第422話 嵐の前の静けさ

 「「マスター! 起きてください!」」


 「んあ?」


 インヨとヨウイに身体を揺さぶられて、目を覚ました僕は、二人の険しい表情を見て何事かと思った。


 視界に映るのはもはや見知った天井――僕が居候しているアーレスさんちの一室の天井だ。


 窓から差し込む日の光を浴びながら、僕は欠伸をしてから二人に応じる。


 「なぁにぃ?」


 『朝っぱらからうるせぇーぞ』


 『起きる時間にしては少し早いですね』


 「「もう我慢なりません! なんなんですか、あの女どもは!!」」


 「それはこっちの台詞だ! 事ある毎にスズキにべったりして!!」


 「なんて羨ま――じゃなくて、図々しいですよ! 私だってスズキさんに甘えたいです!」


 僕の部屋に居たのは、武具のロリっ子どもだけじゃなかった。


近くにはルホスちゃんとウズメちゃんの姿がある。二人は寝間着姿で、インヨとヨウイはセクシーランジェリーを着ていた。


 いや、なんで?


 「なんでそんな服着てるの。風邪ひくよ」


 「「マスターを悩殺するためです。あと私たちは風邪をひきません」」


 ああ、武具だからね。


 にしても、二人が身につけているランジェリーはすごい際どいな。スケスケだし、見えちゃいけないとこも見えそうだ。


 ああ、これ、僕が夢の中でロトルさんやシスイさんに着させていたやつじゃないか。さては二人とも、僕が思い浮かべたエロティックな衣装を読み取って、魔法で生成したな。


 そんな白と黒の少女は僕に迫ってきて、真っ平らな胸を主張するように屈んできた。


 「「うふ〜ん♡ どうですか? 悩殺されましたか?」」


 「寝る必要無かったら、ランジェリーを着る意味無いよ」


 「「なんですかその感想は!!」」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ白と黒の少女を他所に、僕は少し早めの起床をする。


 終始騒がしかったロリどもを部屋に残して、僕はリビングへ向かった。


 すると、既に起きていたアーレスさんが、優雅に新聞を読みながらコーヒーを啜っていた。


 「おはようございます、アーレスさん」


 「早いな」


 「ええ。あの子たちがうるさくて」


 「ふふ。たしかに賑やかだ」


 アーレスさんってそういうとこあるよな。静かで落ち着いた空間を好む人かと思ったよ。


 僕はリビングで丸くなって寝ているヤマトさんの下へ向かい、起こさないようにそっと背を撫でた。


 「癒やされる......」


 『おい、小僧。吾輩をペット扱いするな』


 「してませんよ。あ、今、水持ってきますね」


 『してるではないか』


 ぷいっとそっぽを向くヤマトさん。


 彼女はこの家に来てから大人しい。ロリっ子どもと違って積極的に問題を起こさないから、非常に助かってしまう。


 僕、将来、家を持ったら、大きな虎を飼うんだ。


 そう思えてしまうくらい、ペットの居る生活が好ましく感じる。


 『......八つ裂きにするぞ』


 「......すみません」


 いつもの失礼を探知するセンサーに引っかかったのか、僕は素直に謝った。


 僕は朝食の準備に取り掛かることにした。


 「アーレスさん、いつもみたいに朝は軽く済ませますか?」


 「そうだな。頼む」


 「はい。パンは焼き直しますね」


 「いや、フルーツサンドにしてくれ」


 軽いとは???朝から重いな。


 僕が内心でそんなツッコミをしていると、この部屋に向かってドタバタと駆け寄ってくる少女たちが姿を見せた。


 「スズキ! 今日はこの狼藉者どもと対決する!」


 「け、決定事項です!」


 「「マスター、この不届き者たちに処罰する権限を!!」」


 ああもう、騒がしいなぁ。



*****



 『第一回 愛妻決めバトル大会、開幕!!』


 『おお〜』


 姉者さんがいつになくテンション高めで、そんなことを宣言し、妹者さんが気怠そうに歓声を上げた。


 なんだ、“第一回 愛妻決めバトル大会”って。


 まだ続きそうな第一回ってなんだよ。やるな、そんなしょうもない大会。


 現在、朝食を取り終えた僕らは、晴天の下、アーレスさんの家の前で軽くテントを張り、なにやらよくわからない大会を始めようとしていた。


 僕とアーレスさんはそのテントの下に設置した椅子に座り、ヤマトさんは日が当たるところで寝っ転がっていた。


 『司会は私、姉者と』


 『......。』


 『妹者、いい加減やる気を出してくださいよ』


 『ちッ。へいへい。やりゃいいんだろ、やりゃあ。同じく司会の妹者でーす』


 なんてグダグダな司会進行役なんだろう。


 そんな二人に呆れている僕の隣には、アーレスさんが腕組をして座っていた。


 「あの、アーレスさん?」


 「ん? どうした」


 「いや、なんでそこに座っているんですか。お仕事は?」


 「非番だ」


 さいですか......。


 『鈴木さんの愛妻の座を手に入れるのは誰でしょうか! 本日、その資格を手にする者が現れます! 参加者は二名二組のこちら!』


 と姉者さんは何が楽しいのか、普段の彼女と比べると気持ち悪いくらいハイになって司会進行を続ける。


 せっかく肉体を取り戻したんだから、僕の左手で馬鹿なことやってないで、自立してから馬鹿なことをやってほしい。


 『ルホス、ウズメの人外ロリっ子ペア!』


 「わ、我は別に愛妻とか興味ないけど、スズキにベタベタしてる所を見てると腹立つ!」


 「私は既にスズキさんと婚姻の儀を交わした身です。負けるはずがありません」


 と意気込む二人。


 ウズメちゃん、婚姻の儀って、僕が君の耳を甘噛みしたあの日の夜のこと? あれはカウントしないでよ。気持ちは嬉しいけどさ。


 『対するは、インヨとヨウイの武具ロリっ子ペア!』


 「「マスターの相棒となり、妻となり、オ○ホとなれるよう頑張ります!」」


 やめろ。どこでそんなはしたない単語を覚えた。魔族姉妹だろ。


 『そして鈴木さんの他に審査員も居ます! こちら、家事力ゼロどころかマイナスのアーレスと、ペット希望のヤマト、引き籠もりニートのドラちゃん!』


 「おい、その左腕を切り飛ばしていいか」


 『吾輩が黒焦げにしてやるから手出せ』


 『ご主人、今すぐ【融合化チェック】して。姉者をぶっ飛ばすから』


 姉者さん、謝って。今すぐ謝って。


 ちなみにドラちゃんは審査員というより、武具ロリっ子側に入ると思っていたが、彼女の場合、僕の仮面の中から出られないので審査員をやるみたいだ。


 斯くして、諸々の紹介が終わり、よくわからない不毛な大会が始まろうとしていた。

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