第393話 お義父さん、喧嘩売ってますか

 「ほら、マイケルに謝って。殺してごめんなさいって」


 「うっ。余は決して謝らぬ」


 「......。」


 「わ、悪かった」


 いや、謝って許されることじゃないんだけどね。


 現在、僕は帝国城のとある一室にて、皇帝――バーダン・フェイル・ボロンとそのご息女、ロトルさんの親子と一緒に食事することになっていた。


 皇族との食事だから、失礼の無いようにと正装に着替えさせられたのに、入室早々、パパさんが僕に向かって矢を射ったせいで台無しだ。まぁ、そこまで服は血で汚れてないし、このまま食事を続けるけど。


 客人や他の貴族と食事するときは、ここよりも広い所で、縦長のテーブルを囲むのだが、今回は僕ら三人だけなので、少し大きめの円形のテーブルを囲っている。


 テーブルの真ん中には色鮮やかな花々が生けており、それを囲って三人での食事だ。


 ......なんか皇帝さんの距離感が近くなった気がしたけど、久しぶりだし、僕の勘違いだろう。


 にしても、皇帝さんは相変わらずだな、ほんと。彼は口を尖らせて言い訳するという、全然可愛くない素振りを見せてくる。


 「娘のことを思うと、どうしても殺意が湧いてしまう」


 「本当にマイケルで良かったわ......」


 「その発言はどうかと思いますよ」


 いくら娘のことが大切だからって、矢は射らないだろ。


 僕は運ばれた料理――前菜を食べながら、ジト目で皇帝さんを睨んだ。


 「息災だったか、ナエドコよ」


 『この親バカ、どんな心情で言ってるのでしょう』


 「お陰様で。聖国では僕のことを監視していたようですね」


 「仕方なかろう。表向きとは言え、お主は帝国を敵に回したのだからな。それに、監視はあの国の情勢を知るためのついでよ」


 ふーん? まぁ、こうして食事を誘うくらいには気を許してくれているようで、悪い気はしないけど。


 すると、今度は皇帝さんが僕のことを尻目に見やって聞いてきた。


 「なにやら、ギワナ聖国でも騒ぎを起こしたそうだな?」


 「なんのことでしょう。僕は聖女さんが困っていたようなので、少し手助けしただけです。いでッ!」


 僕がそう言うと、右足の脛を誰かに蹴られた。見れば、右隣に座っている皇女さんがぷいっとそっぽを向いていた。


 ちょ、行儀悪いな。


 『かかッ。ヤキモチ焼いてるのか』


 『こういう甘酸っぱいの、嫌いじゃないので続けてください』


 魔族姉妹はなんか面白がってるし。


 「ほう。聖女シスイを......。まぁ、こちらとしては、<堕罪教典ホーリー・ギルト>を潰してくれたのは有り難いが」


 ん? 帝国は<堕罪教典ホーリー・ギルト>のことを知ってたの? 


 そんな僕の疑問に、皇女さんが答える。


 「マイケル、この国を救ったあなたにいつまでも賞金を懸けてられないわ。約束したでしょう? あなたのせいじゃなくて、闇組織の仕業だったことを世間に知らしめる必要があるのよ」


 「<堕罪教典ホーリー・ギルト>はその一組織だったということですか」


 「そうだな」


 すると、今度はロトルさんが話題を変えてきた。


 その際、なんだか彼女がそわそわしているような気がしたのだが、気のせいだろう。


 「そ、それで、マイケル、ということは、そういうことかしら?」


 「?」


 その言葉は、遠回しに何かを意味しているようだが、僕にはさっぱりだ。魔族姉妹も見当がつかないといった様子。なんだろ。


 が、今度は皇帝さんが不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、悪態を吐く。


 「全く。抜け目の無い奴め。ここぞとばかりにアピールしおって......」


 だ、だから、なんだよって話。


 しかし続く皇帝さんの言葉で気付かされる。


 「言っておくが、愛娘に極刑だからな。そう考えると、忌々しいお主の処刑日が明後日に決まるわけか」


 ..................贈り物????


 明後日に何かあるの?


 僕は冷や汗を浮かべた。


 他方、ロトルさんはそんな父親のあんまりな発言に目を細める。


 「ちょっと。私は別に物が欲しい訳じゃないの。その、えっと、一生の思い出とか......ね?」


 一生の思い出?


 あ、ちょ、待って。これアレか、あの時期か。魔族姉妹も何やら察したらしく、口を揃えて言う。


 『おい、これ、アレじゃん』


 『ええ、アレですね』


 『『帝国皇女の誕生日』』


 まーじか。



*****



 「ねぇ、マイケルって目が悪かったっけ?」


 夕食を終えてから、僕は皇女さんの寝室へやってきた。ここは以前、僕がまだ彼女の護衛役だったときにもよく居た部屋の一つである。あの時の皇女さんは、僕やレベッカさんを側に居させようと必死だったのだ。


 今日、ここへ招かれたのは、きっと僕が護衛役を止めてから、しばらく間があったから、久しぶりに話でもしたかったのだろう。


 もちろん、美少女のお誘いを断るのはマナー違反である。だからバートさん、部屋の隅で僕を監視するように見つめないでください。翌朝、シーツに赤黒いシミができてるかもしれませんが、僕は紳士寄りの野獣です。


 が、僕の頭の中は、明後日迎えることになる皇女さんのお誕生日でいっぱいだ。


 この部屋から見える帝国都内の街明かりは、明後日に備えて忙しなく飾り付けを行っており、帝国皇女の誕生日を祝う準備をしているというのに、僕は何もしていない。


 皇女さんの誕生日を知らなかったんだよ......。


 そんな胸中の焦りを抱きながら、僕は彼女の問いに応じる。


 「悪くありませんよ」


 「ふーん? 昼は仮面をしていたり、今は眼鏡を掛けたりしているから気になってたわ。似合ってるわよ」


 「ありがとうございます。これ、実は呪具なんです」


 「呪具?!!」


 僕の一言に、ベッドに腰掛けていた彼女は驚いた様子で立ち上がった。バートさんも驚いているのが新鮮だ。


 僕は<パドランの仮面>のことを軽く説明したが、ドラちゃんから挨拶は無くてだんまりだ。この子、ほんっと人見知りだな。


 インヨとヨウイは紹介しとこうかな。


 「インヨ、ヨウイ、出ておいで」


 僕は<パドランの仮面>に収納していた二人を呼び出して、この場に姿を現してもらう。その光景に、皇女さんとバートさんは驚いていたが、息を呑んで待ってくれていた。


 白と黒の少女はお気に入りのミニスカ浴衣姿で現れ、スカートの両端を摘んで可憐に一礼する。


 「はじめまして。インヨと申します」


 「はじめまして。ヨウイと申します」


 「二人は僕と契約した<三想古代武具>です。見ての通り、“有魂ソール”持ちで、人のそれとそう大して変わりません」


 僕がそう二人を紹介すると、皇女さんは僕をまるで信じられないものでも見るかのような視線で見てきた。


 「ウズメとルホスに妙に好かれていたから、薄々気づいていたけど......マイケル、さすがにこの歳の子を侍らせちゃ駄目よ......」


 「話聞いてました?」


 「「マスターの未来の妻です」」


 僕は二人にゲンコツした。


 それから図々しいことに、インヨとヨウイはお城のあちこちが気になるらしく、見学したいとか、お菓子食べたいとか言い出した。


 僕は苦笑しながら応じようとすると、バートさんが手で制して代わりに二人の世話をすると申し出てくれた。


 「久しぶりに殿下とゆっくり話せる機会ができたのだ。ここは私に任せろ」


 「バートさん......ありがとうございます」


 「言っておくが、私が居ないからと言って、殿下に手を出すなよ」


 「............わかっておりますとも」


 「なんだ今の間は」


 なんでしょうね、今の間は。


 やがて諸々諦めたバートさんがインヨとヨウイを連れて、この部屋を後にする。なんやかんや言っても、信用してくれているということだろう。


 が、


 「ま、まだ駄目よ。エッチなことはシちゃ駄目」


 「......。」


 ロトルさんは警戒していらっしゃった。


 両腕を自身の胸に回して、まるで身を守るような仕草を見せている。彼女の頬が赤いのは照れているからだろうか。以前、自分からキスまでしておいて、その続きが駄目とは、これ如何に。


 まぁ、僕は紳士だから、相手が望まないことを強要するつもりはない。


 『鈴木、あーしらがいっから、できると思うなよ』


 『苗床さん、恋愛のドロドロしたところは是非やってほしいのですが、ベッドインは許しません』


 「......。」


 つくづく信用が無いな、と思った僕であった。

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