第十二章 祝福していいですか?

第390話 再会と最悪

 「はぁ」


 ここ、ボロン帝国城のとある一室にて、少女の深い溜め息が吐き捨てられた。


 美しい金色の長髪を持つ少女は、皇帝の一人娘、ロトル・ヴィクトリア・ボロンである。宝石のようなルビー色の瞳は、書類を端から端まで確認するために、忙しなく動いていた。


 そう、帝国皇女は本日も変わらず、公務に勤しんでいたのだ。


 平和な日々だ。争い事も無く、昼間を迎えた今は眠気との戦いとも言える。正直、一日くらい公務を放り投げて、自堕落に過ごしたい。そう思う帝国皇女であったが、それを許すほど自分に甘くはない。


 鈴木がこの国を発ってからもう随分と経つが、あの日の約束を果たすためには頑張らなければならないのだ。


 そうと理解しているロトルだが、身体は正直なことに、気持ちについてこない。


 というのも、こうも毎日書類とにらめっこしては、さすがに気疲れしてしまうからだ。


 そんな主人のやるせない気持ちを察してか、女執事バートは苦笑しながら声を掛ける。


 「少し休まれますか」


 「......ありがと」


 バートがお茶を淹れるため、この部屋から出ようとした、その時だ。


 コンコン。不意にこの部屋の扉が小突かれる音が響いた。


 『殿下〜。俺だよー』


 「オーディー?」


 「何の用でしょう」


 思わぬ来客に小首を傾げるロトル。バートはロトルに確認後、オーディーの入室を許可する。


 オーディー・バルトクト。この国の騎士団総隊長だ。多忙な身であるはずの騎士団総隊長がいったい何の用か、二人は疑問に思った。


 部屋の中に入ってきたオーディーは相も変わらず飄々とした様子だ。


 が、この場にやってきたオーディーは、なにやら大きな木箱を担いでいた。その木箱は人ひとり収まるほど大きかった。


 オーディーはニコニコと笑みを浮かべながら挨拶する。


 「やぁ。荷物を届けに来たよ」


 「“荷物”? あんたがわざわざ?」


 「あ、いや、“荷物”じゃないな。ほら、殿下は明日、誕生日を迎えるでしょ。少し早いけど、プレゼントを持ってきたんだ〜」


 「は、はぁ」


 荷物なのか、プレゼントなのか定かではないが、ロトルはオーディーが抱えている木箱に注目した。


 木箱は所々傷ついていて、とてもじゃないが誕生日プレゼントと呼べるような外装ではない。


 しかしせっかく自分のために用意してくれたというのだから、とりあえず見るだけ見ることにしたロトルだ。


 なに、ふざけた物をプレゼントされたら、この男をクビにすればいい。


 そう思ったロトルだ。


 「箱の中には何が入っていると思う?」


 などと、ニヤニヤしながらオーディーが問うと、ロトルは考える素振りを見せた。


 「そうねぇ......去年は本物そっくりに作られた“蛇の飴細工”で、その前は“生首を模したホールケーキ”かしら?」


 「覚えててくれて嬉しいよ」


 「ロトル殿下、そろそろこの者に罰を与えるべきかと」


 オーディーが部屋の中央にあるクロステーブルの上に抱えていた木箱を置いて、ロトルの回答を待った。


 ロトルはやれやれといった様子で応じる。


 「ゴブリンの型を取ったチョコレートと見たわ」


 「殿下......」


 「はははは!!」


 大凡皇女としてあってはならない発言に、バートは顔を手で覆った。


 しかしオーディーはそんな帝国皇女の回答を聞いて高らかに笑った。


 オーディーは答え合わせをした。


 「惜しい! 答えはなんと〜」


 バンッ。オーディーがいきおいよく木箱の蓋を開けて、その中身を晒す。


 中に入っていたのは――男だった。


 黒髪の黄色人種で、顔には鈍色の角張った不気味な仮面がある。そしてその男の首の付近に錆びついた首輪があったが、それはまるで鍵を外されたかのように、意味を成していなかった。


 また男の首から下は石像のように石化していた。


 なんだこの生きているか死んでいるのか、そもそも人間なのかわからない生き物は。


 そう思うロトルであったが、その男の正体に気づく。


 「っ?!」


 目を見開き、ロトルは身を乗り出すようにして木箱に迫った。


 その中に入っていた男は――自分が愛して止まない鈴木本人だったのだ。


 「ま、マイケル?!」


 マイケルこと鈴木は仮面越しでもわかるほど、なんとも言えない気まずそうな顔をしている。


 が、とりあえずといった様子で返事をした。


 「こ、こんにちは」


 冴えない男の冴えない挨拶。


 しかしロトルは現実を信じることができなかった。


 まさかこんなにも早く鈴木と再会することができるとは思ってもいなかったのだ。


 正直、以前の感動的な別れはなんだったのか、と問い質したくなる帝国皇女であったが、それでも意中の相手と再会できた嬉しさが勝る。


 が、そんな恋する乙女は、嬉しさのあまり鈴木に抱き着こうとしたが、その動きをぴたりと止めてしまう。


 「......。」


 ロトルの視線は鈴木の唇に釘付けだった。


 鈴木の唇は――まるで誰かにキスされたかのように、べったりと口紅の後が残っていたのだ。


 途端、ロトルの目つきは冷めたものへと変わり、殺気を帯びる。


 鈴木が尋常じゃない汗をかいた、その時だ。


 ロトルは吐き捨てるように呟く。


 「なによ、これ。ゴブリンの型を取ったチョコレートの方がまだマシじゃない」


 「......。」


 鈴木とロトルの感動的な別れを台無しにする、最低最悪な再会であった。

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