第387話 素直になれない人

 「レベッカさん!!」


 「......。」


 聖女シスイは震える声で叫んだ。


 少女が呼び止めると、レベッカはピタリと足を止めたが、それも束の間で、再び歩を進めた。


 だからか、シスイはまたも大声を上げて呼び止める。


 「ま、待ってください!! 私、あなたに話したいことがたくさんあって!!」


 シスイは胸の前に手を組んで告げる。お願いだから行かないで、そう祈るように少女は必死に声を上げた。


 その思いは、レベッカの歩む足を再び止めた。


 レベッカはシスイに振り返ることなく、溜息混じりに悪態を吐く。


 「ったく。スー君、これが狙いかしら?」


 「なんのことでしょう。僕はただ懺悔しに来ただけです」


 「もう......」


 鈴木の白々しい言葉に、レベッカは頭痛を覚えた。


 またこの少年にしてやられた、そう思ってしまったのである。まさか懺悔室を利用して、自分をシスイと会わせるとは、思っていもなかった邪道だ。



*****



 「え、このままこの国を出るんですか?!」


 「そうよ」


 事の発端は少し前の出来事。


 現在、僕はレベッカさんと崩壊した大聖堂付近に居た。


 もちろん外套に身を包んで。


 じゃないと、今の僕はこの国にとってテロリストみたいな存在だから、バレたら捕まっちゃう。


 いや、もうやってらんないよ。帝国といい、この国でもお尋ね者かよ。まぁ、自分で選んだ道だからとやかく言わないけど。


 「いや、シスイさんに挨拶していきましょうよ」


 「嫌」


 「なんで拗ねてるんですか」


 「拗ねてないわ」


 拗ねてるじゃん。


 あの戦い以降、僕はしばらくの間、アデルモウス枢機卿の庇護下で聖女さんをつきっきりで看病した。看病というか、僕の【固有錬成:摂理掌握】で彼女を元の姿に戻しただけなんだけど。


 まぁ、あの堕天使とかいう姿が、元の落ち着いた状態に戻ったからか、自然と彼女からあの時のような力は失われ、生活を送るには支障が出ない程度までには回復したんだが。


 当時は目を覚まさなかったから、死にもの狂いで頑張ったよ。


 美女の損失は、国にとって、延いては世界の大損失だからね。


 だというのに、レベッカさんは事が落ち着いたら知らんぷりで、この国を発とうとしやがる。


 「シスイさんと話したくないんですか?」


 「べ、別にそんなことないわよ。ほ、ほら、傭兵として次の依頼を――」


 「な、なんて下手くそな嘘を――うぐ?!」


 「お黙り!!」


 く、首を締めないで......。


 解放された僕は息を整えながら、レベッカさんをジト目で見やる。


 「もしかして......シスイさんと話すのが怖いんですか」


 「っ?!」


 図星だ......。この人、シスイさんが絡むとわかりやすいな。


 レベッカさんが顔を赤くして反論してきた。


 「ち、違うわよ! 私はただこれ以上、あの子に無闇に接触したら駄目と思って――」


 「なぜ?」


 「そ、それは......。私みたいな醜い女は......手を血で染めている女は、あの子の近くに居ちゃいけないのよ」


 お、おう。普段のレベッカさんを知る僕からしたら、なんとしおらしいことか......。


 が、そんなこと知ったこっちゃない僕は、彼女の隙だらけのお尻をパンッと叩いた。


 「ひゃう?! ちょ、何をするの?!」


 「今回の件、これでチャラにします。レベッカさん、意固地になって、まだ僕に謝ってませんよね」


 「うっ」


 「では、僕はこれで。これから寄る所がありますので」


 「え?! ちょっと、どこに行くの?! 待ちなさい!!」


 「懺悔しに行ってきます〜」


 ということで、後は流れに身を任せようと思った次第である。


 聖女さんが、この時間帯は懺悔室に居るのを知っているからできる行為だ。


 決して、聖女さん相手にセクハラしたかったとかじゃない。ないったらないのだ。



******



 「あ、あの、レベッカさん! 私、あなたに話したいことが......」


 時は戻り、レベッカと再会を果たしたシスイがそう言いかけた、その時だ。


 レベッカは振り返ることなく、鈴木を抱えていない、空いている手を挙げて、少女の言葉を遮る。


 そしてボソリと呟いた。


 「丘の上」


 「え?」


 「女神像がある所よ。夕方、そこで会いましょう」


 「っ?! は、はい!!」


 斯くして、シスイはレベッカとの再会を無事に果たすのであった。

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