第431話 黒虎ヤマトはガオチュールが好きらしい

 『それ、本気で言ってますか?』


 「うん、本気だよ」


 現在、一日の家事を終えた僕は、アーレスさんちのリビングで優雅にお茶をしていた。


 昨日、僕はタフティスさんと一緒にズルムケ王城にお邪魔したのだが、途中からの記憶が無い。


覚えていたのは、偶然、第三王女アテラ・ギーシャ・ズルムケと出会った際に、僕自ら護衛を申し込んだことだ。


 すげぇ魅力的なおっぱいだったし、顔はいまいち覚えていないけど、おっぱい的に護衛したかったから、つい跪いてしまった次第である。


 なんだろ、別に巨乳というデカさではなかったのだが、もし仮にこの世界にベストおっぱいサイズ賞があったら、僕はアテラ姫殿下に金賞を投げつけたいと思う。


 そこからの記憶はないのだが、気づいたらアーレスさんちのソファーに寝かされていたのだ。夕飯時だったな。


 僕がそんなことを考えていると、ドラちゃんが待ったをかけてきた。


 『ご主人、それをやるとしたら、魔族を王国に無断で入国させたことを自白しているようなもんだぞ。敵と見なされたらやべーじゃん』


 「わかってる。でも他に手段は無いでしょ」


 『そうだけどよ......』


 『まぁ、鈴木さんのやりたいことを叶えられるのは私しかいませんが......』


 『事前にアーレスにも相談すっか?』


 ちなみに呪いをかけられた第一王女アウロディーテさんのことを知っているのは、ごく一部の人間だけだ。その中にアーレスさんも居るが、先の計画について彼女も巻き込んでいいものかと悩んでしまう。


 その計画は、姉者さんが僕の身体から独立しないと叶わないもので、必然と騎士団が把握していない魔族がこの王都に姿を現すことになる。


 それにド派手な行動を取る予定だから、ほぼ確実にその存在はバレてしまうことだろう。


 「姉者さんの行動を見逃すよう、アーレスさんが協力してくれたとしても、それはそれで<三王核ハーツ>の一人として責任を問われそうで怖いんだよな......」


 『いっそ姉者の存在を隠すための、より強大な存在を用意するってのはどうだ?』


 「うーん。それでもいいんだけど......」


 『ええ。どこかに王都で暴れても問題無さそうな存在が居れば、の話です』


 『欲を言えば、ちゃんと自重できて、怪我人ゼロにできるような超目立つ存在だな』


 そんな存在、検討もつかな――。


 と、僕はリビングで悠々自適に寝そべっている黒い虎と目が合ってしまった。


 「『......。』」


 ヤマトさんはすぐに視線を逸らした。


 そうじゃん。ヤマトさんが居るじゃん。


 タフティスさんには他言するなって言われたけど、人間と関わりを持って無さそうな神獣さんなら、聞かれても問題無いと思って無視してた。実際、興味無さそうにしてるし。


 魔族とは言わず、神獣が王都に侵入してきて大暴れしたとかなら、姉者さんのカモフラージュになるのではなかろうか。


 「ヤマトさん」


 『嫌だ』


 まだ何も言ってないのに。


 するとドラちゃんが僕と同じ考えに至り、提案してくる。


 『ヤマトが居んじゃん! 作戦決行当日は、ヤマトに暴れさせれば、姉者に注意が行くことはないだろ!!』


 『だな! 妙案じゃねぇーか!』


 「だね。一応、ヤマトさんは僕が使役している召喚獣として登録しているから、何かあっても僕の責任になるし、僕の罪は事情を知っているタフティスさんが揉み消してくれる」


 『嫌だ。吾輩、人間に好きに使われるほど安い存在じゃない』


 『まぁまぁ。今度ガオチュールをたくさん作ってあげますから』


 『ぬ......』


 ちなみにガオチュールとは、ヤマトさん用のペースト状のおやつで、様々な魚介類を素材にして僕が開発したものだ。


 なんとなくで作ってみたが、ヤマトさんがえらく気に入っているので、たまに作ってあげているのである。


 ただペースト状にするまでの過程が大変なため、ヤマトさんにお願いされても、面倒くさいのでまた今度で、と断るのが現状だ。


 気分で至福を与えてしまったのが申し訳ないくらい、ヤマトさんはハマってしまった。


 『少し暴れるだけで、腹いっぱいになるまでガオチュールが食えるんだぞ』


 『怪我人は出さないで、という条件ですが』


 「お願いします、ヤマトさん。ガオチュール、もっと美味しく作りますから」


 『ぐぬぬ......』


 ややしばらくして、ヤマトさんは僕らの依頼を承諾してくれるのであった。



*****



 「さてと、諸々決まったことだし、あとはタフティスさんの返事待ちかな」


 『上手く行くといーなぁー』


 あれこれ決まったところで、僕はこの部屋の壁に掛けてある時計を見た。


 ちなみにこの世界の一日の時間は、僕が元居た世界と同じで、一日二十四時間である。今が昼時で、一般的に昼食を取る時間帯だ。


 僕は、お昼は何を作ろうかと思いながら、エプロンを身に着けて、キッチンへと向かった。


 「ルホスちゃんたちが帰って来るのって夕食前だよね」


 『だな。昼飯は要らないって言ってた』


 『にしても、教会に行って何が面白いのでしょうか』


 『同じガキがたくさん居るから、遊ぶのに困んないってことだろ。あ、ご主人、昼はオレが仮面の中こっちで作ろっか?』


 というドラちゃんの申し出を受けようか考えていたら、キッチンの上に、巾着に包まれたお弁当箱があることに気づく。


 アーレスさん用に作ったお弁当だ。


 「アーレスさん、お弁当を持ってくの忘れた?」


 『みたいですね』


 ふむ。わざわざ取りに帰って来るとは思えないし、今日はどこかのお店で昼食を済ませているはずだろう。


 が、僕はここであることを思い出した。


 「あれ、アーレスさんの財布って僕が預かってなかったっけ」


 『『あ、そういえば』』


 と魔族姉妹が姉妹らしく同じ相槌を打っていた。


 そうだった。アーレスさん、僕が家のことを代わりにやるって言ったら、なんか自分の財布を持たせてきたんだよな。


 曰く、生活に必要な物は私の金で買え、とのこと。


 よく考えたら、今みたいな状況に陥ると困るのはアーレスさんだから、素直に彼女の財布を受け取るのは良くなかったな。


 僕だってまだ貯金はあるのに。


 「仕方ない。お財布とお弁当を届けに行くか」


 『今思うと、ご主人ってもはや専業主夫だよな』


 やめて。意識しないようにしているんだから。


 ということで、僕はアーレスさんが居る騎士団の屯所へ向かうことにした。

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