閑話 [妹者] 弟扱いか? 本当に?

 『妹者、起きているんでしょう?』


 鈴木が深い眠りについた頃合い、姉者があーしに話しかけてきた。


 肉体を取り戻した姉者と戦った後、あたしらはまた元居た岩場に戻って、眠ることになった。あんな激しい戦いがあったというのに、ヤマトの奴は普通に寝てたから呆れたわ。


 で、あたしらに戦いを仕掛けてきた張本人は、肉体を取り戻したというのに、鈴木の肉体の方に自分の核を戻してきやがった。


 どうやら、まだ本調子じゃないから、しばらくは今まで通り、鈴木の中に居たいらしい。


 一応、好きなときに肉体は鉄鎖で作り出せるようになったみたいだ。


 あーしはそんな姉者のことを冷たくあしらうことにした。


 『寝てる』


 『お、起きてるじゃないですか......。もしかして怒ってます?』


 『別にー』


 『め、面倒くさいですね......』


 うるせ。


 鈴木は許したみたいだが、あーしは怒ってるんだからな。


 勝手に、あたしらの下から離れて別行動しようとしてたんだ。向こう一週間は口を利いてやらねぇーから。


 『妹者』


 『......。』


 『妹者ぁ〜』


 『..........。』


 『いも――』


 『だー! うるせぇ! 鈴木が寝てんだろ!!』


 『あなたの方がうるさいですよ』


 こ、こいつ......。


 あーしが鈴木の右腕の支配権を行使して、右腕を起こすと、姉者が鈴木の頬をツンツンと突いていた様子を目にする。


 ......なにしてんだ、姉者は。


 『何してんの?』


 『いえ、別に。なんとなく』


 『......そうか』


 『あ、知ってます? の頬、意外とぷにぷにしてるんですよ』


 『ああ、それくらい時々触ってるから知って......ちょ、おい、待て』


 『?』


 『今、なんて言った?』


 あたしの聞き間違いか?


 今、姉者、鈴木のこと......。


 『ですから、の頬がぷにぷにしてると――』


 『“鈴木さん”だぁぁあぁあ?!!』


 『んひゃ?!』


 『『あ! パドランが積み上げたトランプタワーが!!』』


 あたしは思わず大声を上げてしまった。


 その際、<パドランの仮面>の中で遊んでいたガキどものゲームを台無しにしてしまったらしい。わ、わりぃー。


 ハッとして鈴木を見やると、こいつは呑気に寝たままだった。姉者との戦いで疲れたんだろうな。


 いやでも、ちょ、待ってくれよ......。


 『ど、どうしたんですか、大声を出して』


 『それはこっちの台詞だ。なんで急に“鈴木”呼びになってんだよ』


 『ああ、彼を“苗床”と呼ぶのは失礼に思えてきまして。今更ですが』


 『......他意は?』


 『? ありませんよ』


 あーしはジト目で姉者を見つめた。


 姉者はそんな私を他所に、話しかけてきた当初の目的を口にする。


 『その、先の戦闘についてですが......勝手なこと言ってすみません』


 『......なんであんなこと言い出したんだよ』


 『理由はあの時言ったことと変わり無いです。......あなたたちをもう......いえ、“また”危険な目に遭わせたくなかった......それだけです』


 『本気で言ってんのか。あーしらは家族だろ。鈴木も』


 『......ごめんなさい』


 『ったく』


 『あの日の戦い......バフォメルトで鈴木さんが死にかけた時......私は胸が張り裂けそうな思いに駆られました。この子は......本当に人のために自分の命を賭ける子なんだと』


 『......美少女限定らしいがな』


 『ふふ。でも実際、鈴木さんに救われた命は多いです。......だから、もうあんな状況に陥らないよう、あなたたちから離れようとしました』


 『たぶんだが、鈴木はそれでもあーしらのために動いてくれるぞ。これからもな』


 『......ええ、困った人です。本当に』


 そんな姉者に対して、あたしは溜息を吐いてから言った。


 『鈴木が許すってんだ。あーしもこれ以上とやかく言わねぇーよ』


 『ありがとうございます』


 『......それとよ、姉者』


 『? どうしましたか、妹者』


 『さっきから鈴木の頬、ずっと突いてんだろ』


 『ええ。それが何か?』


 ブチッ。あーしの中で何か堪忍袋的な緒が切れた音がした。


 『なんでさっきから触ってんだよ!! 真面目な話だったよな?!』


 『う、うるさいですね。鈴木さんが起きちゃいますよ』


 「んんー。もーあさぁ?」


 やべ。鈴木が起きちまう。


 が、姉者がまるで子を寝かしつける母親の如く、母性たっぷりに鈴木の毛布を駆け直した。


 『いえ、まだ寝ていて良い時間です。後で私が起こしますから』


 「ん〜」


 『ああ、ほら、うつ伏せで寝たら駄目ですよ』


 『......。』


 しかもめっちゃ世話焼きになってやがる。


 『お、おい。姉者、昔、あーしが鈴木は褒めて伸ばすって言ったこと覚えてっか?』


 『なんですか、急に。まぁ、とてもいい教育方針だと思います』


 『なんでだよ!!』


 あたしは思わず怒鳴り声を上げてしまった。


 『姉者は、こう、厳しく育て上げるって感じだったろ!!』


 『そんな昭和な考えはよくないですよ』


 『やかましいわ!』


 ちょ、おい、どういうことだ?


 あの戦い以降、姉者の様子がおかしいぞ。


 もしかして、もしかしなくても姉者のやつ......。


 『姉者、確認してぇーんだが、鈴木のこと――』


 『弟だと思ってます』


 すげぇー早口で言い切った。あたしの言葉を遮って言い切ったぞ。


 しかし姉者はどこか面白そうに、それでいて愛おしそうに鈴木の頬を突きながら言う。


 『不出来な弟です。私が居ないとどうしようもない程に』


 『......。』


 『ふふ。今までは姉妹に囲まれていましたが、弟も悪くないですね』


 なんか最近、恋敵が増えている気がする。いや、気のせいだな、うん。


 あーしは考えることを放棄した。

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