第461話 食後のデザートは核で

 「すぅ......すぅ.....」


 「......。」


 目を覚ますと、僕のおでこの上で妖精さんが仰向けになって寝ていた。


 <最悪の王ワースト・ロード>の従者の一人、<月湖>のティアである。


 こいつはおしぼりか。


 僕は【固有錬成:摂理掌握】で眼鏡と化したドラちゃんに問いかける。ドラちゃんは睡眠を必要としない体質だから、この状況に至るまでの一部始終を知っているはずだ。


 「ドラちゃん、これはどういう状況?」


 『ごめん。ご主人、すごく心地よさそうに寝ていたから、起こしづらくて......』


 くぅ。まじ嫁。ドラちゃんはもう嫁だよ。


 ちなみに今の僕は<幻の牡牛ファントム・ブル>で借りている部屋に居る。


 ダブルサイズのベッドだというのに、僕の上に二人も乗っている。ドラちゃんは僕が死ぬまで外せない武具だから仕方ないけど、なんだこの妖精。自分が仕えている王様をベッドにするなんて。


 そっちがその気ならオ◯ホにしてもいいんだぞ。


 「ふへへ......王サマ......そんなの入らないよぉ」


 「「......。」」


 なんてこった、妖精さんは既にアレな夢を見ていたというのか。実際、妖精さんのサイズじゃ僕のは入らない。裂けちゃうと思う。


 ちなみに昨晩は、僕が寝るまでドラちゃんとの会話を楽しんでいた。


 内容はお互いの近況報告だけど、ドラちゃんの声音がその内容とは裏腹に弾んでいたのはここだけの秘密だ。


 ふと部屋の窓を見れば、カーテンの隙間から薄っすらと陽の光がこの部屋に差し込んでいることに気づく。


 どうやら無事朝を迎えることができたらしい。


 昨日みたいに、よくわからない人に襲われて、また暴走状態になったらどうしようかと思ったよ。


 僕はティアの頭をトントンと軽く小突いた。


 「んにゃ?」


 「ティア起きて」


 「おうしゃまぁ?」


 「朝だよ」


 「ズズッ......ふぁ〜い」


 寝ぼけ半分のティアが身を起こして、パタパタと半透明な羽をバタつかせて浮遊した。


 そして僕は気づく。


 上半身を起こした際に、おでこからトロみのある液体がつぅと流れ落ちてきたことに。


 「......。」


 “ズズッ”というティアの啜りが気になっていたが、そうか......こいつ、不敬にも程があるだろ。涎垂らしやがって。


 『ご主人ってよく唾液と......えっと、縁があるよな』


 「......。」


 このドラちゃんのなんとも言えない評価。唾液と縁があるよねって初めて言われたわ。たしかに昨日はロリババアに唾液を飲まされたよ。


 僕は着替えた後、朝食をいただくべく、食堂の方へ向かった。ちなみにティアは僕の頭の上に乗っかっている。飛ぼうよ。


 その場へ向かうと、既に朝食を済ませていたのか、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部たちが縦長のテーブルを囲っていた。


 それぞれの前に、食後のティータイムと言わんばかりに、湯気が立っている茶が置かれていた。


 幹部たちは皆一様に僕をジト目で見つめてくる。


 僕は欠伸を堪えつつ口を開いた。


 「おはようございます」


 「ズキズキ、言っとくけど、ここは宿じゃないよ」


 「? ええ。闇組織の根城ですよね。あ、すみません、朝は軽く済ませたいのですが、よろしいですか? 飲み物はコーヒーがいいです。ブラックで」


 「ティアは果実を絞った飲み物だけでいいよ〜」


 「「「「......。」」」」


 幹部たちが、こいつマジか、って視線を僕に向けてくる。


 食卓の中央の席、<1st>が<7th>に僕らの朝食を用意するように頼むと、<7th>は盛大な舌打ちをしつつも準備に取り掛かってくれた。


 怖いね。舌打ちってあんな大きな音が出るんだ。


 <1st>が頬杖を突きながら、軽い調子で僕に問う。


 「それで、少年。君はいつまでここに居座るつもりかな?」


 「なに? まるで僕を厄介者みたいに言うじゃないか」


 「ここをまるで実家のような安心感で寛いでいるみたいだからね」


 「安心してよ。朝ご飯をいただいたら、すぐに出ていくからさ」


 と、僕の分を既に用意していたのか、それを<7th>が配膳すべく、サービスワゴンを引いてきて、僕の前に焼きたてのパンが二つ乗った皿を乱暴に置いた。


 うち一つが衝撃で勢いよく僕のおでこに当たって宙を舞ったが、ティアがキャッチして、お行儀悪くも空中でそれを齧り始めた。


 パンはサイズ的にティアとほぼ等身大だから、物理的に食べ切れ無さそうである。


 「ん。悪くない味」


 「パンだけですか......」


 「コーヒーなら今、貴様の頭に掛ける用に湯を沸かしているところだ」


 「こ、コーヒーは結構です」


 僕はいただきますと手を合わせてから、パンを千切って食べる。


 サースヴァティーさんがかまわず会話を続けた。


 「王都へ戻るの?」


 「迷ってます。ここがどの国なのかすら知りませんが、諸事情ですぐには王都に戻れなくて」


 「それは<冥途>が居るから......かな?」


 と、<1st>が告げた言葉に、僕はぴたりとパンを千切る手を止めた。


 ティアは......それを聞いても普通にパンを食っていた。


 「......なんでそれを?」


 「ふふ。なんでだろうね」


 こいつ......。僕は溜息を吐いてから答えた。


 「そんなところだよ。あ、悪いけど、この辺の地図が欲しいんだけど」


 「世界中のどこに、拠点の場所を教える地図を渡す闇組織があるんすか」


 などと言う<6th>。


 それもそうだけど......。


 そう思いながら、僕は手にしている焼きたてのパンを見つめた。


 深く考えることは止めた。


 「じゃあ僕はどうやって旅立てばいいって言うの? 一応、半月くらいならここに居座れるけど」


 「なんで居座る側が上から目線なの」


 などと、サースヴァティーさんのツッコミを他所に、パンを抱えたティアが僕の前に飛んできた。


 「王サマ、どこか生きたいところでもあるの? ティアが連れて行ってあげようか?」


 「ティアはこの辺詳しいの?」


 「いや? 【転移魔法】でササッとね〜。昔いろんな所へ旅したから大体の所は行けるー」


 うわーお。すごいな、【転移魔法】も使えるのか。


 ということは、移動手段は困らなさそうだな。


 でも......。僕はティアのことをじっと見つめた。


 「......。」


 「?」


 僕はティアが仕えるべき本当の“王”じゃないのに、良いように利用している感じで申し訳なくなってきた。


 僕がそんなことを考えていると、<1st>が人差し指を立てて言う。


 「だったらギワナ聖国に行くといい」


 え、聖国? なんで?


 <1st>は理由を語った。


 「実はある情報が入ってきてね。先の件、教会にとって<堕罪教典ホーリー・ギルト>なんて不純物が混じってしまったのは、アデルモウス枢機卿の責任では無いか、と騒いでいるお偉いさんが多く居るみたいだ」


 「それはまた......」


 「ああ、実際のところ枢機卿が招いた結果でもある。自業自得だね。でも教会は全ての責任を枢機卿に押し付けようとしているのさ」


 マジか......。まぁ、想像できない話じゃないな。


 正直、あのおっさんのことはどうでもいいけど......。


 「シスイさんは無事なの?」


 懸念すべきは、シスイさんの身の安全だ。


 彼女はきっと育ての親であるアデルモウス枢機卿を庇うことだろう。それがきっかけになって、彼女が怪しまれて正体がバレたらマズい。


 なんせ今の彼女は“堕天使”という、もはや人間という種族ではないのだから。


 僕の問いに対し、<1st>は背にもたれかかって足を組んだ。


 「今のところは。ただこれからどうなっていくか、は読めないよねぇ」


 などと、こちらの反応を楽しむように言う闇組織のボス。


 うーん。すぐには王都に戻れないし、シスイさんのことも心配だから、様子を見に行こうかな。急に不安になってきちゃったよ。


 僕がそんなことを考えていると、ティアが食いかけのパンを僕の口の中に強引に押し込んできた。


 「ふご?!」


 「王サマ、聖国に行きたいの? じゃあティアとデートだね♡」


 『で、デート?! んなの、オレが許さねぇ!』


 と賑やかにしていたら、<1st>が僕に向けて何かを投げていた。


 僕はそれを受け止めて、咥えていたパンを半ば強引に飲み込んだ後に確認する。


 それは少し黒に近い青紫色の宝石だ。サイズは片手で持てるほど。なんだこれ。いや、これは......。


 「核?」


 「そ。<堕罪教典ホーリー・ギルト>でワタシが殺した<豊穣の悪魔>ハンデスのものだ」


 「え゛」


 ガタッ。今まで大人しく沈黙を貫いていた栗色のショートボブのお姉さんが席を立った。お姉さんは<1st>をキッと睨んだ後、どこか諦めたようにドスンと腰を下ろした。


 そんなよくわからない行動を取ったお姉さんを尻目に、僕は問う。


 「もしかして、これを僕に?」


 「ああ。君の体質は知っているからね。ぜひ使ってほしい」


 「え、ええー」


 <1st>、僕が他者の核を取り込めば、その核に根付いている【固有錬成】を使えると思って渡してきたな。


 <1st>は胡散臭そうに手をパンッと打ち鳴らしてから言う。


 「なに、ただの餞別さ。<ソロモンの鍵>のお礼だと思ってくれればいい。食後のデザート感覚でさ」


 全然笑えないよ......。


 まぁ、いいや。ハンデスの【固有錬成】は強力だった覚えがある。現状、核が僕の身体に害となったことは無いから、一応、損することは無いしね。


 僕は【固有錬成:摂理掌握】でハンデスの核を飴玉サイズに変換して、口の中に放り込んで飲んだ。


 それから僕は席を立って、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部たちに分かれの挨拶をする。


 「じゃあ僕は行くよ。世話になったね」


 「またね〜」


 「俺はもう会うことは無いと思うっすけど」


 「もう二度と来るなよ、変態」


 「......。」


 などと、ショートボブのお姉さん以外は、反応を示してくれるという変わった闇組織の幹部たちである。


 最後に、<1st>は僕に向かって軽く手を降るだけだった。


 斯くして僕は、ティアの【転移魔法】で聖国へと向かうのであった。

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