第420話 王国騎士団そーたいちょーの実力
「お、おい、今、総隊長は何と仰った?」
「し、試験官として志願者の相手をするって......俺の聞き間違いか?」
「わ、私も聞いた」
会場を囲む観客席に居る連中がざわつく。
それもそのはず、騎士団の入団試験の志願者相手に、この国のトップに君臨する騎士団総隊長が名乗り出たのだから。
誰もがその事実に驚愕を禁じ得ない様子で、観客席に居るタフティスさんと、会場に居る僕を交互に見ている。
タフティスさんは何が面白いのか、ズカズカとこちらへ近づいてきて、会場へ降り立ち、止まること無く僕らの下までやって来た。
目の前に立つタフティスさんは......本当にデカい。<
僕はお家に帰りたいに衝動に駆られた。
「おい、坊主。二次試験じゃあ肩慣らしにもならなかったろ? 俺にはわかるぞぉ」
「い、いえ、そんなことは決して......」
「ババアももう歳だからな。もう少し若かったら――いで?!」
「タフティス、総隊長のあんたがしゃしゃり出てくるとこじゃないよ。帰んな。というか、仕事しな」
エマさんがタフティスさんの脛を蹴ってから叱りつける。
アーレスさんもそうだったけど、タフティスさんも仕事を放り投げてきたのか。
「いいんだよ、今日くらい。それに仕事は全部ローガンがやってくれるし」
「やらせてる、の間違いだろう?」
「つっても、このまま坊主の三次試験の対戦相手が見つからないと困んだろ。ババアが坊主にボコられたら、騎士の面目丸潰れだぞ〜」
「歩く騎士団の恥が偉そうに......」
しかしタフティスさんの言うことは尤もで、エマさんは逡巡した後、どこか諦めがついたように口を開く。
それまでの間、タフティスさんがずっとニヤニヤしていたのが腹立たしい。
「仕方ない。スズキ、このバカをあんたの対戦相手にするよ」
「ひゃっほー! 最近、身体動かしてなかったから楽しみだぜー! あ、昨晩は綺麗な“ねえちゃん”とベッドの上で運動してたわ〜!」
「スズキ、ついでにこのバカを殺してくれ」
「わかりました」
『『......。』』
なんでだろう、急にやる気スイッチがオンになった気がする。
僕がやる気になっていると、タフティスさんは自分より身長の低い僕へ目線の位置を合わせながら言う。
「坊主、初めて会ったときから思ってたんだけどよ」
「?」
「お前、童貞だろ――」
ゴッ。僕の拳が巨漢の顔面の頬を捉えた音が会場に響く。
そして次の瞬間、巨漢は遥か後方の壁まで吹っ飛んで、その身を壁にめり込ませた。
「「え、えぇ......」」
エマさんと試験監督の騎士が僕の行為に唖然としていた。
瓦礫に埋もれて土埃が舞う先を睨みながら、僕は静かに呟く。
「......せねぇ」
僕の身体中に赤黒い稲妻が纏うようにして走り出す。この状態になった僕は、あるスキルを発動したことを示している。【固有錬成:闘争罪過】だ。そして【固有錬成:力点昇華】も使って僕は拳を振るった。
僕は跳ね上がった膂力の結晶である拳を前に再び言う。
「ヤリチンが童貞をバカにするのは許せねぇ」
『『『......。』』』
試合開始の合図は、そんな僕の怒りの拳で始まった。
******
「いてて......。頑丈さにはかなり自身があるが、顎を痛めたぞ」
土埃が舞う中、騎士団総隊長のタフティスさんがこちらへ歩み寄ってきた。
エマさんたち試験官は早々に試験会場から離れていき、僕は拳をポキポキと鳴らしながら、眼前の童貞の敵を睨みつける。
そんな僕に、妹者さんが引き気味に話しかけてくる。
『お、おい。いいのか? このままこの国のトップと戦って......』
「妹者さん、【祝福調和】でサポートして」
『あ、はい』
僕のお願いを聞いてくれた妹者さんがスキルを発動する。
これで相手との膂力の差は、【固有錬成:祝福調和】による効果で互角となった。そのベースの力に加えて【闘争罪過】も発動している。脳筋野郎を相手にするときによく使う戦法だ。
僕が戦う準備を整えていると、今度は姉者さんが話しかけてくる。
『あなた、こんなあっさり奥の手を使っていいのですか』
「姉者さん、細めに鉄鎖を出して。両腕に巻きつけるから」
『あ、はい』
僕のお願いを聞いてくれた姉者さんがスキルを発動する。
ジャラジャラと左手の口から吐き出された鉄鎖を両腕に巻き付けて、攻撃兼防御の籠手代わりにする。近接戦になったら相手を気が済むまで殴るために必要な武器だ。
一応、生成した魔法の武器も持てるくらい鉄鎖は細いので、戦法のバリエーションは減らない。
タフティスさんは腕組をして、余裕な態度を崩さずに居る。
「おいおい。騎士になるんだろ? 鎧は? 剣は?」
「やりにくいので、このままあなたをブチのめさせてください」
そう言い終えるのと同時に、僕は地面をなぞるように左手を振るった。
刹那、薄浅葱色の魔法陣が発動して、僕の腕の軌道を描くように【凍結魔法:氷牙】が前方の景色を埋め尽くす。
「うお?! 派手に来たな!!」
タフティスさんはこの氷の牙による攻撃を避けられない。
いや、避けちゃいけない。
なぜならタフティスさんの後ろには、大勢の観客が居るのだから。彼が避けたら、その攻撃はもしかしたら被害者を出してしまうかもしれないのだ。
僕の行為に、妹者さんが引き気味に言う。
『お前、見境無しかよ』
「まさか」
『どうせ観客にまで被害が及ばないように寸止めするのでしょう?』
「正解」
僕は両手に【紅焔魔法:打炎鎚】を生成した。
そしてタフティスさんの視界から僕が消えるその時――初見殺しのスキルを発動できる。
「【固有錬成:縮地失跡】」
スキル発動と同時に、僕はタフティスさんの死角に転移する。
タフティスさんが自身に迫る大規模な氷の牙を、拳一つで破壊し尽くす光景が広がった。
はは、マジかよ。化け物が。
でも、
「ふんッ!!」
タフティスさんの死角に移動した僕は、背後から一気に距離を詰めて、【力点昇華】込みの膂力で【打炎鎚】を横薙ぎに振るう。
巨漢の背に僕の高火力な一撃が直撃する――その時だ。
「バンディスト流、
「っ?!」
タフティスさんが低姿勢になりながら片腕を、僕が横薙ぎに振るった【打炎鎚】に添えて、岩を避ける流水の如く受け流す。
あまりにも滑らかなその動きに、僕は力任せに振るったせいで体勢を崩されてしまう。
な、なんだ今の?! 魔法じゃない?!
いや、この体捌き――
『仙術だ!!』
『ご主人、避けろ!!』
ドラちゃんの焦燥に満ちた叫び声が聞こえた。
浮遊感を感じながら、僕は眼下に居る低姿勢のままのタフティスさんと目が合う。
タフティスさんはニヤつきながら僕を見上げていた。彼は拳を固く握り締めていて、僕のこの大きな隙を突いて力を溜めていた。
避けられない。地に足を着けて踏み込まないと、避けようにも――って、なんで僕は宙に浮いてんだ?!!
さっきの仙術で軽々しく受け流された時に、宙に浮かされたってことか?!
「坊主、快適なお空の旅は好きか?」
「っ?!」
眼下のタフティスさんが短く息を吸って、力を溜めに溜めた拳を振るう。手にした剣を使わない、己の拳のみの一撃を繰り出す。
回避も防御も間に合わない。直撃を許してしまう。
だったら!!
「バンディスト流、
タフティスさんの丸太のような太い腕から繰り出される、破壊の一撃。
それを腹部に食らった僕は、身体を“く”の字に折り曲げて、口から盛大に血を吹き出しながら、空へ飛ばされた。
たった一撃だ。魔法で強化してもいない腕力で、強打を打ち込まれ、内臓をズタズタにされ、呼吸すら許されない状態に陥る。
妹者さんの【祝福調和】でタフティスさんと膂力が同等になり、【闘争罪過】による膂力の底上げを行っても尚、届かぬ“地”の力強さ。
「がはッ!」
『【祝福調和】!!』
『ご主人、大丈夫か?!』
『鈴木さん、回復しましたか?! しましたね?! このまま攻めますよ!!』
「べッ! わかった!!」
僕は口の中に溜まっていた血の塊を吐き出して、姉者さんに応じる。
元からアーレスさんレベルの実力者相手に勝てるとは思っちゃいない。
でも、簡単に負けるつもりもない!
「『『【多重紅火魔法:爆鎖打炎鎚】!!』』」
魔族姉妹と呼吸を合わせて生成した魔法の【爆鎖打炎鎚】を、僕は大きく振りかぶって、縦に回転運動をしながら、落下先のタフティスさんを狙う。
まるで業火に包まれた車輪が、巨漢を押し潰さんと熱波を辺りに撒き散らした。
「おいおい、周囲のことも考えろよ......って、あれ?」
途端、タフティスさんの顔から余裕の色が消えた。
彼は自身の足元を見る。その場から動こうとしたが、自身の足が凍りついて地面とくっついていたから思うように動けなかった。
無論、それは僕がタフティスさんによって吹っ飛ばされる前に、【冷血魔法:氷壁】で彼の足を凍らせたからである。
あの程度の足枷、タフティスさんならすぐに破壊できるだろうが、それだと次の行動がワンテンポ遅れる。
僕らの攻撃を避けさせないためにも、あの一手は必要だった。
対するタフティスさんは、いつの間にか手にしていた鉄製の剣を下段に構えていた。
志願者が使っていたような剣だ。そんな手入れが行き届いていない剣で、タフティスさんは――。
「へへ。いいじゃん、いいじゃん。ならこっちは......バンディスト流、一虎剣術――【虎断ち】」
荒ぶる憤怒の虎を体現し、咆哮を上げて斬撃を成す。
超破壊力を秘めた打撃がその虎を穿つのが先か、虎が僕を穿つのが先か、結果は――。
試験会場が極光に包まれ、爆砕と轟音を生み出した。
僕は――。
『鈴木、大丈夫か?!』
「いてて......」
あの爆発の後、一瞬飛びかけていた意識を手放さなかった僕は、自身が試験会場の観客席の方で倒れていたことに気づく。
周囲に慌てふためく人々は居るけど、吹っ飛ばされた僕が、誰かを自身の背で押し潰してしまったとかは無いようだ。
日が沈みかけた明るいとも暗いとも言えない空が視界に映る。
上体を起こした僕は、
「ん」
という、誰かの艶めかしい声がすぐ側で聞こえてきたのでハッとする。
そして右手から、むにゅりとした柔らかな感触が伝わってきた。
土埃の臭いの次に漂う、女性用の香水の匂い。
訓練場にこんな柔らかなものがあるのだろうか。片手じゃ掴みきれない豊満なものだ。
僕は右手が掴んでいるものを見た。
そこには――おっぱいがあった。
僕が愛して止まないおっぱいが。
それもただのおっぱいじゃない。
艶のある白緑色の長い髪をポニテにした美少女。格好からして如何にも貴族の令嬢っぽい人のおっぱいだ。
「ろ」
驚愕する僕の口から漏れた言葉は、
「ロイヤルおっぱいだ......」
これだけだった。
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