第376話 護るって、そういうこと

 『なぁ、レベッカ』


 「ん?」


 『子育て、もしかして楽しんでねぇか?』


 「?!!」


 時は遡ること、レベッカが赤子のシスイを連れて、各地を転々としていた頃合。当時、まだ赤子にはシスイという名が与えられておらず、またレベッカも赤子の名前を呼ぶことは無かったため、必要性を感じなかった時のことだ。


 レベッカは次の村へ向かう道中、馬車に揺られながら、腕の中にある赤子の頬を突いて遊んでいた。


 そんな主人の姿を見て、<討神鞭>は疑問に思ったことを口にする。


 「ば、馬鹿言うんじゃないわよ。この私が子育てを楽しむわけ無いでしょ」


 『俺様からしたら、もう完全に母親のそれだぞ』


 「武器のくせに、何をわかったようなことを......」


 『武器だから、だ。生物の抱く愛情ってのがわかんねー。わかんねーから、それを目にすると変に印象的で、今のお前の姿を見ると「行動が似てる」と思っちまうんだ』


 どうやら<討神鞭>の疑問は間違っていなかったらしい。実際、子育てを楽しんでいるかは定かではないが、レベッカが赤子に向けるそれは、世間一般で言うところの母親のそれであった。


 しかしレベッカは反論する。


 「わ、私はただ、この子が泣いたら周りに迷惑だし、モンスターとか盗賊に聞かれたら、この馬車が危ない目に遭うと思って......」


 『うっわ。お前、嘘吐くの下手くそになったなぁ』


 「な?!」


 レベッカの顔が急激に赤く染まっていく。図星だからだろう。

 

 『なぁーんか変わっちまったなぁー』


 「......悪い?」


 <討神鞭>の言葉に、レベッカはジト目で睨む。


 『お前、この前の戦闘、赤子を抱きかかえたまま戦ってたろ。周りに居た民間人に預けりゃ良かったのにな』


 「うっ。だって以前、周りの人にこの子を預けたら、ろくに護ってもらえなかったし......」


 『そいつも命狙われてたしな。つか、戦闘の渦中に居るお前と居る方が危ないだろ』


 「そ、それはそうかもしれないけど......」


 レベッカは曖昧な返事をするが、赤子の無邪気な様を見て、苦笑しながら続ける。


 「誰かを護るために戦うって、何かすごい力が漲るのよ」


 『なんだそれ』


 <討神鞭>は主の稚拙な答えに、呆れの色を見せていた。


 一方のレベッカは、再び赤子の柔らかい頬を、人差し指で軽く突くのであった。



 ******



 「う......」


 レベッカが目を覚ますと、視界に真っ白な空間が広がっていた。


 一瞬、死後の世界かと思わせる神秘さがあったが、冷たくて硬い感触が頬に伝わるのを感じたことで、自身はこの磨き上げられた石造りの床の上に、うつ伏せになっていたことに気づく。


 同時に、ここがクーリトース大聖堂の地下にある大広間だと察する。


 「かはッ」


 レベッカは口の中に溜まっていた血を吐き出す。


 気を失う前、自身はバフォメルトの攻撃によって、腹部に大きな穴をあけられたことを思い出した。


 しかしどういうことか、自身の腹部を擦っても傷らしい傷は見当たらない。


 そして耳に届く、激しい戦闘音。重量感のある何かがぶつかり合い、その衝撃がレベッカの下まで響いてきた。


 「いったい......何が」


 身を起こしたレベッカは、眼前に広がる光景に絶句した。


 「すぅ......くん......」


 鈴木がバフォメルトを相手に奮闘していたのだ。


 真っ白な剣を手にし、魔法を使うことなく、己の【固有錬成】と剣術のみで。


 後者に至っては、素人であるレベッカから見てもお粗末なものだった。それでも並々ならぬ膂力と反射神経で、バフォメルトの猛攻を凌いでいる。


 いや、それどころか、隙あらば距離を縮めているのだ。


 あの絶壁の結界と、無尽蔵にも地形を変えて攻めてくるバフォメルトを相手に。


 「なんなんだ、あの少年は......」


 すると不意に、レベッカの近くで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。声のする方へ振り向けば、そこにはアデルモウスが立っていた。


 アデルモウスはレベッカと同じく、怪我こそ見受けられないが、万全と言えるほど回復していない。


 そしてそんなアデルモウスの近くには、


 「し、シスイ......なの?」


 異形の少女が、力なく祭壇に背を預けて座っていた。


 身体の所々に人には無い羽毛のようなものが散見され、背には左右で異なる大きさの翼がある。また瞳孔の色も黒に染まっている。


 少女の頭上に浮かぶ幾重にも重なった光輪が、人間とは別の存在であることを強く示していた。


 そんな異形の少女は、呼吸をするのがやっとという様子だった。


 「げて......て...に...げ......げ、て」


 シスイが小声で何かを繰り返し呟いていたが、二人の耳には届かなかった。そんな少女の肩に手を乗せながら、アデルモウスは頷く。


 「......ああ」


 「な、何があったの?!」 


 「おそらくバフォメルトの【固有錬成】だ」


 それからレベッカはアデルモウスからバフォメルトの【固有錬成】について聞かされた。その後、レベッカは傷こそ癒えているが、万全とは言えない身体に鞭打って立ち上がる。


 「だったら......あの男に、シスイを元に戻させるしかないじゃない」


 「......今の貴様にそれができるのか」


 「“できる”、“できない”じゃない。やるのよ。シスイが大切なんでしょ」


 「......恩に着る」


 レベッカは再び紅色の鞭を手にするのであった。

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