第375話 その我慢は友人のために

 「ははははは! 当たらねぇなぁ!」


 「......。」


 <1st>とハンデスが激戦を繰り広げる一方、シバもまたガープンと戦っていた。


 <愛憎の悪魔>ガープン。全力を発揮できなかったとは言え、<赫蛇>のレベッカを圧倒した実力は本物だ。現に、シバの風による攻撃を全て避けきっている。


 (思ったより、すばしっこい......)


 シバは内心でそう思いつつ、地上を高速で移動しつづけるガープンの後を追いかけるように攻撃する。


 風による不可視の斬撃も躱され、爆ぜるような爆風の塊も耐えるこの男は厄介極まりなかった。


 素早いのだ。シバを中心に、まるで狩りをする猛獣のように駆け回るガープンを捉えきれないのが現状であった。


 「今度はこっちの番だッ」


 ガープンが進行方向を急変させ、シバに接近する。対するシバは、無尽蔵にも風を掻き集めつつ、すぐさま不可視の斬撃を連続で繰り出した。


 が、そのどれもがガープンに躱される。


 「おらよ!!」


 ガープンがブラスナックルを嵌めた拳をシバに叩きつけた。


 しかしシバの周りには風による不可視の防壁が張られており、ガープンの拳は防がれる。衝撃波が辺りへ伝っていくが、シバの防壁が崩されることは無かった。


 「無駄。その程度で――」


 「どうだろうなぁ!!」


 「っ?!」


 シバの続く言葉を遮り、ガープンはもう一つの拳を叩きつける。


 今度は【紅焔魔法:天焼拳】を乗せて。


 「おらおらおらおらおら!!」


 「くッ!!」


 両の拳に【天焼拳】を乗せ、ガープンは拳のラッシュを続けた。シバの風の防壁に打ち込まれる度、その防壁の揺れが激しくなる。


 「お前の【固有錬成】はどうやら器用なことができねぇーみたいだなぁ!!」


 やがてガープンの拳による一撃が、シバの強固な防壁を打ち砕いた。


 「っ?!」


 「吹っ飛べ!!」


 ガープンの蹴りが、シバの華奢な身体にめり込み、その身を“く”の字に歪ませて吹っ飛ばす。


 シバが後方の壁に叩きつけられた後、土埃が舞う中、シバは口から盛大に血を撒き散らした。


 「がはッ」


 「俺ぁ、生まれながら阿呆みてぇに身体が丈夫でよぉ。身体能力を強化してねぇのに速く動けるし、多少攻撃を食らっても傷一つつかねぇー」


 腹部に負ったダメージが、シバから呼吸を奪う。息を吸おうとしてもままならない。そんなシバを見据えながら、ガープンはゆっくりと歩き出した。


 シバには二つの欠点がある。


 一つは【固有錬成:北ノ風雲】の弱点。周囲の風を掻き集め、圧縮してあらゆる攻撃を成すスキルには、当然ながら万能ではなかった。


 風という無尽蔵な自然のエネルギーを利用することはできるが、殺傷能力を上げるにはその風を圧縮し続ける必要がある。並の相手ならば大して溜めることなく、攻めに転じることができるが、ガープン相手にそれは困難を極めた。


 そしてもう一つは、シバは怪我を負ってから立て直す力が備わっていないこと。


 それもそのはず、少年は強固な風の防壁の中に閉じこもり、安全圏から風の攻撃の連続を繰り出す戦い方しかしてこなかったのだから。


 その風の防壁を、ガープンの猛攻によって崩されたのだ。シバは今しがた相手を侮っていたことに後悔する。


 やがてシバの前にやってきた男は、眼下のシバを見下ろしながら口を開く。


 「いいねぇ。そそるぜ、そういう顔」


 「ハァハァ......」


 「俺はお前みたいな奴が好みなんだ」


 「ハァハァ......は??」


 ガープンはシバの顎を蹴飛ばし、少年を仰向けにした。


 「ぐッ」


 「本当は戦いが終わったら、使と思ったんだよ」


 カチャカチャと何やら金具を扱う音がシバの耳に届くが、まだ立て直すほど回復が追いついていない少年にはそれを確かめる術が無かった。


 ガープンは仰向けになったシバの胸倉を掴んだ。


 「な、何をする......気?」


 「これから気持ちよくなるんだよぉおぉぉおお!!」


 そう言うや否や、ガープンはシバの服を乱暴に引き裂いた。


 「っ!!」


 「ひゃっほー!! 傷一つねぇー綺麗な肌をしてやがる!!」


 シバはガープンによって、その透き通るような白い肌を晒した。少年の上半身は、ガープンの言う通り傷一つ無かったが、先程受けた蹴りにより、腹部は青黒い痣ができ始めている。


 シバは顔を真っ青にして吠えた。


 「なぜ服をひん剥いた?!」


 「あ? 言っただろ? 俺はお前みたいなガキが好みなんだよ。生意気そうなガキを見てると、ぐちゃぐちゃにして壊したくなるんだ!!」


 ガープンは口端から涎を垂らしながら、恍惚とした笑みを浮かべている。


 <愛憎の悪魔>ガープン、相当な孤児性愛者であった。


 シバは信じられないものでも見るかのように呟く。


 「ろ、ロリコン......」


 「はッ! 好きに言ってろ!」


 「同じロリコンのナエドコが黙ってない......」


 鈴木はロリコンでは無い。決して。おそらく。


 またシバは最近、自身が幼い容姿であることと、それなりに可愛らしい見た目であることを認識していた。


 が、それは“少年”の域であって、大の大人が興奮を覚えるような要素は持ち合わせていないと思っていた。


 故になぜガープンが自身に興奮しているのか、疑問で仕方がなかった。


 「わ、私は男」


 「ああーはいはい。信じる訳ねぇーだろ、その見た目で」


 「くッ。襲われるなら、お前なんかより、ナエドコの方がまだマシ......」


 鈴木がシバを襲う未来はおそらくやって来ないだろう。


 ガープンはふと疑問に思ったこと口にした。


 「ナエドコ、ナエドコって、あの<口数ノイズ>がそんなに良いのかよ」


 「少なくともお前なんかより......えっと、すごい」


 「何が?」


 言葉に詰まったシバが放った一言は、一周回って卑猥に聞こえたかもしれない。


 しかしこれ幸いにと、ガープンは意地の悪い笑みを浮かべる。


 「だったら大人しく俺の言うことを聞いといた方が良いぜ」


 「?」


 「なんせ俺は<口数ノイズ>を<ヘルハウンドの業火>で殴ったからな!!」


 「?!」


 シバは驚愕する。ガープンが身につけているブラスナックルの正体を知っているからだ。


 <ヘルハウンドの業火>は殴った対象を死ぬまで焼き続ける【幻想武具リュー・アーマー】だ。如何に死ににくい体質の鈴木と言えど、その身を死ぬまで焼かれ続けたら......。


 たとえこの場に鈴木が居なくとも、<ヘルハウンドの業火>は十分に効果を発揮できる代物だ。


 が、現実ではそれがあり得ない。なにせ<ヘルハウンドの業火>の対象となったのは、鈴木ではなくレベッカだからだ。全てはガープンの都合の良いように作られた嘘である。


 しかしそのことを知らないシバは、悔しさのあまり唇を強く噛んだ。その唇に血が滲み出る様を見て、ガープンは更に興奮を覚える。


 「いいねぇ、いいねぇ!! 最ッ高な気分だぜ! 好きでもねぇー俺に滅茶苦茶にされて、無様に喘いでいろ!!」


 そう言って、ガープンは自身の下半身にあるイチモツをシバの腹部に叩きつけた。


 熱り勃った男のソレは、シバの股ぐらから腹部にかけて相応の大きさがあった。


 「そ、そんなもの押し付けないで......」


 「ははははは!! 気持ちよくなろうぜぇぇぇええ!!」


 ガープンは狼狽えるシバを他所に、少年の下半身が纏っている衣服もひん剥こうと手を伸ばした。


 シバは涙を流す。


 【固有錬成:北ノ風雲】によって、既に十分な風を集めることができた。が、自身がここで抵抗すれば、ガープンは<ヘルハウンドの業火>で鈴木を焼殺するだろう。


 少しでいい。少しだけ、この男の隙を突く何かがあれば良い。


 そしてその隙は――これから自分が作っていけばいい。


 なにせガープンはこれから、自分を慰みものにするのだから、その隙は必ずやってくる。


 そう信じていた時だ。


 「ご開帳ぉぉおおぉぉおお―――お???」


 遂にシバの下半身から衣服を破り捨てた男は、少年の股ぐらを目の当たりにして、間の抜けた声を漏らした。


 「お」


 「“お?”」


 「お、おま......これ」


 ガープンの顔は、正しく期待を裏切られた者のように、顔面蒼白そのものであった。


 そんなガープンの視界に、ぷらんぷらん。


 ミニマムサイズの男のアレが、ガープンを釘付けにする。


 そして男は絶叫した。


 「ち◯こじゃねぇか―――が?!」


 ズパンッ。


 刹那、ガープンの胴体を上下に分かつ一線が走った。


 シバの【北ノ風雲】による風の斬撃だ。


 よくわからないうちに隙が出来たため、溜め続けた一陣の風を解き放ったのだ。今までの攻撃の中で不可避なほど最速であった。


 「がはッ!」


 「私は何度も男と言った」


 今度は仰向けになったガープンが空を見上げる。


 そんな男の視界には、平然と自身の前に仁王立ちするシバの姿があった。


 ぷらんぷらん。やはり、ぷらんぷらん。まるで風鈴の如く、少年のそれは風に揺らされていた。


 どこか誇らしげなシバの様に、ガープンは己の死が近づいていることにすら気づかない程に苛立ちを覚えた。


 「くそ......が......くそが......クソがぁぁぁああ!!」


 「っ?!」


 しかしガープンは上半身のみとなっても、最後まで抗った。


 慌てたシバが最期の一撃を振るう――その時だ。


 「お前も道連れだ! ぁぁぁああ!!」


 ガキンッ。両のブラスナックルを噛み合わせるように打ち鳴らし、<ヘルハウンドの業火>の力が解き放たれた。

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