第453話 妖精さん、ゲットだぜ

 「ティアがその気になれば、ここに他の従者たちを呼んで家畜どもを潰してもいいんだよ」


 「おやおや。お仲間を呼ばなきゃ“家畜”すら倒せないのかな? どうやら身体だけじゃなくて、器も小さいらしい」


 現在、僕はヤバい二人に挟まれていた。


 一人は<幻の牡牛ファントム・ブル>という闇組織の親玉、<1st>。余裕の態度を崩さず、足を組んでいる。


 一人は<最悪の王ワースト・ロード>の従者、<月湖>のティア。<1st>のことを格下と見ているのか、額に青筋を浮かべていた。


 ティアが小さな身体を怒りによって震わせながら言う。


 「......ティアのこと“小さい”って言った」


 どうやら妖精さんにはNGワードがあるらしい。


 <1st>が愉快そうに言う。


 「その耳はお飾りなのかい。もう一度、同じことを言おうか?」


 瞬間、ティアが目にも止まらぬ速さで光の矢を生成し、足組みして余裕の態度を崩さない<1st>に向けて放った。


 対する<1st>も手にしていた光沢の無い真っ黒なフォークを素早く投げる。


 「ああ、もう......」


 僕は光の矢と漆黒のフォークの軌道を読んで、その二つの飛来物の間に右手のひらを置く。


 その手のひらは、少し前、ティアと<1st>の戦闘時にも見せたときのように、限りなく黒に近い深緑色の肌になった。


 【固有錬成:賢愚精錬】と【固有錬成:力点昇華】の合せ技だ。


 なんかこの合せ技を使うと、トノサマゴブリンの肌色を思わせるような気色の悪い色になるんだよね。いや、僕の方がもっと黒いから色合いは少し違うけど。


 僕は人差し指と中指でティアが放った光の矢を、手のひらで<1st>が放った黒のフォークを受け止めた。


 矢は普通に指で挟めたけど、フォークは僕の手のひらに刺さること無く弾かれて落ちた。


 てか、これ、僕にあーんしたときのフォークじゃないか。


 僕は溜息混じりに言う。


 「悪いんだけど、喧嘩なら僕が居ない所でお願い」


 「少年......」


 「お、王サマッ」


 「い、一応、ズキズキも無関係じゃないんだけど......」


 というサースヴァティーさんのツッコミはさておき、僕はティアを見つめた。


 「ティア......さん」


 「さん付けなんてやめて」


 ああ、そう。


 「ティア、怒らないで聞いてほしいんだけど、僕は君の探し求めていた王様じゃないよ」


 「そ、そんなこと......。ティアは仕える王様を間違えたりしない!」


 「あれだよね、<財宝の巣窟トレジャー>の最下層に突き刺さってた剣を、僕が引き抜いたからだよね。急にびっくりしたよね。ごめんなさい」

 

 「ううん。ティアはまた王サマに仕えることができて嬉しい」


 あれ、話通じてない?


 いや、この際だ。勢いに任せてぶっちゃけちゃおう。


 あの剣を抜いたのは、僕が【固有錬成:摂理掌握】を使ってズルしたからだ、と言わないと。


 大丈夫、素直に謝れば全て丸く収まるから。


 「ティア、あのね。実は......」


 「でも良かった。今回は王サマが本物でほんとーに良かった」


 と、僕の言葉を遮って、ティアが言う。


 「五、いや、六十年くらい前だったかな? “王”の条件を満たさずに、<王の剣>を引き抜いた奴がいたんだ」


 「へ、へぇー。じゃあその人が王様なんじゃ......」


 僕がそう言いかけたその時だ。


 ティアが屈託のない笑みを浮かべながら言った。


 「偽物だったから殺した!」


 「え゛」


 妖精さんは続ける。


 「当時、ティアたち従者は王サマの再誕に歓喜したんだけど、少ししてそいつが偽物だって判明したから殺したんだ〜」


 妖精さんは......続ける。


 「偽物の正体はどっかの国の貴族? だったかな? 当初、ティアたちみたいな力のある従者を手に入れて喜んでいたけど、ズルして<王の剣>を抜いたことがバレっちゃってさー」


 「............それで?」


 「ん? 一族郎党、八つ裂きにして、見せしめに吊るしたっけ。そしたらその国が怒っちゃってさ。ティアたちに刃向かってきたから、返討ちにしたよ。地図から消してやった(笑)」


 “地図から消してやった(笑)”。


 なんて可愛らしい顔で言うんだろう。


 マジか。従者たちだけで国を相手にタイマンしたのかよ。


 するとティアが僕の顔を覗き込んできた。


 「王サマ?」


 「あ、いや、えっと」


 「?」


 とてもじゃないが、<王の剣>をズルして引っこ抜いたと言える状況じゃないぞ。もし戦闘に勃発しても、今の僕は妹者さん抜きの身体だから、一回死んだらそれまでだ。


 命は一個しか無いという恐怖が、今更ながら実感したよ。


 僕は苦笑しながら言った。


 「あ、あは、あははは。いやぁ〜王様かぁー。実感湧かないなぁ」


 「大丈夫。王の自覚はそのうち芽生えてくるよ」


 「「「......。」」」


 なんか<1st>たちがもの言いたげに、僕を見てきている気がするが知らない。うん、知らない。


 戦う気が削がれたのか、<1st>が肩を竦めて口を開いた。


 「勝手に話を進めないでくれるかな。言っとくが、その少年は我々組織の人間だ」


 違います。


 「はぁ? 王サマはティアの王サマだよ。殺すよ」


 そっちも違います。


 またもバチバチと啀み合う彼女らを他所に、僕は考えた。


 どうしよう。このままよくわからない王様に仕立て上げられたら、僕の悠々自適な異世界ライフが終わってしまう。


 ............ティアを倒すか?


 幸いにも、ここには<1st>が居る。僕がその気になったら、<幻の牡牛ファントム・ブル>と協力し合えば、ティアくらい倒せるんじゃなかろうか。


 「......。」


 「......マ」


 駄目だ。全員でこの愛らしい妖精さんを狩れって?


 美少女限定ヒーローの僕が美少女を狩ってどうする。狩るなら別の意味で狩りたい。ベッド的な意味で。


 「.........。」


 「......サマ」


 待った。もし妖精さんとエッチするってなったら......サイズ的にお、おな、オ◯ホ扱いになるじゃないか!!


 そう思ったら妖精さんのことが、空飛ぶTE◯GAにしか見えなくなってきた。


 TE◯GAが羽を生やして飛んで――


 「王サマ!!」


 「っ?!」


 僕は妖精さんが目の前に居ることに驚いて、椅子から転び落ちそうになった。


 ティアが心配そうに聞いてくる。


 「大丈夫? すごい真剣な顔で考え事していたみたいだけど」


 「は、はは。ティアのことを考えてた」


 「!!」


 妖精さんのことを空飛ぶTE◯GAって言ってごめんなさい。


 ティアが頬を赤くして言う。


 「も、もう! 王サマってば、ティアのこと好きすぎ!」


 「え、えっと、<1st>、とりあえず、この場は穏便に済ませられないかな」


 「個人的には、他の従者に少年のことを知られる前に、今すぐその羽虫を――」


 「「ボス」」


 「......妖精を殺したい」


 <1st>がサースヴァティーさんと<7th>に注意されて、そう言い直した。言ってることは物騒だけどね。


 にしても、<1st>ほどの人物が、ティアたち従者を警戒するなんてな。世の中ほんと広いな。


 <1st>に羽虫呼ばわりされても、あまり気にした様子のない上機嫌なティアが僕の頭に腰掛けてきた。


 僕の頭の天辺を座布団代わりにしてるのか、こいつ。ぷにっとした程よい肉感が無かったら、叩き落としていたところだ。


 「ま、王サマがそう言うなら、ティアは従うけど。もちろん命令してくれたらすぐに殺すよ」


 「<1st>」


 「......少年がそこまで言うのなら」


 ということで、なんとか争い事は避けられた。


 ここで僕は頭上のティアに提案する。


 「ティア、お願いがあるんだけど」


 「ん? なになに? なんでも言って〜」


 「できれば、僕のことは他の従者に黙っていてくれない?」


 正直、他の従者に会って、よくわからない王様に仕立て上げられるのは御免だ。


 もうティアだけにしておきたい。


 ティアは目を細めて、真下の僕を見つめてくる。


 「それって......王サマは王サマになりたくないってこと?」


 「い、いやいや! 違うってば! その、ほら、僕はまだ未熟だしさ!」


 「そんなこと無いと思うけど......」


 「とにかく! 他の人には黙ってて!」


 「んー。でも皆と約束してるしなー」


 “約束”?


 僕が疑問に思っていると、ティアがその疑問を察して答える。


 「王サマを見つけたら知らせるって約束」


 うわ。くそみたいな約束じゃないか。


 僕は思考を巡らせて、慌ててティアに言う。


 「は、はは。そんな約束よりも、僕はしばらくティアと一緒に居たいな! うん! ティアだけで十分!」


 「......ッ?!」

 

 「ほら、色々と話を聞かせてよ。ね?」


 僕は自分よりもずーっと小さいサイズの妖精さんに、情けなくも頼み込んだ。


 ティアは嬉しそうに応じてくれた。


 「う、うん! 王サマはティアだけの王サマだから!」


 おお! とりあえず、他の従者には僕のことは教えないみたいだ。


 「ズキズキが普段、女をどう言いくるめているのか理解できた気がする」


 「最低ですね。死ねばいいのに」


 「......ちッ」


 視界の端で御三方が何か言っているが、僕は聞こえないふりをするのであった。

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