第403話 好き、嫌い、愛してる

 「遅いわよ、バカ」


 そう言って、ロトルさんは僕の手を取ってくれた。


 現在、僕は帝国城のパーティー会場に窓から乱入していた。周りの貴族連中はざわつき始めて、警備兵があちらこちらから入ってきた。


 まぁ、うん。かなり上等なタキシード着てるけど、貴族に見えないよね、僕。不法侵入者扱いされても文句は言えないや。


 「な、なんだ貴様は!!」


 と、僕の傍らで、なにやら若干怯えた様子で問い質してくる青年が居た。


 もしかして皇女さんとお話し中だったのかな? それは申し訳ないことをした。


 「すみません、お姫様は僕が預かりますね」


 「な、何を訳のわからないことを......。警備の者は何をしている!! 早くこいつを取り押さえろ! 殿下の身が危険だぞ!!」


 お? なんだ、ロトルさんを心配してるなら、まずは自分で行動しなよ。無謀だと思うけどさ。


 僕はロトルさんが掴んでくれた手を引いて、彼女の身を抱き寄せる。


 「失礼」


 「きゃ!」


 「殿下、この国の貴族男子は意気地なしですね。僕くらい倒せないとあなたを任せられませんよ」


 「な、何を言って――」


 と、この場に居る誰もが慌てふためく中、僕はロトルさんをお姫様抱っこし、バルコニーへと向かう。


 が、


 「ナエド――不審者め! 逃さん!!」


 大柄な騎士が、僕の前に立ち塞がった。


 ミルさんである。別に隠してないけど、僕の正体に気づいてほぼ名前を言い欠けていたな。気を遣ってかわからないけど、一応は剣を構えているって感じ。


 どうやら、僕が姫様を攫う、というシナリオは意外にも有りらしい。ミルさんの口角が微妙に釣り上がっているのが笑えちゃうところ。


 そういう茶番、嫌いじゃないんだけど、帝国騎士としてどうなの。


 「ナエドコ、一応逃さない」


 「ナエドコさん! サインください!」


 こっちは駄目だ。


 ミルさんに続いて、シバさんとマリさんが駆けつけてきたけど、もう完全に僕の名前を呼んでるし、なんなら言葉の意味すら理解できない。


 なんだ、“一応逃がさない”って。


 なんだ、“サインください”って。


 仕方ない、ここは皇女さんに一役買ってもらうか。


 僕はボソッと呟いた。


 「ロトルさん、必死に抵抗してくれません?」


 「え?」


 「ほら、誘拐されたってことにすれば、被害者ということで、後日、多くは言及されないでしょう?」


 「な、なるほど」


 理解してくれた彼女は、さっそく演技してくれた。


 「だ、誰か助けてー。攫われるー」


 こんの大根が。


 僕は半ば諦めつつ、<ギュロスの指輪>と【固有錬成:縮地失跡】の組み合わせでミルさんの背後を取り、一気に外へ出た。バルコニーの手摺の上に着地後、僕はくるりと振り返って会場内を見渡す。


 当然、会場内は大騒ぎだ。


 「ど、どこへ行った?!」


 「殿下が、ロトル殿下が攫われたぞ!!」


 「警備兵は早く追わないか!!」


 透明人間化を解除した僕に担がれているロトルさんは驚きっぱなしだが、僕はかまわず一礼する。


 「それでは皆さん、引き続きパーティーをお楽しみください」


 「「「誘拐犯が言うな」」」


 という<四法騎士フォーナイツ>の面々からツッコミを食らって、僕はこの場を後にすることにした。


 その際、ちらりと皇帝さんの方を見やると、彼はどこか不貞腐れたように腕を組んでいた。どうやら少しだけ猶予をくれるらしい。


 こういう時のパパさんの協力は助かる。これで僕の眉間を射抜いたこと、チャラにしてあげよう。


 「さぁ、お姫様。快適なお空の旅のご準備を」


 「え゛」


 僕はスキルを連続で行使する。【力点昇華】を駆使して、一気に城壁の向こうへと駆け抜けた。


 皇女さんのお姫様らしからぬ悲鳴が、帝国城に響き渡るのであった。



 *****



 「ここまで来れば安心ですね」


 「し、死ぬかと思ったわ......」


 帝国城から抜け出した僕らは、都内のとある建物の上に居た。なんの建造物かわからないけど、たぶんどっかの宿の上かな。少し高めなので、眼下の賑わう景色が視界いっぱいに広がっていた。


 僕は皇女さんをそっと下ろした。


 「帝国の夜は明るいですね」


 「ブラックって言いたいのかしら?」


 「はは。今日はロトルさんのために、皆さん、賑やかにしてお祝いしているんですよ」


 なにやら自嘲っぽく言う皇女さんに、僕はそんなことないと伝えてから、屋上の端の方で腰を下ろした。


 ぷらんぷらんと宙吊りになった自身の足を揺らしていると、ロトルさんも僕に倣って隣に座ってくる。


 「はぁ。明日が怖いわ」


 そう溜息を吐きながら呟く彼女は、その言葉とは裏腹に、この状況をどこか楽しんでいるように見えた。


 僕は無責任に返す。


 「明日のことは明日考えましょう」


 「あなたねぇ......。“責任”って言葉知ってる?」


 「もちろん。ただし、その言葉は明日のために使わず、その先の未来で負いたいと思います」


 「っ?! も、もう! そういうことは軽々しく言わないでよ!」


 夜空の下、ロトルさんの顔は鮮明に見えなかったけど、帝国を彩る夜景が、彼女が頬を赤く染め上げる様を見せてくれた。


 『いい......いい! こういうのでいいんですよ! 苗床さんの鼻につく発言も今なら許せます!!』


 『ちッ。あとで腹パン百発追加だ......覚えてろ』


 ちなみに魔族姉妹には大人しくしてもらっている。


 姉者さんは言わずもがな。妹者さんに至っては、後日、罰を甘んじて受けるということで、今宵の出来事は水に流してもらうことした。


 罰はシンプルに腹パン百発。さっき追加オーダーが来たので計二百発だ。たぶんだけど、明日の朝には一万発まで増えてそう。


 だって今日の僕はロトルさんとイチャつきまくると決めているから。


 ちなみに武具のロリっ子共はさり気なくパーティー会場に置いてきた。僕の予想通り、あの子たちはご馳走に夢中である。


 意外にもドラちゃんがすげぇ燥いでたのが新鮮だった。会場内は不法侵入者のせいで大騒ぎしてたのに、スイーツを山のように取り皿の上に乗せてたな。


 「で? 私を攫った犯罪者さんは、これから私に何をする気かしら?」


 と、ロトルさんは悪戯っ子のような笑みを僕に向けてきた。


 彼女は僕に何かを期待しているのだろうか。もしそうだとしたら、申し訳ない気持ちに駆られる。


 「何も」


 「え?」


 「特に何もする気はありません」


 そう言って、僕は帝国都内の夜景を眺めた。


 僕らが居る建物の屋根は別に高い建造物ではない。ここから見える景色もあれば、より高い建物に阻まれて見えない景色もある。


 そんな絶景とも言えない、感動を覚えることも無さそうな景色を、僕は眺めている。僕の隣に居るロトルさんも、自然と同じ景色を眺めていた。


 「マイケルって、欲があるくせに、変に臆病よね」


 「はは。......ロトルさん、最近――いや、僕が帝国を出てから、忙しない日常を送っているのでしょう。だったら、自分の誕生日くらい、ゆっくり過ごしてもいいじゃないですか」


 「......ありがと」


 それから僕らはしばしば会話を挟みながら、ただ同じ景色を一緒に眺めていた。


 そんな中、不意に彼女が突拍子も無いことを呟く。


 「好きよ」


 その言葉は何を指してか、もはや考えるまでもない。


 だから僕も返した。


 「僕もです」


 僕の言葉も何を指しているのか、彼女には伝わっていることだろう。


 ロトルさんは立ち上がって、僕に向き直った。


 「ねぇ、我儘を言っていいかしら?」


 「どうぞ」


 「抱き締めてくれない?」


 「喜んで」


 僕も立ち上がって、ロトルさんに向き直る。


 そっと彼女を抱き締めると、相手も応じるように、僕を抱き締めてきた。


 ロトルさんは僕の胸に顔を埋めながら、ぼそりと呟く。


 「これでまだ......ううん、もっと頑張らなきゃって思えてきたわ」


 「......あまり無理はしないでくださいね」


 「......ねぇ、聖女にも優しくしたの?」


 「あ、あはははは」


 「もう......」


 もしかして、彼女は独占欲が強いお人なのだろうか。


 僕はバカ正直にも、ロトルさんに聞いてしまう。


 「僕、ハーレムを目指しているんですが......」


 「あんた、私を抱き締めながら言うことじゃないわよ」


 ご、ご尤もで......。


 「だったら」


 「?」


 が、僕がどういった男なのか深く理解しているように、ロトルさんはどこか呆れた様子で言った。


 「他に相手が居ても、私が好きで好きで堪らないになりなさい」


 困ったような顔を見せながら、ちゃんと僕という存在を認めているロトルさん。仕方ないな、と言わんばかりに僕を見つめてくる。


 ......うん、僕はやっぱりこの人が好きだ。


 「そろそろ帰りましょ」


 「はい」


 斯くして、僕と帝国皇女の甘くて切ない時間は終わりを迎えるのであった。



 ******



 「殿下!!」


 「あ、バート」


 夜更け過ぎ、帝国城内の自室に戻ってきたロトルは、そこで待ち構えていた女執事のバートと再会する。


 バートはパーティー会場で鈴木がロトルを攫ったことは知っているが、それでも心配で心配で仕方が無かった。


 だって、鈴木は野獣だから。


 きっとロトルをどこかの宿に連れ込み、あんなことやこんなことをシたに違いない。そう考えていたバートだ。


 「だ、大丈夫ですか?! あの者に乱暴にされませんでしたか?! は優しかったのですか?!」


 「ちょ!! あんた、マイケルをなんだと思ってるの?!」


 ロトル、従者のあんまりな発言に、顔を真っ赤にして怒鳴る。


 そんな主人の反応を見て、バートはほっと胸を撫で下ろす。同時に、「あの男、日和ったか」、などとロトルには言えない思いである。


 が、バートはロトルの露出した胸元に、きらりと部屋の明かりに照らされて輝く物を見つけた。


 「殿下、その首飾りはいったい......」


 「?」


 バートに言われ、ロトルはその存在に気づく。


 「これは......」


 それは銀色のネックレスだ。


 中央で光り輝く――ことはない、光沢の無い歪な形をした唐紅色の宝石が飾られていた。それは勾玉のように丸みを帯びていて、地味と言えばそれだけで終わるネックレスだ。


 こんなネックレス、パーティーに居た頃には無かった。だからこれはきっと......鈴木に抱き締められた時に、自身の首に飾られた物に違いない。そう思うロトルであった。


 ロトルはそれを手にして苦笑する。


 「もう......ちゃんと言いなさいよ。気づけなかったじゃない」


 「その、地味な首飾りですね......」


 まるであの男のような、ぱっとしない首飾り。


 そう言われているようで、ロトルは思わずクスッと笑ってしまった。


 そして帝国皇女は、唐紅色の宝石を大切そうに握り締めながら言う。


 「そこがいいのよ、私が愛して止まない男は」

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