第402話 パーティーは笑顔で終えて

 「「うおおぉぉおおお!! 落ちる落ちる!」」


 『ふはははは!! 吾輩はもっと速く走ることができるぞ!! どうだ! すごいだろう!! ふははははははははは!!』


 いや、すごいけど! すごいけど!!


 現在、僕はダンジョンから帝国城までの道のりを駆けていた。


 神獣――黒い虎さんの背に乗って。


 場所はダンジョンを出てから続く森の中で、もう半日以上経ったからか、外に出た時は月が夜空に浮かんでいた。


 やべぇ、皇女さんのお誕生日パーティー、とっくに始まってるよ。


 『振り落とされるなよ、小僧!』


 「もうちょっと! もうちょっとだけ速度落として!」


 『あいわかった! 加速だな!』


 こいつぅ!!


 『ひゅー! 風が気持ちいいなぁー!』


 『にしても、まさか急にドラちゃんを外に出してあげたい、と言い出した時は驚きましたよ』


 と、姉者さんが少し前のことを振り返って、世間話感覚で話しかけてくる。


 そう、実は今、僕の腕の中にはドラちゃんが居る。


 ダンジョンを出る前、僕はドラちゃんと【融合化チェック】を行った。ちょっと時間ありそうだったし、せっかく暴れても周囲に被害出なさそうな場所だから、【融合化チェック】しようよ、と僕から申し出たのだ。


 理由は簡単、せっかくのパーティーなんだから、ロリっ子どもにも楽しんでもらおうと思ったのだ。インヨとヨウイはパーティーに出てくるご馳走が楽しみみたいだしね。


 で、ドラちゃんと【融合化チェック】したということは、当然、<大魔将>も出現することを意味する。


 出てきた<大魔将>は雷の<大魔将>だった。


 でも割と苦戦せずに勝つことができた。


 洞窟内という、環境的には両者五分五分だったんだけど、こっちには神獣さんが居る。神獣さんと共闘したら、あまり時間をかけずに勝てたのだ。


 いやもうほんと、この神獣さん好き過ぎる。ペットにしたい。


 『む? 今、失礼なことを考えなかったか、小僧?』


 「いえ、もしペットを飼うことになったら、神獣さんみたいに格好良く育てようかなって」


 で、共闘を終えたら、なぜか神獣さんのテンションが爆上がりで、ずっと興奮していらっしゃるのだ。


 曰く、久々に血が滾ったぞぉ!と。


 知らんけど、静電気がすごかったから、少し落ち着いてほしかった。


 なので、火の<大魔将>を倒したときと同じく、雷の<大魔将>を倒したら、僕の右手の中指に黒を基調とした指輪がはめられてある。


 火の<大魔将>の指輪は、その中心に真紅色の宝石があるが、雷の<大魔将>の宝石の色は黄金色だ。


 「......。」


 『あ、ドラちゃんが死んでる』


 『本当ですね』


 「え゛」


 僕がそんなことを考えていたら、妹者さんがドラちゃんの様子に逸早く気づいて教えてくれた。


 ドラちゃんは燃え尽きたかのように、存在が真っ白である。


 だ、大丈夫かな。たしかに神獣さんの走る速度は未だ嘗て無いほど速いけど。


 ちなみにムムンさんは置いていった。


 ダンジョン出発後、僕が皇女さんの誕プレをすぐに作り終えたら、それを確認した神獣さんがかっ飛ばしたのだ。


 ムムンさんに有無を言わさない急発進。もう僕は考えることを止めた。


 なに、都市に入る前に、僕が<ギュロスの指輪>を使って透明人間になれば良いんだ。ドラちゃんと神獣さんは透明化できないけど、前者はローブで姿を隠すとして、後者は知らん。


 発見者には、少し大きめの野良猫が過った、とでも思ってもらおう。


 『小僧、やはり失礼なことを考えたろう?』


 「いえ、毛繕いが大変そうな毛並みだなって」


 よし、この調子で行けば、パーティーが終わる前に到着するぞ!!



*****



 「はぁ」


 帝国皇女ロトル・ヴィクトリア・ボロンは、堪えきれず、内心に止めておいた溜息を漏らしてしまった。今、自身に話しかけてくる者が居ないと理解した上での行動だ。


 帝国城のパーティー会場に、一際豪奢なドレスに身を包むロトルは浮かない顔をしていた。皇女の美しい黄金色の髪に合わせ、ドレスは同色を基調としているが、派手すぎることのない清楚さを際立たせる代物である。


 今宵開かれたパーティーは、帝国皇女の誕生祭だ。この中で誰よりも目立つことが求められ、また人の視線を余儀無く集めていた。


 少女のドレス姿はまさに至高の一品で、元々の整った美貌と相まって、見る者を魅了していた。


 一部の貴族からは、同年代からその親の代まで、欲にまみれた目で見られることも屡々。ドレスの着付けの際に、「少し露出させて、魅せましょう」と使用人に言われたことは記憶に新しい。


 続く言葉は、「殿下もそろそろ婚約を視野に入れませんと」という余計な一言だ。


 少し背伸びして大人の女性の一面を魅せる。言い換えれば、異性の目を惹くためのドレスであり、化粧であり、また笑顔でもある。


 そのどれもが作り物で、ロトルにはまだ息苦しく思ってしまう価値観であった。


 「どうせなら、マイケルに求められたいわ......」


 と、ぼそりと呟くロトルであった。


 誰にも聞こえないよう、聞かれないように呟くことが関の山だった。


 しかしロトルの胸中に浮かぶ男は、この場には居ない。昨晩から姿を消したのだ。


 やはり先日の対応が行けなかったのだろうか。久しぶりに過ごす鈴木との生活に、ロトルは嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。


 が、鈴木は昨晩以降、顔を見せていない。その理由は自分にあるのではないか。いや、きっとそうに違いない。素直になれず、冷たくあしらってしまった面が否めないからだ。


 一言で言えば、愛想を尽かされた。そう思ってしまうロトルであった。


 「マイケル......」


 そんな中、ロトルに声をかける者が現れた。


 「殿下、そのような切ないお顔はされないでください。せっかくの晴れ舞台なのですから」


 「あ、ロティア」


 マーギンス辺境伯の一人娘、ロティア・マーギンス。紫がかった青色の髪を後ろで小さく纏めており、色鮮やかな装飾が施された華やかさのある少女だ。ロトルと同じく、ロティアも髪の色に合わせて可憐なドレス姿であった。


 鈴木ら一行が帝国軍と衝突する前より、ロティアはロトルに絶対の忠誠を誓っている身である。ロトルにとって、親友といえばロティア、と言うほど両者の関係は深い。


 ロティアは周囲を注意しながら、小さく問う。


 「えっと......ナエドコさんはいらっしゃらないようですね。お会いできましたら、改めてお礼をお伝えしたかったのですが......」


 「私が聞きたいわ。なんであいつは居ないのよ」


 「あ、あはは......」


 またも素直になれず、悪態を吐くロトル。その理由は先も述べた通り、自身に非があると思い込んでいる。


 それを察してか、ロティアは苦笑してしまう。


 そんな二人の間に、割り込んできた者が居た。


 「ご機嫌麗しゅう、ロトル殿下」


 現れたのは、ロトルより少し年上の青年だ。


 名はディン・バスダード。帝国情勢の中では、有力な貴族であるバスダード公爵家の長男だ。同年代の同性と比べて、長身なその体躯は、この国が騎士を重んじる国であることの象徴のように、鍛え抜かれていた。


 また青年の整った容姿は、多くの令嬢の目を惹く......が、ロトルからしたら眼中にない。


 なぜなら、ロトルは鈴木にぞっこんだからだ。


 ロトルはディンに向き直って挨拶を返した。


 「ご機嫌よう、ディン卿」


 「本日はお招き頂きありがとうございます。......いやぁ、なんとお美しい。今宵、夜空に浮かぶ月は、ロトル殿下の見目麗しいお姿を照らすために存在しているのですね」


 「ふふ、ありがとうございます」


 ロトルは笑顔を作って応じる。目の前の青年が自分をいくら持ち上げようと、ロトルの心には全く響かなかった。


 むしろ少し前、ロトルたちが王国との衝突を避けるために戦っていた間、目の前の男は静観を決め込んでいた貴族の一人であったことを思い出し、苛立ちを覚えてしまう。


 いや、ロトルは理解しているのだ。もう過ぎたことをとやかく言っても仕方が無い。大切なのはこれから。そう、これからなのだ。


 だから皇族として振る舞う。


 あまり好ましくない貴族でも、皇族として対応する。


 皇族として、笑みを作る。


 皇族として、感情を抑え込む。


 皇族として、皇族として、そして......皇族として生きる。


 無論、ロトルが選んだ道だ。苦難に満ちていても突き進むと、戦い抜くと決めた道だ。だからこれは――必要な“過程”なのだ。


 ただ、それでも――。


 (マイケルに......会いたい)


 恋する乙女は、心の奥底まで嘘を吐くことができなかった。


 「ところで殿下、本日のお祝いの場で、ある品を献上致したく、私めから最高の一品をご用意させて頂きました。なんと、かの有名な彫刻師アンソルディアに依頼し、殿下の石像を――」


 と、ディンが自慢げに語りかけた――その時だ。


 一陣の夜風が会場の窓から吹き荒び、大勢の者にその存在を主張する。


 否、人々の注目を集める者が一人、この場に現れたのだ。


 その者は頬が泥で汚れていたが、黒髪をオールバックで纏め、正体を隠すような鈍色の仮面を身に着けている。やや乱れているが、タキシード姿で突如現れた少年だ。


 誰もがその少年に注目する。


 ただし、ロトルを含め、極一部の人間はその少年が何者かを理解していた。


 理解しているからこそ、問い質したかった。


 一人は、娘の晴れ舞台に何してくれとんの、と。


 一人は、なぜこの場に来た、と。


 一人は、おおー、格好良い登場。さすが親友、と。


 一人は、サイン欲しい、と。


 その思いは一人ひとり違ったが、少年は周囲のざわつきも、視線も、警戒も気にせずに歩む。


 やがて一人の少女の前でピタリと歩む足を止め、少年は華麗な一礼と共に手を差し伸ばした。


 「お待たせ致しました、お姫様。あなたのナイトがお迎えにあがりましたよ」


 どこまでも気障で優しい男の口調に、ロトルは瞳を潤ませて、その手を取った。


 「遅いわよ、バカ」


 今宵、帝国の姫は、一人の騎士と共に淡くて儚い騒動を巻き起こすのであった。

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