第386話 [シスイ] 懺悔のお時間・・・です?

 『さっきそこでブロンドヘアーの美女に声をかけたのですが、なぜか酷く怒らせてしまい、反省している者です』


 「な、ナエドコさんですね」


 『せ、性獣さんだね』


 私は思わず、ガブリエール様と小声で確かめ合ってしまいました。


 懺悔室に来られた方は、あの戦い以降、私が探し回ってもお会いになることが叶わなかった方――ナエドコさんです。


 な、何をされにここへ来たのでしょう。


 『何がいけなかったのでしょうか。お尻を触ったことでしょうか』


 「......。」


 “懺悔”とは程遠い行為を、まるで息をするかのように繰り返してきたこの方は、本当になぜこの場にいらっしゃったのでしょうか。


 だ、段々と、ナエドコさんへの感謝の念が薄れてきそうです。


 『あ、ちなみにシスターさんですか?』


 「え、あ、その、えっと............はい」


 ま、まさか聖女である私が、この神聖な場で虚言を吐くとは......。


 女神様、お許しください......。


 いえ、聖女もシスターのうちに入りますので、嘘ではありませんね!


 『うわぁ。シスターさんが僕の懺悔を聞いてくれるのか〜。嬉しいなぁー』


 な、何を白々しいことを......。


 『あ、シスターさんの好みの男性のタイプを教えてくれません? もしくはお付き合いしている男性とか』


 「お願いですから、大人しく懺悔してください......」


 はぁ。まったく。この方は変わり無い様子で......。少し前の私の気も知らずに、なんと図々しい方でしょう。


 私は心の中で溜息を吐きつつ、彼に応じます。


 「私はシスターという身のため、そのような気持ちを抱くことは赦されてません」


 『じゃあ、女神クラトがお赦しになったら?』


 『赦しますので、男女のドロドロな恋愛ドラマを見せてください』


 『ほら』


 「怒りますよ?」


 向かいの部屋からナエドコさんとは別の、女性の方の声が聞こえてきましたが、この懺悔室に居るのは私とガブリエール様、そしてナエドコさんのみです。


 確認するまでもなく、あちらの部屋に女性の方などいらっしゃる筈もなく、きっと器用なナエドコさんの声真似か何かでしょう。


 女神クラトを冒涜するとはいい度胸ですね!!


 「私にはそのような方はおりませんので!」


 『あ、さいですか』


 ついでに仕返しです!


 「にはいらっしゃるのですか?」


 『え゛』


 ナエドコさんが間の抜けたような声を漏らしました。


 ふふ、動揺されてますね。こういった質問をされたら困るということを、身を以て味わってください!


 『まぁ、いますけど......』


 「え?!」


 『そんなに驚きます?』


 そ、そんなぁ......。ナエドコさんとお付き合いされている方がいらっしゃるなんて......。


 い、いえ、まだそうと決まった訳ではありません。好みのタイプの方かもしれません!!


 「お、おおお付き合いされている方がいらっしゃるのでしょうか?!」


 『いや、いませんが』


 「っ!! では今は独り身なのですね?!」


 『は、はぁ』


 「そ、それは......良きことです!」


 『よ、良きことなんですかね......』


 「ちなみにどのような方が好みでしょうか?!」


 『あの、ここって懺悔室で合ってますよね? 来る所間違えた気がしてきました』


 『性獣さん、自分のこと棚上げして、なに言ってんだろ――ふぐ?!』


 「いいえ、間違ってません!!」


 『あの、今、他の方の声が聞こえてきたような......』


 私は不敬にも、手のひらサイズの天使像を両手で覆い、黙っていただきました。


 後で罰を受けますので! ごめんなさい!!


 「それで?!」


 『え、あ、そうですね。外見は――』


 「外見を聞いてもろくな回答が返ってきませんので、内面的な所を詳しく!」


 『す、すげぇこと言ってる自覚あります?』


 ありますが!!


 向かいの部屋の中で、少し悩まし気に考え込みながら、ナエドコさんは語り始めました。


 『そうですね......お淑やかで』


 「お淑やかで?!」


 『明るい性格の持ち主で』


 「明るい性格の持ち主で?!」


 『末永く互いに支え合っていけるような方......でしょうか』


 「おお!!」


 『シスイちゃん、少し落ち着こうか』


 も、申し訳ございません......。


 私が深呼吸を数度繰り返した後、まるでそれを待っていたかのように、ナエドコさんは続きを語ってくれました。


 『例えるなら、聖女シスイが好きです』


 『『おい』』


 「ふぇ?!」


 『全然例えてないじゃん。ド直球じゃん』


 向こうの部屋からナエドコさんとは別の方の声が聞こえてきた気がしましたが、そのようなことを気にしている余裕が、私にはありません。


 ナエドコさんはそんな私の気も知らずに、熱く語り続けました。


 『今度会ったら、告白しようと思います』


 「んにゃ?!」


 『シスターさん、僕のこの思いは彼女に届くのでしょうか?』


 そ、そのようなことを聞かれましても......。な、ナエドコさんなら、今、その張本人と話していることに気づいているはずでしょうし......。


 だというのに、私は震える声で応じてしまいました。


 そっと境界の壁に手を添えて、緊張で鼓動が早くなるのを確かに感じながら――。


 「届く......と思います。あなたの思いは......きっと.....」


 このようなこと聖女として口にしてはいけないのに、誰かを好きになってしまってはいけないのに、私は――。


 しかしこの胸に込み上げてくる熱い気持ちは、紛れもなく私が彼のことを......そう、私が思ったときです。


 網目状の格子部分から、


 「『っ?!』」


 「今言いましたね?! OKしてくれましたね?! シスイさん、結婚しましょう! 今すぐに!!」


 「『ひぃ?!』」


 腕が! ナエドコさんの腕が、私を捕らえようとジタバタと暴れています! こ、怖い!!


 私は思わず腰を抜かしてしまい、後方へ倒れてしまいます。


 向こうの部屋から、ナエドコさんの荒い息と共に、常軌を逸した声が聞こえてきました。血走った目が、暴れる腕の奥から垣間見えました。


 「ハァハァ! さぁ早く! この手を取って! 子供は駅伝ができるくらいたくさん作りま――あが?!」


 ガタンッ。一際大きな物音が聞こえてきたと同時に、この懺悔室が静けさを取り戻しました。


 何事かと思いきや、キィと扉が開く音が聞こえ、この懺悔室を立ち去っていく方の足音が、隣接している部屋に居る私の方まで聞こえてきました。


 その足音はコツコツ、コツコツとヒールが硬い床を打ち付ける女性特有の足音です。


 もしや、と思い、私は慌てて懺悔室から出ました。


 そしてその女性の背を目の当たりにします。


 「っ?!」


 美しいブロンドヘアーを、この教会に入り込んでくる風に靡かせながら歩く女性は、気を失ったナエドコさんを担いでいらっしゃいました。


 私は思わず、その方のお名前を叫んでしまいます。


 「さん!!」


 「......。」


 ナエドコさんと同じく、いくら感謝しても感謝し切れない方が、私の目の前に!!

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