第432話 副たいちょーアーレスはニヤける

 「な?!」


 「?!」


 「急に大声出してどうしたのさ」


 昼時、アーレスはザックと共に、第三部隊隊長であるエマとの打合せを終えて、いざ昼食を取ろうと、バッグの中からお弁当を取り出そうとして驚愕の声を上げた。


 ここ、第一部隊屯所の一室に、尋常ならざる王国騎士団第一部隊副隊長の声が響く。


 ザックはビクッと肩を震わせたが、エマは特に驚いた様子も無く応じる。というのも、最近のエマはアーレスに対して諸々の評価を下げているため、関心が無いのだ。


 曰く、昔は仕事一筋って感じで、一所懸命だったのに、と。


 全ては、少し前、アーレスを狂わせたと思わせる少年――鈴木のせいだとエマは想っていた。


 故にアーレスへの株はだだ下がりだ。日に日に失望がちょっとずつ溜まっていった。


 (どうせ今日も......)


 「べ、弁当を忘れてしまった......」


 「え? べ、弁当?」


 (ほら来たさね)


 エマ、またもアーレスに失望する。


 アーレスは口を押さえて、自分の失態が信じられないと言わんばかりに青ざめた。


 「ああ......。ザコ少年君が作った弁当だ。忘れてしまうとは、なんという失態を......」


 「「......。」」


 ダンッ。アーレスが眼下の机に拳を叩きつける。


 ザックは上司が弁当を持って来るのを忘れただけという、今日一でどうでもいい事件と思いながら応じた。部下は上司の一言一句に何かしら返さないといけないのが辛い所。


 「ま、まぁ、今日は諦めて、どこかへ食べに行けばいいでしょう」


 「駄目だ。せっかくザコ少年君が私のために作ってくれた物を無下にはできん」


 「さいですか......」


 ザック、あの鬼上司がこんな惚気けたことを言うとは思ってもいなくて、対応に困ってしまう。


 エマは溜息を吐きながら言う。


 「だったら、さっさと家に戻ったらどうさね」


 「ちッ。仕方ない、そうするか」


 「え゛」


 「なんだ?」


 「い、いや、冗談で言ったつもりなんだが......。弁当のために、一度家に戻るって正気かい? わざわざそんなことせずとも、その辺で済ませればいいだろう?」


 「いや、私の財布はザコ少年君に預けてるから持って無い」


 「......今日くらい、私が奢るさね」


 「結構だ。弁当は家で食べてから戻って来る。なに、休憩時間のうちに済ませるから、午後の仕事には影響しない」


 「「......。」」


 そう言って、アーレスは鎧を脱いで、私服姿に戻ってから自宅へと戻っていった。


 ザック、エマは共にショックを受けた。


 まさかあのアーレスが財布を他人に預けるなんて。そう、二人は静かにショックを受けるのであった。



*****



 「そう言えば、アーレスさんのお昼休憩っていつからだろ」


 『知らね。もう既に昼食を済ませたんじゃね?』


 『ああ、誰かからお金を借りたとかで?』


 『そそ』


 「いやいや。あのアーレスさんが他人から施しを受けないでしょ」


 『弁当と財布を持ってきたご主人がそれ言う?』


 たしかに。


 現在、僕は事前にアーレスさんに知らされていた騎士団の屯所の前に居た。


 アーレスさんのお弁当とお財布を持って。


 よく考えたら、あの人、財布を持たずに出かけてたのか。信じられんな。


 僕は近くに居た警備の人っぽい騎士の男女二人に声を掛ける。どっちも二十代前半と若い騎士だった。


 「すみません。アーレスさんにお渡ししたい物がありまして」


 「? 誰だ、貴様」


 「あ、先輩。この少年......入団試験でタフティス総隊長と対戦した志願者じゃないですか?」


 「あ!!」


 あれ、もしかして僕、顔を覚えられている?


 男の騎士が何か思い出したように大声を上げた。


 「アテラ姫殿下の胸を揉みしだいた男か! なんと羨まし――けしからん男か!!」


 「先輩......」


 そんでもって酷い覚えられ方されてんな。


 事故なのに。ありがとうございました。


 ああ、ついここには居ないアテラさんへ感謝の念を抱いてしまった。


 つか、今羨ましいって言ったろ、こいつ。そりゃあそうだけど、罪深いのはお前もだ。


 とりあえず、僕は二人の騎士に再度伝える。


 「えっと、アーレスさんにこれ渡してもらえます?」


 「? なんだそれは」


 「お弁当です」


 財布も一緒に包んであるけど、それは伏せておこう。相手は騎士だから不義理なことはしないと思うけど、こういうのは全て伝える必要は無いと思うし。


 が、男の騎士の方が鼻で笑う。


 「はッ。さては貴様、アーレス副隊長に毒でも盛るつもりか?」


 なぜそうなる。


 しかし男は続けた。


 「あの方は誰からも施しを受けん。弁当ぉ? 財布ぅ? 財布は家に忘れたとしても、なぜ貴様が持ってきたと言うんだ。はッはッはッ! くだらん冗談だ! あの人は仕事が恋人と言わんばかりの独り身だぞ!!」


 「先輩、さすがに最低ですよ」


 おおう......。アーレスさんが周囲からどう思われてるか、その一端を目の当たりにしてしまった気分だ。


 でも僕がアーレスさんの家に居候しているなんて公に言うもんじゃないし。


 若い女騎士が溜息を吐いてから応じる。


 「とりあえず、念のため副隊長に確認してくるから、君は少しここで待っててもらえる?」


 「はい、お願いします。名前は鈴木――」


 「ふふ。知ってるよ。君、第一部隊うちらにとってはちょっとした有名人だから」


 あ、そうなんだ。


 入団試験で不合格だったのに有名になるとは、よほどタフティスさんとの対戦が印象的だったんだろうな。


 「あれ、何しに来たんだ、お前」


 「ナエドコじゃないか」


 すると、先程の女性騎士と入れ替わりで、出入口から見知った人物、ザックさんとその同僚であるハルバードンさんがやってきた。


 僕の隣に立っていた若い男性騎士は、そんな二人に対して姿勢正しく敬礼する。


 「こんにちは。いやぁ、アーレスさんがお弁当を忘れて仕事に行っちゃったので、お財布も一緒に届けに来たんですよ」


 『今更だけどよ、自分から同棲してると言ってるようなもんじゃね? それ』


 『禿同です』


 たしかに。


 未だにエッチなハプニングは一つも起こってないのにな。


 ハルバードンさんが先程の男性騎士と同じく笑い声を上げた。


 「はははは! ナエドコ、お前もそういう冗談をいう奴だったのか。あのアーレスさんが弁当を作って持ってくるのを忘れたなど、何から何までありえん話だぞ」


 「作ったのは僕ですけど......そんなに信じられません?」


 「信じろというのが無茶な話だ。なんせあのアーレスさんだぞ」


 アーレスさん、部下からどんな人だと思われてんの。


 しかしそんなハルバードンさんの反応とは違って、ザックさんが天を仰ぎながら口を開く。


 「ああ、マジか。そう来たか」


 「?」


 「いや、実は副隊長、家に戻ったんだよ。お前が作った弁当を食いに」


 「え」


 「「え?!」」


 ザックさんのその言葉に、ハルバードンさんと若い男性騎士が驚く。彼の言葉からして、僕が言っていたことは事実であると証言しているようなものだからだ。


 それ即ち、アーレスさんの家に僕が居て、僕がお弁当を作り、彼女に持たせているという事実である。


 そんなことは既知なザックさんは、溜息混じりに言う。


 「見事なまでのすれ違いだな」


 「あ、あははは」


 「一応、弁当はこっちで預かっとくよ。あの人のことだから、家に弁当が無いのと、お前が居ないのを察して、すぐに戻って来んだろ――」


 「ザコ少年君!!」


 「ほら来た」


 ほら来ましたね。


 僕らの下へ、少し息を荒らげているアーレスさんがやって来た。


 彼女は私服姿で、わざわざ家に戻るために着替えたのだろうと察する。


 ちなみにハルバードンさんと若い男性騎士は空いた口が塞がらないと言った様子だった。


 おそらくザックさんから聞かされた話と、アーレスさんの反応からして色々と処理が追いついていないのだろう。


 「すみません、アーレスさん。なんかすれ違っちゃったみたいですね」


 「いや、ザコ少年君が謝るようなことではない。わざわざ持ってきてくれたのか。


 「「......。」」


 「では僕はこれで。あんまり休憩時間が無さそうなので。あ、無理にお弁当は食べなくていいですからね」


 「


 「「..........。」」


 「さ、さいですか」


 「そうだ。


 「いえ、実はこのあと家で作りたい物がありまして」


 「む。そうか、


 「「..............。」」


 と、一頻り会話を終えたところで、先程、アーレスさんに確認を取りに行った若い女性騎士が戻ってきた。少し申し訳無さそうに、彼女は口を開いた。


 「ごめん。副隊長は今席を外してたみたいで......って、副隊長?」


 女性騎士がアーレスさんの存在に気づいて、目を見開く。


 「ミザリーか。私は今戻ったぞ」


 「さいですか。あ、そのお弁当......」


 「ザコ少年君が作ってくれたお弁当だ。ふふ、やらないぞ?」


 「い、いえ、私は別に......。というか、先輩方はどうして固まってるんですか」


 「知らん」


 ハルバードンさんと男性騎士は固まったままだったが、放っておこう。


 僕は早々にこの場を立ち去るのであった。



*****



 鈴木が屯所を立ち去った後、若い女性騎士ミザリーはクスッと微笑みながら口を開く。


 「にしても副隊長、本当にあの少年からお弁当を作ってもらっていたんですね」


 「ああ。かなり美味しいぞ」


 と、アーレスとは思えない素直な言葉に驚いたのはミザリーだけではなかった。


 「はは、ほんっとナエドコってすげぇよな。アーレスさんを餌付けするなんてよ」


 「ザッコ」


 「ひぃ! も、申し訳ございません!!」


 ザックの失礼な物言いに声音を低くして、アーレスがその名を呼んだ。


 しかしザックに向けていた冷たい視線はすぐに消え去り、柔和なものへと変わって、アーレスは自身の手の中にある弁当を見やる。


 そんなアーレスを見た部下たちが口々に言う。


 「わ、私は夢でも見ているのか。あのアーレス副隊長が......異性から弁当を作ってもらって微笑んでいるだと......」


 「し、信じられません......」


 「せ、先輩たち、失礼ですよ」


 そうツッコむミザリーはアーレスの横顔を見て、何か面白いものでも発見したかのように口端を釣り上げる。


 「副隊長、ニヤついてますね〜」


 「......してない」


 アーレスは仏頂面を取り繕って、自室へと戻るのであった。


 その足取りがどことなく軽いものと思えてしまうのは、本人も気づかない所である。

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