第377話 戦うか、逃げるか

 「【固有錬成:摂理掌握】」


 僕がそう唱えながら真っ白な三叉槍をなぞると、次の瞬間にはその武器が剣へと姿を変えていた。


 『お、おいおい。いきなり新しいスキル使えるようになったのかよ』


 『本当に謎が多い男ですね......』


 などと、魔族姉妹がどこか呆れた様子で僕を見上げる。


 いや、僕もここで使えるとは思わなかったんだよ。でも、なんだろ、バフォメルトが地形を思うがまま変える様を見て、それに呼応するように、僕の中にある核が強く脈動した......気がした。


 そしてこの【固有錬成】は......。


 「ゴリラ人造魔族から得たものだ」


 『あれ? そんな奴と戦ったっけ?』


 『いえ、以前、帝国に居た際、女騎士が戦って倒した人造魔族から得た核ですね』


 そう、当時はアーレスさんに人造魔族の核が欲しいとお願いをしたら断られたんだが、しばらくしてアーレスさんが僕に核をくれたのだ。


 曰く、やる、と。


 なんかすごい圧と間があったのは今でも覚えているよ......。今思えば、アーレスさんなりの優しさだったのかもしれない。


 そんなことを考えていると、妹者さんが尤もな疑問を僕に投げてくる。


 『で、その【摂理掌握】ってのは?』


 「手にしたものを自在に変えられるスキルだよ。対象に触れないと発動しないみたい」


 『ほう。これまた便利なスキルですね』


 だね。


 「おや。もしや別の【固有錬成】をお持ちなのですか。情報に無いですねぇ」


 と、バフォメルトが余裕そうに、僕をまじまじと観察しながら言う。


 「どんなスキルか教えてくれませんか?」


 「もしかしたら僕がイケメンになるかもしれないスキル」


 僕は呼吸を整えてから、駆け出した。


 「はは、若いですね」


 途端、バフォメルトの周囲の地面から先が鋭利な石の柱が、まるで触手のように蠢きながら僕に襲いかかってくる。


 僕はそれらを回避したり、手にしている剣で切断したりと忙しなく動き続ける。攻め続ける。


 そしてバフォメルトの結界に、【摂理掌握】で姿を変えた<鯨狩り>を突きつける。


 「おお、素晴らしい」


 「ちッ。かったいなぁ!!」


 一線、二線、剣を振ってもバフォメルトの光の結界は傷一つ付かない。なんなんだよ。


 『苗床さん、上から来ます!』


 上?!


 「っ!!」


 僕は慌てて真横に跳んだ。


 すると、少し前まで僕が立っていた所に、上から押し潰すような石のブロックが落下してきた。ひと一人、簡単に圧殺できる巨大なブロックだ。


 まさか頭上まで気にして戦わないといけないとは......。


 が、そんなことを悠長に考えている暇は無く、


 『鈴木ッ!』


 「っ?!」


 どこからか、槍が飛んできた。


 それは僕の頬を掠って、後方へと飛んでいった。


 危な......。少しでも対応が遅れてたら、平たい顔面に穴があいてたよ。


 「さて、そろそろこちらも奥の手を使いましょうか」


 「は?」


 そう言って、バフォメルトは懐から手のひらサイズの黒い結晶石――<絶魔の石>を取り出した。


 既にここら一帯は魔法が使えないほど、<絶魔の石>の力が強く効いている。


 しかし奴は笑みを絶やさずに、これから起こる出来事に期待するように唱えた。


 「【固有錬成:賢愚精錬】」


 「『『っ?!』』」


 バフォメルトは<絶魔の石>に自身のスキルを行使した。


 奴の【固有錬成】の対象はスキルや武具の特殊能力だけじゃないのか?!


 バフォメルトの手先から稲妻のようなものが走り、<絶魔の石>へと伝わる。


 <絶魔の石>は黒い結晶石だったが、それよりも暗い雰囲気を漂わせ、光沢の無い真っ黒な塊と化す。禍々しい瘴気のようなものを垂れ流している不気味な石に見えた。


 「な、なんだ、あれ」


 『あの感じ......まさか!!』


 『どーなってやがるッ!!』


 姉者さんの焦燥に満ちた声が、妹者さんの怒号によって遮られる。


 どうしたのかと僕は魔族姉妹を見やった。


 『い、意味がわかんねぇー。どういうことだ......』


 「い、妹者さん?」


 僕が心配そうに彼女を呼ぶと同時に、僕は気づく。


 先程、石の槍が僕の頬を掠った際に流した血が、未だに流れていることを。


 僕は取り乱している妹者さんに言及する。


 「悪いけど、軽症とは言え、どんな傷でもすぐに直してほしい。何があるかわからないから――」


 『......ねぇ』


 「え?」


 彼女が呟いた一言を聞き取れず、僕は思わず聞き返してしまった。


 妹者さんは再度、口にした。


 『あたしの【固有錬成】が使えねぇ......』


 ............は?


 「クックックッ。やはりその傷は治せませんか。そうですよねぇ、のですから、回復できませんよねぇ」


 は?


 「ど、どういうこと......」


 『......苗床さん、落ち着いて聞いてください。あの<絶魔の石>が本当に私の片足から生成されたものならば――』


 姉者さんの続く言葉は、何も理解ができない内容じゃなかった。


 触れた対象から魔力を吸う姉者さんの鉄鎖。


 周囲から魔力を吸収する<絶魔の石>。


 そして【固有錬成】とは、磨き上げればさらなる力を得ることができる。


 姉者さんはそれを実現した張本人だ。


 他者から魔力を吸収し、己の糧にする【固有錬成:鉄鎖生成】。


 敵の行動の一切を封じる【固有錬成:神狼ノ嘆きグレイプニル】。


 もしそのスキルの強化が......【固有錬成】以外にも可能ならば?


 バフォメルトがこちらの反応を面白がりながら言う。


 「<絶魔の石>、改め......そうですねぇ、<絶の石>なんて如何でしょう?」


 『おそらく、妹者の【固有錬成】は封じられました』


 斯くして、僕は不死身に近い回復力を失うのであった。

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