おうとしてしまいました。............何が聖女ですか、私は......」


 それでも、


 「いつもいつも誰かに護られてばかりで、自分では何もできなくて――」


 「シスイさん」


 たった一つだけ言えることがある。


 僕は彼女の言葉を遮って言った。


 「それでもあなたは大切な人を護ろうとしたじゃないですか」


 シスイさんは黒い目を見開いた。


 「手段は褒められたものじゃなくても、誰かに頼ってしまったとしても......あなたは大切な人のために動いた」


 それの何が悪い。誰がなんと言おうと、シスイさんは誰かのために頑張ったんだ。


 だから、


 「だから......シスイさんは醜くなんか無い。その目が何よりの証だ。誇ってください」


 「ナエドコさん......」


 咽び泣くことを既の所で堪えた彼女は、すぅと瞼を閉じて顎を上げた。


 「こんな私が醜くないと仰るなら......示してください」


 何を示せというのか、なんて野暮なことは言わない。


 僕はランプを<パドランの仮面>の中に収納した。僕らを照らすのは薄っすらと明るい月の光だけで、まるで闇夜に溶けたかのように二人は姿を消す。


 彼女の頬に手を添えてから、自分の唇を彼女の唇に重ねた。


 「僕はシスイさんがどんな姿になっても好きで居られる自信がありますよ」


 「はい......私もお慕いしております」


 それからシスイさんは僕にぎゅっと抱き着いてきた。


 僕も彼女に応じ、両腕を彼女の背に回して抱き合う。


 「やはりいつかは......ナエドコさんと添い遂げる夢を叶えたいです」


 と嬉しいことを言ってくれるシスイさん。


 そこで僕はふと思ったことを口にする。


 「あの、宗教的に一夫多妻ってマズいですかね......」


 「わ、私、今抱き締められながら、とてつもないことを聞かれているのですが......」


 ご、ご尤もで。


 あれ、このやり取り、帝国でもした覚えが......。


 するとシスイさんは僕から離れて、困ったように笑った。


 「ふふ。本当に仕方の無い人ですね、あなたは」


 「す、すみません」


 ですが、と付け加えてから彼女は続けた。


 「この先もずっと、ずーっと変わらぬ愛を誓っていただけるのなら許します」


 そう言ってくれる彼女には本当に頭が上がらない。


 ロトルさんといい、シスイさんといい、僕はなんて恵まれた男なんだろう。


 僕はその場で片膝を着いて、彼女を称えるように手を広げた。


 「もちろんです。シスイ教の信者として誓います」


 「そ、そのような宗教はありません! あと誓うなら私ではなく、目の前の女神クラトにお願いします!」


 そんなこんなで、僕はシスイさんと束の間の幸せな時間を共に過ごすのであった。

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