第421話 ロイヤルな双丘

 「ん」


 「......。」


 現在、僕は知らない令嬢のおっぱいを揉んでいた。


 白緑色の綺麗な髪をポニーテールにした、僕と同じくらいの年齢の美少女。雪のような真っ白い肌。格好は軍服のような動きやすい服装だが、その服の厚みからでは包み隠せない双丘が、僕の右手の下で揺れていた。


 僕に押し倒されたからか、眼下の美少女は気絶しているようで、僕は全身に未だ嘗て無いほどの大量の汗をかいた。


 右手から伝わる極上の感触。


 周囲からの、まるで信じられないものでも見るかのような視線。


 僕を捕まえろ、処刑しろ、という人々の怒声。


 「貴様ぁぁああ!! アテラ姫殿下に何をするかぁぁぁああ!!」


 と、周囲に居たこの美少女の護衛役っぽい騎士が二名、抜剣して僕にその鋭い切っ先を突きつけてきた。


 僕は慌てて両手を頭の上に挙げた、その時だった。


 美少女の頭から赤黒いもの――血が流れていることに気づく。


 「ぬぉぉおおお!!!」


 「「っ?!」」


 僕は騎士二人を押し退けて、その美少女に向けてスキルを行使する。


 「【固有錬成:害転々】!! てんてん! てんてぇぇぇぇぇえええん!!」


 『うるせぇ、バカ』


 『そんな重複して使えるようなスキルじゃありませんよ』


 僕の額から血が流れ始め、美少女の頭から流血が止まったことで、僕は安堵の息を漏らす。


 あ、危なかった。きっとここまで僕が吹っ飛んできた拍子に、この美少女を押し倒してしまったのだろう。それで頭を打ってしまい、怪我をした模様。


 やばかった。【害転々】で僕が美少女の怪我を肩代わりしなかったら、この子は危うく死んでいたのかもしれない。


 そんな世界の損失を自分でするところだった。


 「捕まえろ!!」


 「?!」


 が、そんなことを考えていると、僕は先程の騎士二名に捕まって、地面に押さえつけられる。


 その二人とは別に、執事が美少女の下へ駆け寄って悲痛な声で叫ぶ。


 「血?! アテラ様、お怪我をされたのですか?!」


 その執事の声に、全員がアテラという美少女に注目した。それからすぐさま執事が【回復魔法】を行使した。怪我の具合はわからないけど、とりあえず【回復魔法】をかけるって感じ。


 もう僕が怪我を肩代わりしたから、万が一も無いはずだけど......。


 「何をしている! 早くその者を拘束しろ!!」


 「『『......。』』」


 ですよねー。



 *****



 「おら、坊主。出ていいぞ」


 現在、僕は王国騎士団管轄の牢屋の中に居た。鉄製の手枷を着けられた上体で。


 ここはろくに掃除もされていないから臭いし、衛生的によろしくない所である。


 そんな空間で、できるだけ汚れていないところで寝そべっていた僕は、忌々しいヤリチン総隊長さんに声を掛けられていた。


 「どうだ? 一日だけだが牢屋で暮らした気分は」


 「なぜヤリチンという歩く大罪人は捕まらず、罪なき童貞が牢屋の中に居るのでしょうか」


 「罪状がちげーよ。それに俺は金払って女抱いてんだ。お前は金払っても揉めねぇを揉んだろ」


 「今でもあの至福の感触が手に残ってます」


 「お前をここから出さない方が良い気がしてきたわ」


 僕はむくりと上体を起こして、手枷を【固有錬成:摂理掌握】で外した。


 ガシャリと鉄製の手枷が床に落ちた様を見ていたタフティスさんが、ジト目で僕を睨んでくる。


 「なんで自分で外してんの。てか、どうやったの?」


 「内緒です。勝手に外したら駄目でした? 釈放ですよね」


 「誰が坊主の釈放に尽力したと思ってんだ」


 うるさいな。元はと言えば、あんたが王族が居る所に僕を吹っ飛ばしたからだろ。


 『にしても吹っ飛んだ先に王女が居るとはな〜』


 『ラッキースケベは本当にあるんですね』


 牢屋にぶち込まれて一日経った今でもラッキースケベって言える?


 そう、実は僕が押し倒した少女は、この国の王女なのだ。


 第三王女アテラ・ギーシャ・ズルムケ。聞けば、入団試験を終えて合格した志願者たちは、翌日――つまり今日、この国の王に入団式で激励されたとのこと。で、その式には第三王女も参加していたらしい。


 しかしアテラ王女は昨日行われた入団試験に、観客として試験会場に居た。


 お忍びで、だ。


 だからか、事故とはいえ、僕が王女を押し倒して怪我させた挙げ句、ロイヤルおっぱいを揉みしだくという不敬を働いても、大事にしたくないというあちらの意思が優先され、僕は一日だけ牢屋で過ごすという罰を与えられた。


 「ちなみに王女さんは昨日、お前が自分のとこに吹っ飛んできたことまでは覚えているらしい」


 「お。ということは......」


 「胸を揉まれたことは覚えていないみたいだ。護衛や執事たちもそのことは黙っておくってさ」


 お、おおう。それはその、王族だもんな。そんな辱め、本人が覚えてないなら教える必要無いよな......。


 僕がそんなことを考えていると、タフティスさんが牢屋の格子に背を預けながら、なんとなしで聞いてくる。


 「ところでよ」


 「?」


 「坊主があん時、王女の怪我を治したのは......【固有錬成】か?」


 げ。あんな一瞬のスキル行使を見られていたのか。


 まぁでも、さすがにどういったスキルかは見破られていないみたい。王女をスキルで治したって思っているみたいだし。


 【固有錬成:害転々】は対象が負った“害”を誰かに転写するスキルだ。僕はそのスキルを使って王女さんの怪我を自身に移して、妹者さんの回復スキルで全回復した。


 だから王女さんは無事だった。


 ちなみに王女さんが負った怪我は、あの場に居た執事さんの【回復魔法】のおかげで治癒されたと見ているらしい。うん、都合がよくて助かった。


 僕は曖昧な返事をすることにした。


 「ええ、まぁ、はい」


 「どれくらいまでなら治せる? 腕が千切れたり、死にかけでも回復させられんのか? そもそも怪我に限らず、病気や呪いも治せんのか?」


 いつになくタフティスさんは真面目な顔つきになって、真剣な声音で僕に問い詰めてきた。


 な、なんだ? 何が知りたいんだ?


 正直に教えて良いのかな? タフティスさんは悪い人じゃなさそうだけど......スキルのことを教えるって、自分の弱点を教えることにも繋がるしなぁ。


 とりあえず、申し訳無いけど、気になったので質問で返すことにした。


 「あの、なぜそこまで僕のスキルについて知りたいんですか?」


 「......わりぃ。スキルはそうおいそれと他人に話せるもんじゃねーよな」


 あ、謝られた......。童貞の僕を馬鹿にしたときは謝らなかったくせに。


 「「......。」」


 しばしの沈黙。気まずい空気になってしまった。素直に謝罪されたからか、調子が狂ってしまいそうだ。


 すると、タフティスさんがボリボリと乱暴に頭を掻いた後、牢屋の扉を開けた。


 「おら、出ろ。今日は大人しく家に帰れよ」


 「あ、はい」


 僕は牢屋に出て、そのまま外に出ようと出口へ向かった。


 が、僕は歩みを止め、後ろのタフティスさんに振り返ること無く呟く。


 「これはただの独り言です」


 「?」


 「僕は別に聖人君子になったつもりはありませんけど......」


 実際、ルホスちゃんは僕が帝国や聖国に居る間、この人にお世話になったんだ。まだスキルを教えることはできないけど、全く譲歩できないほど、僕は秘密主義じゃない。


 「誰にも治せないような重傷や病気の方が居たら言ってください。治せるかはわかりませんけど、なんとかしてみせますから」


 「......。」


 そう言い終えてから、僕は再び歩を進めた。


 そんな僕の背に、タフティスさんが少し呆れたように笑ってから言う。


 「ふッ。ああ、そん時は頼るわ」


 それから彼は続けて言った。


 「あ、それとお前、入団試験、不合格だから」


 「......。」


 別に騎士になりたかったわけじゃないけど、空気読めよ。


 そう思う僕であった。

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