第380話 あんたは僕についてこれるか

 「駄目だ」


 目を覚ますと、そこは先程まで居た満天の星空の下ではない、真っ白な空間だった。クーリトース大聖堂の地下にある大広間に戻ってきた僕は、小さく呟く。


 ......ギュロスさん、ありがとう。おかげで大切なことを思い出したよ。


 『す、鈴木?』


 『苗床さん?』


 『『マスター?』』


 『ご主人?』


 魔族姉妹と武具の少女たちが、心配そうな声で僕を呼んだ。


 僕は腹部に<鯨狩り>が刺さったまま立ち上がる。どくどくと血が流れ落ちる様を目にするが、それを気にせずに一気に跳んだ。


 「ごめんね」


 「「「っ?!」」」


 そう言って、僕は宙に浮かぶ堕天使――シスイさんの後頭部を蹴って、地に叩きつけた。僕のそんな行為に、場に居る者たちが驚愕する。


 着地後、僕はシスイさんが気を失っていることを確認した。同時に、<鯨狩り>の柄を握る力が抜けて、身体の自由を取り戻したことを実感する。


 見れば、レベッカさんやアデルモウスも自身の首を締め上げていた手を止めて、荒い息を吐いていた。


 僕は痛みに耐えながら<鯨狩り>を引き抜いて、即座に傷口に向けてスキルを発動する。


 「【固有錬成:摂理掌握】」


 すると瞬く間に、僕の傷口は塞がって、血が流れなくなった。無理やり傷口を塞いだだけで、治した訳じゃないし、痛みも酷いけど......これでまだ戦えるな。


 そんな僕の様子を見て、妹者さんが声を上げる。


 『す、鈴木、おま、これからどーする気だ』


 「......ごめん。戦うことを選ぶよ」


 『な、苗床さん、あなた、その傷で何を言ってるんですか』


 『『マスター! 無茶しないでください!』』


 『そ、そうだぞ! もういいだろ! ご主人は十分戦ったじゃねぇか!』


 僕の意思を皆が否定する。それは思いやりに満ちていて、僕のことを思っているからこそ出てくる言葉なんだと理解しているつもりだ。


 そうだけど、今は皆の気持ちには応えられない。


 「す、スー君......」


 するとレベッカさんが僕の名を呼んできた。


 僕はそんな彼女に問う。


 「レベッカさん、まだ戦えますか?」


 『鈴木ッ』


 『苗床さんッ』


 「......ええ」


 そしてあることを頼む。


 きっとこれからの戦いは、僕一人じゃ難しいだろう。


 「僕がなんとかして突破口を開きます。あなたはその隙に<絶望の石>を破壊してください」


 「わかったわ」


 彼女から合意も得られたことで、僕は前へ歩み出した。


 バフォメルトがそんな僕を見て、小馬鹿にするように嗤った。


 「もしかして、それで傷を治したつもりですか? 見てくれだけでしょう? 無理に動けば死にますよ」


 「そうだね。でも」


 「?」


 僕は確かな闘志を滾らせて、眼前の敵を睨む。


 「あんたくらいなら倒せるよ」


 「......下等種族が」


 バフォメルトは背に悪魔のような翼を生やした。その翼の大きさが種の威厳を示すように広げられている。


 そんな相手を怒らせてしまった僕は、自分に残された時間を体感で計算する。


 【闘争罪過】は僕の命を削って、身体能力を飛躍的に上昇させるスキルだ。


 そして今、僕の命も残り僅かだから、その力は衰えない。毎分毎秒、限界値を超え続けている。


 『何か......作戦はあるんですか』


 『姉者ッ!!』


 すると姉者さんが、僕の真意を知ろうと聞いてきた。透かさず妹者さんが姉者さんを止めようとするが、僕はかまわずに答える。


 「インヨ、ヨウイ。来てくれ」


 『『っ?! は、はいッ!』』


 僕が白と黒の少女に呼びかけると、二人は元気よく返事をして姿を現した。


 今まで<パドランの仮面>の中に居て、僕らを見守ってくれていた二人だが、これからの戦いは彼女たちの力が必要だ。


 僕は二人にそれぞれ手を差し伸ばす。


 「二人の力を貸してほしい」


 「「喜んでッ」」


 そう言って、二人は僕の手を握ったと同時に武具の状態に変化する。


 太鼓を叩くバチのような見た目の武具だ。正直、武具というほど物騒な代物には見えないけど、今の僕にとって、これほど頼もしい武具は無い。


 「姉者さん、鉄鎖を」


 『はい』


 僕がお願いした長さを、姉者さんが口から吐き出し、それを受け取った僕はインヨとヨウイに頼んだ。


 「“白の力”で、この鉄鎖を通して互いに繋がれる?」


 『で、できますが......』


 『マスター、これはいったい......』


 戸惑う二人は、僕のこの行為に疑問を抱いているようだ。


 二つの武具を繋げるのは姉者さんの鉄鎖で、これを“白の力”で固定する。鉄鎖が壊れなければ、二人は離れ離れにならないはずだ。


 そのためにも、僕は姉者さんに、未だに<絶魔の石>で減り続けている魔力を全て使ってもらって、鉄鎖をより強固なものにしてもらつた。


 『......あーしは何をすればいい?』


 すると、最後まで反対していた妹者さんが、僕にそんなことを聞いてきた。


 ......やっぱり優しいなぁ。


 「妹者さんはレベッカさんが<絶望の石>を破壊したらすぐに【祝福調和】を使えるように待機しておいて」


 『おう』


 一頻り準備が整った僕は、手にしている武具を軽く振り回した。


 鉄鎖によって繋げられた二つの武器が、僕を中心に不規則な動きを見せる。ヒュンヒュンと空を切る音が響く。


 バフォメルトが目を細めて、僕が手にしている武器を疑問に思う。


 「なんだ、その武器は」


 その問いに、僕は苦笑してしまった。


 少し前、僕は<鯨狩り>の形を、三叉槍から剣に変えた。だってこの世界に来てから、今まで幾度となく振ってきたのは剣だったから。


 でも違う。本当は剣じゃないんだ。僕の得意な武器は。


 「憧れたんだ」


 僕は静かに呟いた。


 きっかけはなんだったか、元居た世界で、その武具を振り回す動画を目にした時だ。


映画だったか、それとも研鑽を積んだ者がオンラインサービスで動画を共有したのを見たのか、今となっては定かじゃない。


 そんな人たちみたいに振りたいと憧れて、僕はその武具を購入し、練習に明け暮れた。


 別に誰かに見せられるほど達者な訳じゃないけど、僕が得意とする武具はこれだと言えるよ。


 「何を笑っている」


 「はは。ちょっとした黒歴史だよ」


 苛立ちを見せるバフォメルトに対し、僕はそれだけ返して姿勢を低くした。


 「この武器は双節棍......ヌンチャクと呼ばれている」


 【闘争罪過】の終わりが、僕の命に終止符を打つまで......残り一分くらいか。


 僕は深く息を吸って吐き捨てることを数回繰り返し、呼吸を整える。


 「さぁ、第二ラウンドだ。......あんたは僕についてこれるか」

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