第378話 それでも立つんだ

 「もう怪我をすることはできないってことか......」


 『ええ......』


 『すまねぇ......』


 姉者さんの肯定に、妹者さんの謝罪。後者に至っては、別に本人は悪くないのに申し訳無さそうにしている。


 バフォメルトが<絶魔の石>に【固有錬成:賢愚精錬】を行使して、とんでもない力を手に入れやがった。


 というのも、妹者さんの反応から察するに、その<絶魔の石>......もとい<絶の石>のせいで、【固有錬成:祝福調和】が使えなくなってしまったからだ。


 怪我しても治らない、死んでも生き返らない状況になってしまった。


 死んでも勝つ、という僕の戦闘スタイルが崩壊してしまった瞬間である。


 「マジか。【固有錬成】、全て使えなくなったのか」


 『いえ、私の【固有錬成】は使えます』


 え? そうなの?


 でも僕は【力点昇華】や【縮地失跡】、【害転々】などを含め、スキルが全く使えないんだけど......。


 いや、でも一部使えそうだ。さっき覚醒めた【摂理掌握】は使える。なんでだ。


 あれ、待って。【闘争罪過】は発動したままだぞ。既に使用中のスキルは封じれないのか?


 というか、このスキル、一度発動したら死ぬまで自身を強化するけど、命を擦り減らすから、妹者さんの回復スキル必須なんですが。


 ......相当ヤバい状況じゃん。


 「どうされました? 顔色が優れないようですが。ご自慢の【固有錬成】で治さないのですか?」


 「......あんた、いい趣味してるよ」


 「はは。......<口数ノイズ>の厄介なところは、その回復力にある。故に私はそれを潰した。が、<絶望の石>は【固有錬成】を封じることはできますが、どうやら全て封じた訳では無いようですね」


 バフォメルトは時間さえ稼げば僕が死ぬことを察している。勝手に力尽きることを理解しているんだ。


 参ったな。バフォメルトは阿呆みたいに硬い結界の中に閉じこもって、高みの見物してるし......。


 僕がそんなことを考えていると、姉者さんが口を開いた。


 『苗床さん、一度退きましょう』


 え?


 僕は姉者さんの思いもしなかった言葉を受けて、一瞬理解ができなかった。


 「ひ、退くって、ここから?」


 『はい。<絶魔の石>の効果範囲と同様に、ここから離れれば妹者の【固有錬成】は使えるようになるはずです』


 「シスイさんはどうするの?」


 『諦めましょう』


 「女神の――姉者さんの片足は?」


 『諦めます』


 な、何を言い出すんだ。たしかにいつもの回復能力を見込めない状況になったけど、そんな簡単に逃げ出すなんて......。


 しかし姉者さんは、戸惑う僕に告げる。


 『お願いします。ここで意地を張っても仕方がありません。妹者の力が無ければ......たった一度でもあなたが死ねば、もう生き返ることはできないんです』


 『......。』


 妹者さんは自身が無力な存在だと思っているのか、だんまりだ。


 たしかに以前、僕の命は魔族姉妹の命と結びついているから、どちらか欠けたら、それは死を意味すると理解させられた。


 でも、だからって、ここで全てを投げ出すなんて......。


 「おっと。驚くにはまだ早いですよ」


 すると、バフォメルトがそんなことを言いながら、視線を僕の方からどこかへ移動させた。奴は僕から少し離れた所、シスイさんたちが居る場所を見ていた。


 そこには異形の姿と化して弱っているシスイさんと、怪我は治ったが万全とは言えない様子のレベッカさん、アデルモウスが居る。


 バフォメルトは後者二人を他所に、優しげな笑みを作ったままシスイさんに話しかけた。


 「シスイ、あなたの力でこの者たちを殺しなさい」


 ......は?


 何を言い出すんだこいつ、と僕が思いかけた、その時だ。


 一際強い光が視界の端から放たれる。


 「っ?!」


 片腕で影を作りながらそちらを見やると、そこには異形の少女――シスイさんが左右で大きさの違う両翼を広げていた。


 また彼女の頭上にある、天使を思わせるような光輪が徐々に大きくなり、まるで一種の術式を展開しているようだった。


 そんなシスイさんは、闇夜を思わせる暗い瞳でどこかを見つめながら、辺り一帯に眩い光を放っていた。


 祈るように、両手を胸の前で組んで――。


 「「シスイ!!」」


 どう見ても様子がおかしいシスイさんを、レベッカさんとアデルモウスが悲痛な声で名を呼ぶ。


 しかし少女は何も言葉を発さなかった。


 否、二人の声に応じることはなく、バフォメルトの声に応じる。


 『死を......抱きなさい』


 「「「っ?!」」」


 ドクンッ。心臓が跳ねるように、一際大きく鼓動した瞬間だ。


 シスイさんの声が直接脳内に響くと同時に、動きを止めてしまう。


 そして僕は手にしていた剣――<鯨狩り>を逆手に持って、その切っ先を自身の腹部に当てた。


 これではまるで今から切腹するようじゃないか。


 僕は必死に抗った。が、どれだけ両腕に力を入れても、剣先は僕の腹に近づいている。


 『お、おい、鈴木! 何やってんだ!!』


 「わ、わかん......ない......」


 『もしや......あの子の力ですか』


 あの子? シスイさんの力ってことか?!


 魔族姉妹も両腕の支配権を使って抵抗を試みるが、状況は好転しない。


 やがて僕の腹部に、<鯨狩り>が刺さる。


 「うぐっ!!!!」


 『鈴木!!』


 『苗床さん!!』


 傷口から赤黒い血がドバドバと流れ出る様を見て、僕はその場に膝まづいた。腹の焼けるような痛みに、脂汗がダマのように浮かぶ。


 な、なんで......身体が言うことを聞かないんだ。


 「あがッ」


 「くッ」


 見れば、アデルモウスとレベッカさんも似たような状況だった。


 前者は自身の首を両手で、後者は鞭を自身の首に巻き付けて締め上げていた。


 そんな中、バフォメルトだけが愉快そうな声音で話していた。


 「素晴らしい! 素晴らしいッ!! これが強化された【固有錬成:慈愛久遠】の力! 一言口にするだけで、人を意のままに操ることができる!!」


 何が面白いのか、奴の高笑いは止まらない。


 【固有錬成:慈愛久遠】とは、シスイさんのスキルのことか。バフォメルトのスキルによって強化された彼女のスキルは、対象から自由を奪い、行動を強制するらしい。


 なんで僕らだけシスイさんのスキルの効果を受けているんだ。ああ、くそ、痛みで頭がおかしくなりそうだ。


 早く......早くなんとかこの状況をどうにかしないと、全員死んでしまう。


 『苗床さん、足は動きますか?!』


 姉者さんが僕にそんなことを聞いてきたので、僕は短く返事をした。


 「う、ん......足は......動かせ、る」


 『ならば一刻も早くこの場から立ち去りなさい!!』


 ......は?


 しかし戸惑う僕に、彼女は続ける。


 『ここで死ぬ必要はありません。さぁ、早く』


 「なに......言ってるの......」


 『鈴木、姉者の言うとおりだ。一旦ここは退くぞ。こっから離れりゃ、あーしのスキルで傷を治せるはずだ』


 今度は姉者さんだけじゃなく、妹者さんも便乗してきた。


 いいや、この二人だけじゃない。


 『『マスター!!』』


 『ご主人!』


 僕と契約したインヨとヨウイ、ドラちゃんまでも僕が死ぬことを恐れている。


 わかってる。頭ではわかってるんだ。ここは意地を張ってまで無理をするところじゃない。逃げられる足があるなら、逃げるべきだ。


 「わかって......るん、だ」


 そんな焦燥と激痛の渦に呑み込まれていく中、僕の視界の端でシスイさんの顔が映る。


 彼女は......黒い瞳に涙を浮かばせていた。


 瞳の色には反して、透き通る涙をぽろぽろと流していた。


 私に大切な人たちを殺させないで、と。


 私を止めて、と。


 誰か助けて、と。


 そんな思いが伝わってくる。


 「わかって......んだよ」


 戦えるのは僕だけだ。そしてこの場から逃げられるのも僕だけ。


 僕が選ぶべき道は――。


 そう考えていた時だ。


 『諦めちゃうの?』


 今まで聞いたことのない女性の声が聞こえてきた。

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