第389話 いつか恋するために

 「これはまた......」


 「......なんですか、お義父さん。何か言いたいことがあれば言ってくださいよ」


 現在、早朝の今、僕は貨物船に運ばれようとしていた。この貨物船は帝国行きで、聖国と貿易をしているため、本日は輸送されるみたい。


 そんな中、僕はまるで棺桶のように、人ひとりすっぽり入る木箱の中に収められていた。


 というのも、僕の首から下が石化しているからである。


 皆まで言うな。わかってる。学習能力が無いのはわかってるから、何も言わないで......。また魔族姉妹に怒られるの、ちゃんとわかってるから。


 レベッカさんめ、今度あったらレ◯プしてやる。


 そんな僕の下へ、見知った人物がやってきた。


 アデルモウスさんである。


 「お義父さんと呼ばないでください、テロリストさん」


 「テロリストと呼ばないでください、お義父さん」


 彼は貨物船へ運ばれようとしているこの木箱を回収し、僕と対面したのだ。人で賑わっている海岸から少し離れた場所に、僕を運んできたのである。


 なんで僕がこの箱の中に居るってわかったんだろ。本当、侮れないな、この人。


 それに、あの戦いの時の殺伐とした雰囲気はどこへ行ったのやら。以前のように柔和な笑みを浮かべて、ニコニコとしている。


 「私がここに来たのは、先日の一件でお礼を言うためです」


 「お礼なら、僕の石化を解いてくれません?」


 「ははははは」


 すげぇ乾いた笑い声。ちくしょう。


 アデルモウスさんは、ふぅ、と息を吐いてから、僕と目線を合せるようにしゃがんだ。


 「この教会を......シスイを助けていただきありがとうございました」


 「......成り行きですよ」


 真正面からお礼を言われたからか、つい照れくさくなって、そっぽを向いてしまう。


 アデルモウスさんはそんな僕に苦笑しながら語り始める。


 「私は......これから教会を少しずつ変えていこうかと思います。もちろん、もう<堕罪教典ホーリー・ギルト>のような存在には頼らずに、です」


 「......。」


 「そして過去に犯した罪も捨てるつもりはありません。......帝国を始めとした他国への侵害も、全て、漏れ無く背負っていきます」


 いつぞやの会話だ。


 国同士、きっと裏ではドロドロに汚いことをし合っているのだろう。僕が関与するようなことじゃない。


 が、今後、帝国のお姫様が泣くようなことがあれば......。


 「言っておきますが、僕を怒らせたら、この国は滅びますからね」


 「ふふ、肝に銘じておきます、さん」


 うっ。聞かれてたのか......。


 ちなみに冗談でこの国を滅ぼすとか言ったけど、割とマジでできそうなのが今の僕の力量である。


 というのも、先の戦いで新たながスキルが覚醒めたり、インヨとヨウイの力の使い方がわかったり、バフォメルトから色々と授かっちゃったから、正直、誰と戦っても負ける気がしないのだ。


 そんなことを考えていたら、アデルモウスさんがあることを話してきた。


 「話題は変わりますが、シスイは無事にレベッカと話すことができたそうです。これもあなたのおかげですね」


 「何か特別なことをしたつもりはないんですがね」


 「はは。本当に面白いお人だ」


 いや、本当に何もしてないんですけど。


 昨日、懺悔を終えて教会を後にした僕は、レベッカさんがまたも「やっぱり今から国を出ようかしら」とかぬかしてたので、ブチギレただけである。


 美女にブチギレたのは始めての体験だったわ。


 普段は頼もしいのに、シスイさんのことになると途端にしおらしくなるのが、昨今のレベッカさんである。


 そんな彼女は今どうしているんだろう。


 石化解いてくれないかな......。


 「さて、そろそろ船も出発する頃合ですね。運びますよ」


 「運ばないでください、マジで。このザマで、感動的なお別れをした帝国のお姫様と再会したくないんです」


 「はははは」


 このクソ野郎ぉ!!


 僕が収まっている木箱を軽々しく持ち上げたアデルモウスさんが、ゆっくりと歩き出した、その時だ。


 「ナエドコさん!!」


 聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


 この声は――シスイさんだ!!


 シスイさんが近づいてくる気配を感じながら、僕はジタバタと暴れて叫んだ。その際、アデルモウスさんが乱暴に木箱を地面に落とした。


 こいつぅ、丁重に扱えよ。身体が砕けたらどうするんだ。


 「シスイさん! 助けて!! アデルモウスさんに売り飛ばされる!」


 「あ、あなたという方は......」


 「ご安心ください! アデルモウスさんはそのような酷いことをされません!」


 酷いことはしなくても、今の僕の状況見て助けろよ!!


 首からした石化してんだろぉ!!


 アデルモウスさんは息を切らしながらやってきたシスイさんを見て、苦笑を浮かべつつ、僕らから少しだけ距離を置こうと歩み出す。


 「シスイ、そろそろ出航の時間です。別れの挨拶は手短に」


 「は、はい!」


 そう言って、シスイさんはこの木箱の近くに落ちていた木蓋を手にして持ち上げた。


 「よいしょっと」


 「あの、シスイさん」


 「はい、なんでしょう?」


 「なんで蓋なんかを?」


 「蓋をしないと荷物は運ばれないそうなので」


 こいつ、正気か。


 「僕に恩とか感じてません?」


 「もちろん感じてます!」


 「ではその蓋を......」


 「かぶせます!」


 「お義父さーん、この子を病院に連れて行ってください! 頭の病院に!!」


 と、僕が叫んだ、その時だ。


 「わ?!」


 「っ?!」


 木箱に蓋をしようとして、どういう訳か、シスイさんが箱の中に入り込んできた。


 そしてこれまたどういう訳か、蓋は中途半端だが僕らを閉じ込めるように被せられている。


 いや、どういうこと? どうやったらそうなるの?


 「ナエドコさん」


 すると、どこか落ち着いた様子でシスイさんが僕の耳元で囁いてきた。


 完全には閉じきっていない木箱と蓋の隙間から陽の光が差し込んできたが、それでも中の状況は鮮明じゃない。真っ暗......というほど、暗くもなかった。


 「本当にお世話になりました」


 そんな中、彼女の熱のある息が僕にかかり、耳元で艶のある声が囁かれた。


 ど、どうしちゃったんだろ、シスイさん。


 もしかしてこの状況、わざとじゃ......。


 と僕が邪な考えをしていると、シスイさんはこのまま僕に囁き続けた。


 「私、頑張ります。聖女として、この国をもっと豊かにします。女神様の教えをもっと広めていきます。......誰も悲しむことのない、争いの無い時代にしてみせます」


 「......さいですか」


 「で、ですので、平和な世の中になったら......」


 「?」


 言葉の途中で、僕は彼女が黙り込んだことを疑問に思った。


 が、次の瞬間、僕の唇に、何か柔らかなものが当たるのを感じた。


 「っ?!」


 同時に微かに香る甘い花の香り。この柔らかな感触は、湿った感触は――キスだ。暗くてよく見えなかったが、確かに彼女の顔は、僕の目の前にあった。


 僕が目を見開いていると、彼女はそっと唇を離して続きを語った。


 「どうか私をこの国から攫ってください。......最後まで恋が叶わないのは.........赦されないのは切ないです」


 「し......すい....さん」


 彼女が何か大切なことを言っていた気がするが、耳に入ってこない。理解が追いつかないんだ。頭がボーっとする。顔が一気に熱くなるのも感じた。


 今、僕はシスイさんからキスされて......。


 いやいやいやいや。彼女は聖女で、男女のこういった行為は絶対にしないと神に誓った身で――。


 「ふふ。


 「?!」


 と、僕が絶句した、その時だ。


 バンッ。木箱の蓋がこじ開けられ、シスイさんがまるで首根っこを掴まれた猫のように持ち上げられる。


 彼女を持ち上げたのはアデルモウスさんだ。


 アデルモウスさんは僕を見下ろして、冷めた目つきになる。


 「ちッ。遅かったか」


 「アデルモウスさん!」


 「シスイ、この男に口付けしましたね」


 「にゃ?! し、しししシてません!」


 「嘘は感心しませんね。見なさい、この男の唇に、あなたの口紅が――」


 「ああー! ああー!」


 などと、身動きできない僕を他所に、二人は騒がしくしていた。


 僕が惚けていると、アデルモウスさんはどこまでも冷たい対応で、木箱に蓋を乱暴にかぶせた。またも視界が閉ざされる。


 その際、アデルモウスさんは「どう責任を取らせるか」などと呟いていたが、そのことを深く考える余裕が僕には無かった。


 やがて僕を入れた木箱は何者かによって運ばれる。おそらく船の従業員だろう。男数名によって持ち上げられた安定感があった。


 その時になって、僕はようやく自我を取り戻す。


 『ちょ、ま! 待って! 待ってください! 今、シスイさん、僕にキスしましたよね?! 僕のこと好きなんですか!!』


 「あ、後で蓋に釘を打って、中身が出てこないようにしてください」


 「「「うす」」」


 『クソ野郎ぉ!!』


 ジタバタと暴れる僕だが、木箱は貨物船へ運ばれていく。


 斯くして、聖国で送った僕らの生活は終わりを迎え、新たな旅が始まるのであった。



******



 「スー君は行ったの?」


 「あ、レベッカさん」


 「行った、というか、運ばれたと言う方が正しいでしょう」


 港を出た船を見送るシスイとアデルモウスは、その場にやってきたレベッカと合流する。


 シスイの隣に立ったレベッカだが、そんな二人の距離感がいつの間にか縮まっていることに安堵するアデルモウスであった。


 アデルモウスはレベッカを尻目に問う。


 「なぜあの少年とこの国を出なかったのですか」


 「嫌よ。しばらくスー君の顔は見たくないわ」


 「ふふ。私は寂しいです。でも気持ちはちゃんと伝えられました」


 「あら? ということは、私が今朝渡したルージュは役に立ったのかしら?」


 「やはりあなたでしたか......シスイに不埒なことを教えないでいただきたい」


 「いいじゃない。女の子なんだから」


 「そう言えば、昨晩はシスイと一緒に寝たそうですね。もしやその時、この子に要らぬことを――」


 「おほほ〜」


 「貴様ぁ!!」


 などと、レベッカとアデルモウスが言い合う中、シスイは青空を見上げる。潮風に橙色の美しい髪を靡かせながら、少女は静かに呟いた。


 「ナエドコさん、お元気で」


 そんな少女の笑みは、照り返す海に負けないほど明るかった。



―――――――――



ども、おてんと です。


毎度ご愛読ありがとうございます。

次回から新章です。

引き続きお楽しみください。


また最近仕事が忙しく、更新がまばらになってしまい、申し訳ございません。

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