第374話 <1st>の力

 「フォッフォッフォッ。弱い、弱いのぉ、若いのよ」


 クーリトース大聖堂内、とある広間にて、<豊穣の悪魔>ハンデスは愉快に笑っていた。


 眼前には百を超える戦士が、たった一人の敵と激闘を繰り広げていたからだ。


 その戦士たちは多種多様で、歴戦の騎士も居れば、凶悪なモンスターも居る。皆共通して漆黒一色のみの体表であった。そして身体の節々から黒い靄のようなものが漏れ出ており、纏う雰囲気が禍々しいのが特徴だ。


 「ほれ! 踊れ踊れ!」


 「......。」


 もはや一つの群れのような存在に、<1st>は執拗に狙われていた。


 <1st>が駆ける先に待ち伏せていた漆黒の騎士は、大剣を上段に構え、それを振り下ろす。<1st>が真横に跳んで避けるも、その先には漆黒の大蛇が大口を開けて襲いかかってきた。


 しかし<1st>はこれを冷静に対処する。


 手を横に奮って、大蛇をまるで串刺しにするかの如く、大きな杭を正面に生成して貫いた。


 が、


 『グァァァアアア!!』


 <1st>の遥か上、上空から灼熱のブレスを眼下に叩きつけるドラゴンが居た。例に漏れず、漆黒の龍鱗を纏いしドラゴンである。


 ブレスは<1st>のみならず、周囲一帯を獄炎で埋め尽くした。ハンデスは眼前に広がる圧倒的な戦力差に高笑いが止まらなかった。


 「まだまだ儂のコレクションはたんまりあるぞ」


 「あ、だったら、壊していいかな」


 渦巻く炎の中、中性的な声がハンデスの下まで届いた。


 途端、漆黒のドラゴンが落下して、その身を地面に叩きつけた。見れば、そのドラゴンは首から先が無かった。


 一際激しい風がここら一帯を焼き尽くす炎を吹き飛ばし後、ハンデスに姿を見せる者が居た。その者はどういう訳か、ドラゴンの頭部の上に頬杖を突きながら腰を掛けていた。


 「......。」


 「できれば早めに終わらせたいから、さっさと本気を出してくれると助かる」


 <1st>は見るからに退屈そうにしていた。


 どうやって空を飛んでいるドラゴンを断頭したのか、ハンデスにはわからなかった。


 同時に、ハンデスは思い出す。


 「ほぅ......。そう言えば、以前、儂をある組織に迎え入れようとした者がおったな。其奴もお主のように、牡牛の頭部を模した仮面をかぶっとった」


 「そうだね。当時、君をうちに勧誘した、とワタシは報告を受けたよ」


 「残念じゃったな。儂は<堕罪教典ホーリー・ギルト>を選んだ。そのことを死ぬまで後悔するといい」


 そう言い、ハンデスはパンッと手を打ち鳴らした。


 「来い。【固有錬成:呪天死碌々】」


 老人の低い声で合図を送ると同時に、足下の影が広がる。その影は底知れぬ海のように黒く淀んでいた。


 次の瞬間、その影の海から生えるようにして、新たな漆黒の戦士たちが姿を見せる。その数、既に地上に現れていた百にも及ぶ戦士たちの倍の数だ。


 半壊したクーリトース大聖堂の広間のほとんどを、それらの異形の戦士たちが埋め尽くし、群れを成している。


 ハンデスは悠然と語った。


 「言っとくが、ここに居る一体一体のレベルは低くないぞ。討伐ランクで言うならば、ほとんどがSランク相当じゃ」


 「......へえ」


 ハンデスの言葉は決して嘘ではなかった。<1st>がちらりと他方を見れば、そこには先程、首を刈ったドラゴンよりも上位のモンスターが居る。


 漆黒の騎士も相当数居る。ランサロットと呼ばれる一際尋常ならざる覇気を放つ騎士の他にも侮れない者が散見された。


 そんな中、ハンデスは明後日の方向を見やりながら語り始めた。


 「そこに転がっている天使を圧倒したランサロットは、過去にSランク冒険者を負かしたことがある騎士じゃ。儂はそんなランサロットが欲しくて欲しくて堪らなかった」


 「?」


 「当時、ランサロットと真正面から戦っては負けると思い、儂は暗殺を目論んだ。なんの工夫も無い、ただ一服盛ってのぉ」


 急に何を語りだすのかと思いながら、<1st>は首を傾げる。


 「なに、どんな強者だろうと死ぬときは死ぬ。それだけの話じゃよ。如何に腕っぷしに自信があろうとも、死ねば儂のモノ。ただ利用されるだけの傀儡と化す」


 「それが?」


 「儂のコレクションは全て、儂がこの手で殺してきた生者たちじゃ。最初の頃は、儂の傀儡と化したランサロットと共に、よくモンスターの大群を狩ったのう。大半は有象無象に過ぎないゴミじゃったが、肉壁くらいには役に立った」


 それから次々に、ハンデスは過去の出来事を口にしていく。まるで仲間集めの旅をしてきたかのように、当時の出来事を熱く語る様は老人とは思えないほど活気に満ちていた。


 一方の<1st>は立ち上がり、呆れたような声を漏らす。老人の長話には付き合ってられないと言わんばかりに。


 「この戦力......小国くらいなら<豊穣の悪魔>だけで落とせそうだね」


 「なんじゃ、怖気付いたか?」


 そんなハンデスの煽りを受けて、<1st>は嘲笑う。


 「はは、まさか。よし、君の力量は大体わかったし、


 「は?」


 ハンデスは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。


 しかし<1st>は構わず続ける。


 「不合格だ。やはり君は<幻の牡牛ファントム・ブル>に相応しくない」


 「何を上から目線に――」


 「実際、ワタシの方が“上”だからね」


 そう乱暴にハンデスの言葉を遮った<1st>は、背の方へ手を回して、悠然と歩き出した。まるで日の当たる参道を歩くように、ゆっくりと。


 コツコツ、コツコツ。<1st>の足音がやけに響き渡る、その時だ。


 「もうよい。若いもんにはわからんよ。死ぬがいい」


 ハンデスが命令を下したと同時に、<1st>目掛けて一斉に漆黒の戦士たちが動き出した。


 大天使ガブリエールを容易く倒した騎士も含め、並の者ならば太刀打ちできない化け物たちが<1st>を食らい尽くす。


 漆黒の騎士は大剣を薙ぎ払い、漆黒の獅子のようなモンスターは鋭い鉤爪を振るう。漆黒のドラゴンは敵味方問わず、眼下を焼き尽くすブレスを吐いた。


 ハンデスの視界には、そんな漆黒色で染まる世界が広がっていた。


 眼前の光景に見惚れていた、その時だ。


 「【固有錬成:愚僧哀歌】」


 激化するこの戦場で、中性的な声が響き渡った。


 瞬間、視界に広がる漆黒が“形”を変えられる。


 ハンデス自慢の精鋭たちが、漆黒の戦士たちが、まるで十字架に張り付けられたかのように、その様相を変えられていった。


 血肉がぐしゃりと不快な音を立てながら、無理矢理捻じ曲げられて十字架に張り付けられる様を目の当たりにして、ハンデスはただ目を見開いていた。


 そしてそれは眼前の景色だけではなかった。


 「なッ?!」


 ぐしゃり。


 ぐしゃり、ぐしゃり。


 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。


 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。


 「な、なんじゃ、なんじゃこれはあぁぁぁああぁああ!!」


 老人の悲痛な叫びが、十字架の肉塊と化す際に立てる不快な音と共に響く。


 そんな中、<1st>は足を止めることなく、ハンデスの方へと進む。


 「有無相生......“有”があって初めて“無”があり、“無”があって初めて“有”がある......ワタシの【固有錬成】を一言で表すならば、そんな関係だ」


 「な、何を言って......」


 「対する君はどうだろう? 自分の勢力を拡大させるために他者を殺し、屍の戦士へと変えて従わせている」


 「それの何が悪いか!!」


 激昂するハンデスを前に、<1st>は伸ばせば手が届く距離で立ち止まった。


 「別に? 良いか悪いかを説くつもりは無いよ。ワタシはこんな格好をしているけど、神やホトケなんて信じてないし、道徳を語れるような人生を送ってきた訳じゃないからね」


 ハンデスは眼前の牡牛の頭部を模した仮面の向こう、瞳には底知れぬ闇が宿っていることに気付いた。


 漆黒の戦士は言うまでもなく、闇の中で再び“生”を得た者たちだ。そんな連中を統べる自分は、正しく闇の世界の支配者。そう思っていた。


 しかし今もそうであるかと言われれば、決してそんなことはない。


 眼の前に居る牧師姿の者は、自分よりも遥かに――。


 「き、貴様は、い、いったい何が言いたい......」


 ハンデスは震える声のまま<1st>に問う。


 そこにはただただ眼前の絶望に怯える老人の姿しか無かった。腰を抜かして、逃げることすらできない、小さな人間にしか見えない。


 <1st>はそんなハンデスに対し、まるで子供に言い聞かせる親のような優しげのある声で言った。


 「強者が居なければ成り立たない君の力じゃ、“有”に依存しすぎて話にならない......発想はじまりが無い」


 「や、やめ――」


 <豊穣の悪魔>ハンデスは<1st>によって屍と化すのであった。

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