第383話 破滅の“黒”

 「ついてこれるか......だと? はッ」


 バフォメルトはそう呟いた後、乾いた笑い声を上げ、激怒する。


 「馬鹿にするのも大概にしろ!! 人間如きがぁぁぁあああ!!」


 バフォメルトの怒声と共に、周囲の環境が一変する。


 奴を中心に、地面がまるで大樹の根を思わせる石柱が無数に現れ、その数々を僕に向けて放った。


 掠っただけでも致命傷。触手のように蠢く、圧倒的な物量の石の槍が、僕の視界を埋め尽くした。


 「行くよ」


 同時に、僕も駆ける。


 【闘争罪過】を発動している間、僕の身体に纏わりつく赤黒い稲妻が、膂力の底上げを示す。


 石の触手を躱し、躱し、躱し続ける。避けきれない攻撃には、


 「インヨ、ヨウイ!!」


 『『はい!』』


 二人の力を惜しみなく使う。


 姉者さんの鉄鎖で繋がれた、この双節棍で!!


 振るう双節棍が、石の触手と正面衝突し、それを根本まで木っ端微塵にした。


 これが“黒の力”。相手がどれだけ頑丈で巨大な存在だろうと、一度交われば、こちらが打ち勝つ絶対的な破壊の力。


 「くッ」


 が、代償も笑えない。


 “黒の力”を使うと、使用者である僕の身体にある骨のうち、どれかが無作為に折れてしまう。


 今の一撃で折れたのは、左足の親指一本みたいだ。今まではすぐに妹者さんの【祝福調和】で即座に治せたが、今回は<絶望の石>を破壊するまでそれは叶わない。


 だから――。


 『『マスター!』』


 「僕にかまうな!!」


 『『っ!!』』


 単純計算で計二百六本の骨を代償に、僕は突き進める。


 もしかしたら次の一撃は、双節棍を振るえなくなるような腕の骨とか、戦闘不能になる致命傷を負ってしまうかもしれない。


 その可能性は十分にある。


 でも、


 「うおぉぉおおおお!!!」


 やるしかないんだ。


 「ちぃ!! 死に損ないが無駄なことをするな!! どうせこの結界は破壊できない!」


 バフォメルトが<セラエル写本>の能力を発動し、自身を中心に結界を張る。


 淡い白色の輝きを放つその結界は、奴が自身の勝利を確信して止まない絶対の防壁。


 それを僕が、僕らが今から砕く!


 「死ねぇぇええ!!」


 巨大な弩が放つ石の矢。決して避けらない攻撃ではない。


 それでも、


 「迎え撃つ!」


 最短距離でぶち抜く!


 双節棍を振るった刹那、巨大な石の矢はまるでガラス細工のように呆気なく砕け散った。


 その光景に驚愕するバフォメルト。


 「な?!」


 同時に、僕の口から血が吐き捨てられる。代償は肋骨一本。折れたときに内臓も一緒に傷つけたのか。


 「がはッ」


 『止まんな!』


 『踏ん張りなさい!!』


 魔族姉妹が声を荒らげる。


 わかってる。ここが踏ん張りどころだから!


 「潰れろぉぉぉおお!!!」


 「うおぉぉおおおお!!!」


 僕は膂力がまだ向上し続けていることを感じながら駆け抜けた。


 石の槍、矢を、壁を躱して、壊して、躱して、壊して、躱して、壊して、躱して、壊して、躱して、壊しまくった。


 その度に身体中の骨が折れた。なんでまだ死なないのか不思議なくらい骨が折れていった。全身ボロボロだけど――まだ振れる。


 その先で、僕はバフォメルトを双節棍の間合いに収めることに成功する。


 「それがどうしたッ!!!」


 この<セラエル写本>による物理攻撃無効の結界は破壊できない――そう、思い込んでいる顔だ。


 でも、


 「あぁぁぁああああ!!!」


 『『行っけぇぇぇええ!!』』


 “黒”の力は、物理攻撃によらず、対象を破壊する概念そのものだ。


 だから―――。


 インヨとヨウイが<セラエル写本>の結界に衝突した刹那、その結界は容易く砕け散った。


 「馬鹿なッ?!」


 そして――この時を待っていた。


 僕はその名を叫ぶ。


 「レベッカさんッ!!」



*****



 「お願い......力を貸して」


 時は少し遡り、異様な武器――双節棍を手にした鈴木がバフォメルト相手に激戦を繰り広げている最中のこと、レベッカは手にした真紅色の鞭に囁く。


 その鞭――<討神鞭>はやはり応えない。


 しかしレベッカは続けた。


 「私は......あなたの契約者として失格ね。あなたの望むものを与えられない、駄目な主人......」


 普段の口調とは違う、女の弱々しい声。まるで懺悔するように、レベッカは<討神鞭>に許しを請う。


 <討神鞭>が望むものは、他者の阿鼻叫喚。そんな負の感情が、<討神鞭>の力を振るうにあたって必要不可欠な要素であった。


 どう足掻いても、<討神鞭>が<三想古代武具>である限り、その誓約を果たさなければ力は授かれない。


 「お願い、今だけは私に力を貸して......。都合の良い話なのはわかってる......わかってるつもりよ。......でも」


 レベッカは眼前に広がる激しい戦闘の渦中に居る、バフォメルトを睨みつける。


 「シスイを......私の大切なものを傷つけたあのクソ野郎を嬲り殺したいの......。ねぇ、こんな思いじゃ駄目かしら?」


 そんな女の物騒な物言いは――


 『いいんじゃねぇんの? それくらいでよ』


 ――<討神鞭>に届いた。


 久しく聞くことの無かった相棒の声を聞いて、レベッカの目端に涙が浮かぶ。


 「帰ってくるのが遅いわよ」


 『俺様を追い出した女に言われたかねぇーな』


 そして二人は呼吸を合わせて――唱えた。


 『「【融合化チェック】」』


 低く、底冷えするような声音で続ける。


 「“真名を示せ”」


 『“我が名は<>。万物に阿鼻叫喚を与えるモノなり。汝の望みを示せ”――』


 「“望みは”――快楽」


 瞬間、レベッカを真紅の輝きが包み込む。


 そこから姿を現したのは、赤紫色の濃いドレスを纏う一人の女だ。身体の線がはっきりするその衣装は、見る者を魅了する美しさがある。


 その美女は漆黒の毛皮のコートを羽織っており、手には剣を思わせるような見た目の鞭がある。


 先程までの鞭とは違い、硬く、垂れ下がることのない武器であった。


 「スー君」


 <打神鞭>の力を引き出したレベッカは、その名を小さく呟いた。


 鈴木はたった一人で、血反吐を撒き散らしながら戦っている。今からすべきことは、そんな鈴木に続いて支援することではない。


 狙うのだ。


 一瞬の隙を。


 鈴木が作るだろう隙を。

 

 「ふぅ......すぅう......」


 レベッカは深呼吸を繰り返して、その時が来るのを待ち続ける。


 最速で、回避不可能な一撃を振るうために。


 そしてその時は――来た。


 「レベッカさんッ!!」


 もはやいつ死んでもおかしくない少年が女の名を叫んだ、その瞬間だ。


 「待ってたわよ」


 レベッカが振るった<打神鞭>が、バフォメルトとの距離を無視して迫る。


 何者にも反応できない速度で、靭やかな一撃がバフォメルトを襲う。


 否、その鞭が捉えたのは――<絶望の石>だ。


 バフォメルトの命を狙うこともできたが、今のレベッカがあるのは、<打神鞭>との誓約を果たすため――バフォメルトの顔を苦痛で歪ませるためだ。


 現にバフォメルトは絶望した。


 まさかここに来て、レベッカが本来の力を取り戻すとは思っていなかったからだ。


 同様に、懐にしまっていた<絶魔の石>を正確に狙われるとも思っていなかった。


 「これで......いいのよね」


 女は苦笑しながら呟く。


 後のことは鈴木に任せる。そう決めたレベッカであった。


 パンッ。<打神鞭>が<絶望の石>を破壊した、その時だ。


 同じようにレベッカも叫ぶ。


 「スー君!!」


 その声に呼応するように、鈴木が一歩前に踏み出す。


 今まで鈴木が負った数々の傷が瞬く間に完治するのと同時に、少年は最後の一撃を振るった。

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