第385話 [シスイ] そして、それから
「シスイ、ここは私が引き継ぎますから、あなたは休んでなさい」
「いえ、私はまだ......」
「あなたが倒れてしまっては心配する人が居ることを知りなさい」
日中、燦々と照らす太陽の下、私は崩壊したクーリトース大聖堂の事後処理で忙しく動き回っていました。
先の戦い......<
その戦いの末に崩壊したクーリトース大聖堂の立て直しは、街の復興と並行して進められていたのですが、状況は芳しくありません。
というのも、大聖堂はその作りから、あらゆる魔法を拒絶する術式が組み込まれています。あまり詳しくありませんが、魔法を使って効率よく瓦礫を運べないなどで、修繕作業はまだまだ長引きそうでした。
そんな中、私はアバロウ教皇に声を掛けられたので、作業する手を止めました。
ちなみに私は力作業ではお役に立てないと思い、作業する方たちに水を配ったり、【回復魔法】で疲労を癒やしたりと、あっちこっち歩き回ってます。
「まったく。かのテロリストには困ったものですね......」
「あ、あはは」
かのテロリスト......とは、<
その者たちは、今流れている噂を鵜呑みにすれば、たったの五人で大聖堂を襲撃したようで、代表者は“ナエドコ”という名が挙がってました。
そう、あのナエドコさんです。
「え、えっと、その方にも何か事情があったのではないかと......」
と、私が言いかけたとき、アバロウ教皇が蟀谷に青筋を浮かべて、ギロリと私を睨んできました。
思わず、かひゅ、という乾いた息が私の口から漏れます。
「いいですか、聖女として罪人を赦そうとするのは誇らしいですが、そのテロリストたちは先代たちが、いえ、多くの人々が崇拝してきた女神像を壊したのですよ? 時に怒りを覚えなさい」
「は、はい......」
うぅ。普段、温厚なアバロウ教皇が怒ると怖いです......。
しかし当事者である私にとって、ナエドコさんは......彼らは命の恩人です。
私がこうしてここに居られるのも全て......あの方のおかげで。
私はとある殿方の後ろ姿を思い出します。
「シスイ?」
「はひ!」
「どうされたのですか? 顔が赤いですよ」
「な、なんでも! なんでもありません!」
「左様ですか。あなたも病み上がりの身です。念の為――」
「そ、それでは、私は作業に戻ります!」
「え」
そう言い残し、私はアバロウ教皇の下を駆け足で立ち去りました。
後ろで教皇が大声を上げてましたが、私は聞こえないふりをして走り去りました。
私はまだまだ元気です!!
*****
『にしても、散々な目に遭ったね〜』
「あ、あはは......」
仮設ですが、大聖堂付近に立てられた教会にやってきた私は、その中にある懺悔室に居ます。
今は懺悔する方がいらっしゃらないので、私は大天使ガブリエール様と談話しております。
ちなみにガブリエール様は天使像が近くに無いと、地上に姿を現すことができません。
その天使像は先の戦いで一部欠けてしまいましたが、今は綺麗に修繕され、私の手のひらの上にございます。
そう、私の手のひらの上に、大天使様の石像が。
『まさか私がこんなちっさい石像に憑く羽目になるとは......』
もちろん、元の天使像を削って、手のひらサイズに変えられたなどではなく、これもナエドコさんのお力によって成されたことです。
ナエドコさん曰く、手のひらサイズになれば、シスイさんが持ち運びできますよね、と。
当時、まだ快方とは言えない状態のガブリエール様に対し、ナエドコさんは有無を言わさずに、天使像を削ることなく、手のひらサイズに変えました。
【固有錬成:摂理掌握】というお力のようで、あの地下空間で異形の身となった私もお世話になりました。
数日間、ナエドコさんが私につきっきりで、元の姿に戻してくださったようです。
というのも、当時の私はずーっと眠っていたようで、目を覚ました時には身体は元通りに戻っており、ナエドコさんの姿は見受けられなかったのです。
「はぁ......ナエドコさんにもう一度お会いしたいです......」
『うわぁ。シスイちゃん、性獣さんに毒されてる......』
「ど?!」
私は思わず立ち上がって、ガブリエール様に抗議しました。
「わ、わわわ私はそのように思っておりません!」
『じゃあ嫌いなの? 助けてくれた性獣さんのこと、嫌いって言える?』
「そ、そのようなことは決して......あのお方に助けられた身なだけであって......えっと、その......」
『あ、じゃあ、性獣さんに私がキスしてもいい?』
「んな?!」
な、何を仰っているのですか、この方は!!
天使像からガブリエール様の意地の悪いお声が聞こえてきます。
『今回の件、性獣さんには助けられたからさ〜。喜んでもらいたいなーって』
「だ、だめ、駄目です! そのような行為、認めません!」
『ええー。シスイちゃんには関係無いでしょー』
「そ、それは......」
『それに古来より、天使のキスは祝福の証として――』
「駄目ですー!」
『うわ、ちょ!!』
私が天使像を両手で覆うと、その中から大天使様のくぐもった声が聞こえてきます。
『び、ビックリした。砕かれると思った』
「き、キスをしてしまったら......てしまいますよ......」
『え、なんて?』
ごにょごにょ、と私が口籠っていると、天使様が聞き返してきました。
私は再度、小さな声で繰り返します。
「で、デキてしまうのです......」
『何が?』
「あ、赤ちゃん」
『デキねーよ!!』
私はガブリエール様からお叱りを受けました。
『シスイちゃん、いい加減、ちゃんとした知識を身に着けよう?!』
「うっ。あの、“性知識”のことでしょうか?」
『そう! それ!』
「しかし私にはまだ早いと、アデルモウスさんが......」
『あのクソ野郎ぉ!!』
ど、どうしましょう。ガブリエール様がお怒りに......。
とそんな時のことです。コンコン、と向かいの空き室の扉がノックする音が聞こえたので、私はすぐに対応に移りました。
懺悔される方がいらっしゃったようです。
「は、はい! どうぞ!」
向かいの空き室は見えませんが、境界となる壁には一部小さな穴があり、そこに網目状の格子が掛けられているため、そこから覗き込まない限り、互いの顔は見えません。
中に入られた方がご挨拶くださいました。
『こんにちは。懺悔したいのですが、今よろしいでしょうか?』
「っ?!」
こ、この声は!!
私は驚いて、言葉を詰まらせてしまいました。
「あ、え、そ、その.....も、問題ございません。つ、つつ続けてください」
『あ、はい』
この声を聞きたくて、会いたくて......私は......。
でも今の私は聖女としてこの場に居ます。ここから出て、向かいの部屋に居る方のお顔を確かめるなど......絶対にできません。
それでも私はこの方にお礼を言いたくて――。
『さっきそこでブロンドヘアーの美女に声をかけたのですが、なぜか酷く怒らせてしまい、反省している者です』
「『......。』」
た、確かめるまでもない方がいらっしゃいました......。
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