第381話 <2nd>は化け物だよ

 「死にな!!」


 クーリトース大聖堂の地下から地上にかけて繋がる通路にて、アズザエルと<2nd>の戦いは始まっていた。


 <畏怖の悪魔>、アズザエルは敵である<2nd>に突撃し、踵落としを決める。


 ここら一帯はアズザエルが発動した<絶魔の石>の影響下にあるため、魔法の行使は互いにままならない。


 だというのに、アズザエルの繰り出す物理攻撃は、そのどれもが常人の膂力を凌駕している。控えめに言って、並のものが受けてしまえば即死待ったなしの火力が秘められていた。


 が、


 「なんのこれしき!!」


 「っ?!」


 一方の<2nd>は腕を交差させて、アズザエルの踵落としを平然と受け切る。


 それは<2nd>という少女が龍種という人間よりも遥か高みに位置する種族故に、可能な行為であった。また少女はただの龍種ではなく、その中でも最上位の龍という要素も、その理由の一つになる。


 「くそ!!」


 アズザエルは右腕を頭上に掲げた。


 すると次の瞬間、女の片腕が異形のものへと変貌した。それは三つの蛇の頭からなる巨大な生物へと化す。


 「潰れろ!」


 アズザエルはその巨大生物と化した片腕を、<2nd>に叩きつけた。


 三つの蛇の頭はそれぞれ不規則な動きを見せながら、<2nd>に食らいつく。


 巨大な蛇の頭が小柄な少女を呆気なく噛み砕く未来が見えた、その時だ。


 「いでででで!!」


 「な?!」


 <2nd>は両腕のみを龍化させて、その腕で三つの蛇の頭の猛攻を防いだ。


 蛇の牙は、龍化した<2nd>の龍鱗を貫くほど強靭だ。それでも、アズザエルはこれを耐えるとは思っていなかったため、驚愕を禁じ得ない。


 「だったら!!」


 そうアズザエルが吠えて、もう片方の腕も異形のものへと変貌させようとした、その時だ。


 「おっと!! こっから先の戦いは場所を移そうか!!」


 「っ?!」


 <2nd>が前方へ踏み出す。


 明らかに少女の一歩とは思えない歩幅に、アズザエルは不意を突かれてしまった。


 <2nd>はアズザエルの巨大な蛇と化した腕を取り、数度回転してからその身を頭上の天井へ向けて投げ飛ばした。


 「ぐぅ!!」


 「このままここで戦ってたら、ズキズキと鉢合わせしちゃうからね!!」


 あまりの力量差に、アズザエルは抗うことができず、その身を天井に叩きつけた。そしてその勢いは止まることを知らず、女は何度も天井を突き破り続ける。


 やがてアズザエルが自由を取り戻した時には、周りの景色は夜空と街明かりで満ちていた。


 「こ、ここまで飛ばされた?! この私が?!」


 アズザエルの顔から余裕など欠片も無い。


 それからアズザエルは地上に着地する。場所は大聖堂付近で、周囲に人が居る気配すら感じなかった。おそらくハンデスたちの戦いで、ここら一帯の住人は避難しているのだろう。


 「地下よりこっちで戦った方が生き埋めにならないで済むよ」


 「......。」


 そんなアズザエルに対し、まるで散歩するかのように歩み寄る少女が居た。


 <2nd>だ。先程の龍化した腕は人間の少女のそれに戻っており、見た目通りの愛らしさがある。


 「......なんなの、お前」


 「<幻の牡牛ファントム・ブル>の<2nd>。この世のありとあらゆる“知”を掻き集める者......。あ、“分析担当”だよ」


 そう口々に自身の正体を暴露していく少女は、アズザエルとは対照的に余裕一色しかない。


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部にはそれぞれの分野に長けた“担当”が居る。


 例えば、<5th>は“諜報”担当。【固有錬成:水面隠蔽】による気配の完全遮断は、闇組織として情報収集の面で天職という他ない。


 次に<4th>。過去に鈴木によって亡き者となった男は、“運搬”担当だ。あらゆる情報が質量を有さないとは限らない。故に<4th>の【固有錬成:世界歩法】で、情報はどこにでも流れた。


 そしてそんな組織の中で、<2nd>が担当しているのは“分析”。


 「私、本当に<幻の牡牛ファントム・ブル>とかいう変な組織に入って良かったと思うよー」


 「へ、変な組織......」


 「だってきょてんに引き籠もっているだけで、いろんな情報が流れてくるんだよ! たっくさん研究できるし!!」


 <2nd>のあんまりな発言に、敵であるアズザエルは思わずドン引きしてしまった。


 だからか、女はつい聞いてしまった。


 「そんなペラペラ喋っていいの?」


 警戒しながら、どうこの場を切り抜けるか考えつつ、アズザエルは問う。


 <2nd>は苦笑しながら答えた。


 「これから殺す相手に何を言っても問題無いでしょ?」


 「っ?!」


 見た目は十数年しか生きていないような少女だが、どす黒い瘴気に満ちた笑みがアズザエルの目に焼き付く。


 瞬間、アズザエルは両手を広げて、警戒をあらわに絶叫する。


 今、この瞬間、ここで本気を出さねば、自身は本当に眼前の少女に――龍に殺されてしまうと感じ取ったのだ。


 「あがぁ、ああぁ、アァァァアア!!」


 途端、アズザエルの肉体が絶叫と共に変貌する。


 美女の肉体がぼこぼこと破裂するかのように膨張しながら巨大化した。


 「お、おお! なにそれ?!」


 <2nd>は眼前に広がる女の変身に目を輝かせた。


 アズザエルは――アズザエルだった者は、ただの化け物と化す。


 その肉体はクーリトース大聖堂とほぼ同等までに巨大化した。七つの蛇の頭を有し、身体の所々に十四の人の顔を有し、そして、十二の巨大な翼を有する化け物だ。


 大凡、言い表し難い個体へと豹変した化け物は、十四の顔にある全ての口を大きく開けて絶叫する。


 耳を劈く叫び声が聖国中に響き渡った。


 『アァァァアアァァァアア!!』


 「うるさ!!」


 これがアズザエルの本来の姿。人間の女ではない、別の何かだ。


 そしてその巨大な化け物を目撃したのは、ここより遥か遠くへ避難した住人たちでもあった。遠くから聞こえてくる悲鳴にも似た絶望の声。それがアズザエルの下まで届く。


 七つの蛇の頭のうち一つが、眼下の<2nd>を見下ろした。


 『これが私の本当の姿......醜いでしょ』


 「うえッ......そ、そんなことないよ」


 『......嘘が下手なんだね』


 龍種は嘘を吐かない、ではなく、吐けない生き物かもしれない。


 『でも驚くにはまだ早いよ』


 「?」


 『【固有錬成:狂気淵酔】』


 その刹那、<2nd>の胸中に恐怖心が芽生える。


 一気に体温が奪われ、いつ死んでもおかしくないような感覚に陥った。全身から汗が止まらず、胃の中のものを全て吐き出しそうになる。


 <2nd>はその場に蹲った。


 「うぐッ......な、にこれ......」


 『へぇ......さすが龍種。普通なら発狂してとっくに死んでるよ』


 【固有錬成:狂気淵酔】。自身の姿を目にした者は、問答無用で恐怖心を植え付けられて精神を削られてしまう。スキルの効果範囲は狭いが、眼下の少女一人、恐怖のどん底に落とすくらい訳無かった。


 しかし、


 「ふ、ふふ」


 『?』


 「ふふふふ、ふふ、ふははははは!!」


 <2nd>は笑った。


 口端に涎を垂らしながら、血走った目で夜空を見上げる。


 「これが“恐怖”!! 矮小な生き物が圧倒的な存在に対面した時に感じる感情!! おえッ! ずばらじい!! おろろろろろ!!」


 『......既に狂ってたか』


 四つん這いになって嘔吐をしている少女を見下ろしながら、アズザエルは七つの巨大な蛇の頭を、<2nd>に叩きつける。


 が、それは叶わない。


 「ならば私も変身しよう!!」


 青白い稲妻が、地上から夜空に向けて輝きを放った、その時だ。


 巨大な化け物と化したアズザエルの前に、ほぼ同等の巨躯を晒す存在が現れる。


 全身に纏う龍鱗が美しい蒼色の龍だ。背には二枚一対の巨大な翼を羽ばたかせて、辺りに激風を巻き起こしている。


 蜥蜴のような頭部だが、ギラつく黄緑色の瞳は獰猛な肉食獣のそれだ。剥き出しの牙と強靭な顎は凶悪そのものだ。


 そんな龍が両手を前に突き出して吠える。


 『ガルルル〜! ドラゴンだぞ!』


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の<2nd>、真の姿を晒した瞬間であった。


 今宵、神聖な地にて、巨大な化け物同士の戦いが繰り広げられようとしていた。

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