第384話 笑顔と、祈りと、幸せと
「かはッ......ま、さか......ここで敗れるとは......」
僕は眼下のバフォメルトを見下ろした。
現在、クーリトース大聖堂の地下にある大広間にて、<
地上で<1st>とシバさんたちが戦っていたようだが、まぁ、あっちは大丈夫だろう。二人とも強いし。
「あんた......よくそんな状態で生きてられるな」
バフォメルトは身体の大半を失っていた。胸から下が弾けて何も無いのだ。
その断面は生物のそれで、思わず目を背けたくなる有様である。人間と違うのは、真っ黒な血を流している点くらいだろうか。
バフォメルトは口端から血を撒き散らしながら言った。
「なぜ......止めを刺さないのですか」
「聞きたいことがあって」
「はは......残虐なお人だ」
などと、何が彼をそうさせるのか、バフォメルトはどこか吹っ切れたような顔つきで苦笑した。
......この様子だと、もう長くは保たないだろう。そもそも死んでいておかしくない傷なのにな。
僕はバフォメルトの横に腰を下ろして聞いた。
「姉者さんの――女神の片足はどういった経緯で手に入れた?」
これだけだ。これだけでいい。このことだけ、聞きたかった。他にも聞きたいことが無いと言ったら嘘になるけど、どうしても聞きたかったのはこれだけだ。
本当はシスイさんのことについても問い質したかったが......。
バフォメルトは僕を尻目に、語り出す。話しやすくするためか、数度、口に溜まった血を吐き出してからのことだ。
「約百年前に世界各地で勃発した種族戦争......その後のことはご存知ですか?」
「いや」
「ではそこからでしょうか。......当時、人間側を救った別種族が居ます。天使族、神族とは別の存在......我々魔族の味方であったはずの存在です」
「“蛮魔”と呼ばれる存在か」
「敵からしたら“蛮魔”でしょうが......あなたたち人間側は、“英魔”と呼ぶべきでしょう。......でないと、彼女たちが報われない」
「......。」
“彼女たち”......とは、きっと魔族姉妹を含めた多くの魔族たちのことだろう。
そんな存在が、どういった事情で人間側を助けたのかはわからない。
でも、バフォメルトは彼女たち“英魔”を讃えようとしている理由に、嘘は無いはずだ。
じゃないと、死の間際になっても、こんな優しそうな笑みを浮かべないでしょ......。
「“英魔”......ね。僕もこれからはそう呼ぶよ」
「ごふッ......よろしい」
バフォメルトの呼吸が荒くなる。僕は前方を見やった。
そこには、レベッカさんが気を失っているシスイさんを抱き上げて、泣き喚いている姿がある。ここまで彼女の声が響いてくるほど、この戦いの勝利を喜んでいるのだろう。
シスイさんは無事だと思うし、彼女の変わり果てた姿を元に戻す目処はある。
アデルモウスはシスイさんに抱き着くレベッカさんを引き剥がそうと、やや乱暴な行動を取っていた。
僕はそんな光景を前に、バフォメルトに話の続きを催促する。
「で?」
「......戦後、彼女たちは行方を眩ませた」
「は?」
「私は必死になって彼女たちを――女神クラトを探しました......が」
そう言って、バフォメルトは片腕で近くにある自身の銀縁眼鏡を手に取り、器用にも片手だけでその眼鏡を掛ける。銀縁眼鏡は僕らとの戦いでひしゃげていた。
「見つからなかった。代わりに見つかったのは......」
「女神の片足......か」
僕の言葉に、バフォメルトは否定をしなかった。
結局、手がかりは無いってことかな。そう思っていた僕だが、バフォメルトの言葉は続いた。
「<
「っ?!」
<
「<
姉者さんが? いや、話の前後からしてそうだとは思うけど......。
僕はバフォメルトに問う。
「他の女神については?」
「これといったことは。......ただ」
“ただ”?
「彼女たちの栄光だけは......この心に刻んでおります」
そう言って、バフォメルトは胸に手を当てた。
「女神クラト......<紡ぐ者>。ありとあらゆる者に生きる時間を割り当てた。それは寿命という“束縛”を無視して......。如何なる者でも、最期は大切な者たちに囲まれるために、と万人に命を紡いだ」
バフォメルトは続けて語った。
「女神ラテシス......<注ぐ者>。<紡ぐ者>により定められた命が途中で絶えないように“調和”を嘆き、病を、傷を癒やした。......万人に愛情を注いだ」
そして最後に、と彼は続けた。
「女神アダロポス......<殺ぐ者>。<注ぐ者>の過剰な愛を断ち切り、最期には平等な死を与えた。人々から恨みを集めても尚、永遠を赦さず、絶対を与えた。......万人を等しく殺した」
それらを語ったバフォメルトは憐れむように告げる。
死にかけの男は天に向けて、片腕だけとなった手を差し伸ばす。何かに縋るように、男は――最期の祈りを捧げた。
「本来であれば、彼女たち三柱を崇拝すべきだ。だというのに、我々は唯一神と讃え、どれか一つの教えに固執してしまった」
「......なんでそうとわかってて、女神クラトだけを?」
バフォメルトは苦笑しながら答えた。
今までの不気味な笑みではなく、聖職者......に限った話ではないが、温もりのある笑みだ。
「惚れたから......です」
その言葉は決して嘘じゃない。......でも本当のことを言っているようには思えない、どっちつかずの読み取れない言葉だった。
僕は、よっこらせ、と呟きながら立ち上がった。
もう会話を続けることは難しいだろう。
バフォメルトとは敵だったし、特にこれといった感情も湧かない。
だから軽く挨拶するくらいで止めようと思った。
「じゃ、僕は戻るよ。あ、良さそうな武具は全部貰ってくね」
「はは」
バフォメルトは乾いた笑い声を上げた。
空気を読まない俗物発言に堪えきれなかったのだろう。
が、バフォメルトはそんな僕に告げた。
「ならば......私の核も持っていきなさい」
「......。」
「きっと、あなたの力になるでしょう......」
なんでそれを......。
そんな僕の疑問に、バフォメルトはどこか見透かしたように微笑みかけた。
「先の戦い......今になって気づきました。あの鉄鎖は......女神クラトの力だ」
「っ?!」
『......。』
「なぜあなたが......と問い質したいところですが、今の私には難しい」
こいつ、たったあれだけの鉄鎖で、姉者さんの力だとわかるのか?!
驚きを隠せない僕を見て図星だと思ったのか、バフォメルトはしたり顔だ。
そして今までだんまりだった姉者さんが――女神クラトが口を開く。
『バフォメルト』
「っ?!」
瞬間、バフォメルトの目が見開かれた。
その様子から察するに、姉者さんは例の声を隠す魔法を使っていないようだ。
「そ、そのお声は......」
『おそらくあなたが崇拝していた女神です』
などと、なんとも言えない曖昧な答えを返す姉者さん。僕は静かに二人のやり取りを聞くことにした。
『あなたがしてきたことは決して褒められた行為ではありません』
「......はい。よく......理解しており――」
『それでも』
バフォメルトの言葉を遮り、姉者さんは続けた。
『手段は選ばなかったとしても......私が守ってきた子たちを、教えを、末永く守ろうと足掻いたことは認めます』
「っ?!」
男の瞳から玉のような大粒の涙が溢れて、流れ落ちた。
ぽろぽろと絶え間なく、涙が止まらない様が、見ているこちらとしても居た堪れない。
『と言っても、生前の私の記憶は相変わらずありませんが』
“ただ”と続けてから、姉者さんはある教えを説く。
『“汝、他者を愛し、愛されなさい。さすれば――”』
「幸せな死を......迎えられる............でしょう」
『......ええ。きっと......そのはずです』
それから二人の会話は終わったようで、しばらく静かな時を過ごした後、僕はバフォメルトを見下ろした。
「......なんだ、そのいけ好かない眼鏡、曲がったままじゃないか」
僕はそう呟いて、ひしゃげた銀縁眼鏡をスキルで元通りに戻すのであった。
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