第454話 拷問・・・・効いてない???

 「ということで、ズッキーに拷問をしてきてくれない?」


 「......。」


 ここ、<幻の牡牛ファントム・ブル>の拠点の厨房にて、アズザエルはボスの命令を受けていた。


 アズザエルは元<堕罪教典ホーリー・ギルト>の幹部の一人だ。異名は<畏怖の悪魔>。栗色のショートボブが特徴のその美女は、明日の朝食の仕込みがてら、高級ワインと酒の肴を密かに楽しんでいた。


 まさかボスがこんな所に来るとは。


 しかしアズザエルは逆に安堵する。この場に来たのが<1st>ではなく、<7th>だったら叱られていたところだ。


 こんな時間に何をしているんですか? 朝食の仕込み? 料理の腕が全く上達しないあなたが? 酒を飲みながら? 偉くなったものですね。云々、言われるに違いない。


 「な、なんで私がそんなこと......」


 「ズッキーがどれだけ強くなったのか見たいんだ」


 「知らないよ、そんなこと......」


 アズザエルはワインの入ったグラスに口を付けてクイッと傾けた。


 口の中に広がる極上の果実の味を楽しみたいのに、組織の親玉が近くに居ては楽しみも半減である。


 「<8th>なら得意だろう? ズッキーが寝ているところを、【狂気淵酔】で少し苦しめるだけでいいからさ」


 “<8th>”。それは正式に<幻の牡牛ファントム・ブル>に属することになったアズザエルに与えられたコードネームだ。


 無論、幹部としては一番下っ端である。


 またそんな<8th>の【固有錬成:狂気淵酔】は、対象に問答無用で恐怖心を植え付けるスキルだ。


 それは常人が食らえば発狂して、そう間を置かずに廃人と化すが、<1st>はそれを鈴木が食らったらどうなるのか気になっていた。


 が、アズザエルは首を縦に振らない。


 「嫌。面倒くさい」


 肴のチーズの一切れをぱくり。ワイン片手に頬張る。


 <1st>は諦めなかった。


 「君も気にならないかい? <堕罪教典ホーリー・ギルト>を壊滅に追いやった<口数ノイズ>のことがさ」


 「お、お前が言うな......」


 「ちなみに今のズッキーは魔法も回復能力も失っているから、そこまで脅威じゃないよ」


 「?!」


 その言葉を聞いて、アズザエルは目を見開く。


 もはや<堕罪教典ホーリー・ギルト>に未練は無いが、それでも負けたままでは気は晴れないというもの。


 鈴木が弱体化しているなら、今こそ仕返しする時ではなかろうか。


 そう考えるアズザエルだったが、一つだけ気がかりな点があった。


 「少し気になったんだけど、その少年のことは一旦置いといて、この城にもう一人、ヤバい奴が居るよね」


 「ああ、<月湖>のティアのことかな。気配だけでよくわかったね」


 「<月湖>?」


 そう聞き返したアズザエルは、次第に顔を真っ青にして声を荒らげた。


 「<月湖>?! <月湖>って、あの<月湖>?! <最悪の王ワースト・ロード>の従者の?!」


 「おや、知っているのかい?」


 <1st>は不思議そうに返した。


 「し、知っているよ。私もそれなりに長く生きているから......。もしかして......」


 「ああ。その<月湖>と契約したのが、ズッキーだよ」


 アズザエルは白目をむいた。


 <最悪の王ワースト・ロード>の従者たちは、悪魔族のアズザエルにとって敵対したくない勢力の一つである。絶対に関わりたくない。そう思って生きてきたのだ。


 「<月湖>のことは安心してくれ。しばらく起きないから」


 「は?」


 「酒に弱くてさ、ズッキーが晩酌したら一口で潰れた」


 「は???」


 「今なら簡単に殺せるんだけどね。ズッキーがそれを許してくれないからできない。妖精を殺すとか悪魔か、とかなんとか言われたな」


 けらけらと仮面越しに笑う<1st>を他所に、アズザエルは頭を抱えた。


 「最悪......。まさかこの城に<月湖>が居るなんて......。それに契約しているってことは......」


 その続きは、<1st>が忌々しそうに口にした。


 「ああ。<月湖>の力の一部を使えることになるね」


 「それ、私が今から<口数ノイズ>を襲ったら殺されるんじゃ......」


 「大丈夫。契約したのは少し前のことだから、契約の使い方すら知らないよ、彼は」


 それでも不安しか無いアズザエルは、頭痛を堪えてこの場を立ち去ろうとする。


 「お、やってくれるかい?」


 「......危険と判断したら逃げるから」


 「はは。安心してくれ。もしやらかしてもズッキーなら許してくれる。<月湖>は始末すればいい」


 「......。」


 <月湖>を殺すとか、こいつも大概だな、とアズザエルは思うのであった。



 *****



 「すぅ......すぅ......」


 「こいつ、正気か......」


 鈴木が寝ている部屋にやってきたアズザエルは、闇組織の拠点にも関わらず爆睡状態の鈴木を前にジト目になっていた。


 <1st>曰く、夕食に一服盛ったから、そう簡単には起きないとのこと。


 ボスもボスだが、闇組織の拠点で食事と睡眠を平然と行える眼前の少年が大物に見えて仕方がなかった。


 鈴木は客人扱いなのか、天蓋付きのベッドで寝ており、この空間も一人部屋にしては広すぎるほど豪華であった。


 そしてどういうわけか、ターゲットの鈴木は下着しか身に着けていない状態で寝ていた。


 「......。」


 アズザエルはさっそくそんな鈴木にスキルを使うことにした。


 【狂気淵酔】の発動条件は、対象が自身を見ること。


 それは一瞬でも良いので、とりあえず、寝ている鈴木の瞼を指でこじ開ける。


 そして【固有錬成】を発動する。


 「【狂気淵酔】」


 瞬間、鈴木の身体がビクンと震えた。


 それから小刻みに震え始め、体温を失うように顔色を青白くさせていく。


 「あがッ、あ、ぐぅ、あ、あ、あぁぁああ!!」


 鈴木が見せる有り様は、アズザエルが今までに何度も見てきたものだ。


 やはり<口数ノイズ>と言えど、心はまだ弱点に成りうる――そう、アズザエルが思っていた、その時だ。


 鈴木がアズザエルの腕を掴んだ。


 「っ?!」


 突如、<幻の牡牛ファントム・ブル>の城の一角が爆発するように破壊された。


 アズザエルは外へ放り出され、地上に着地しつつ、先程、鈴木に掴まれた右腕を見やった。


 女の右腕は折れ曲がっていた。


 真ん中の辺りから折られ、骨が飛び出て血が止め処なく流れている。


 されどアズザエルはその重症を些細と見なして、頭上を見上げる。


 破壊されて風通しの良くなった城の一角で、地上に居る自身を見下ろす白髪の少年が一人、そこに立っていたのだ。


 特に目立つのは......鈴木が月明かりに晒している肌の色だ。


 少年の身体の大半は限りなく黒に近い深緑色へと変色していたのである。


 「な、なによ、アレ......」


 アズザエルはそんな変わり果てた鈴木を見て、やはり手を出すべきではなかった、と後悔するのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る