第370話 絶望エンカウント

 「シスイ! アデルモウス!」


 地下の薄暗い大広間に、レベッカが息を切らしながら現れた。


 レベッカはこの広間の中央、一際神秘的な存在感を漂わせる祭壇付近でシスイが寝かされている様子と、その近くで満身創痍で、立っているのもやっとと言ったアデルモウスを目にする。


 その尋常ならざる光景に、レベッカは二人の下へ駆け寄ろうとした。


 が、


 「おや、これまた意外な方が来られましたね。アズザエルとすれ違ったのでしょうか」


 少し離れた所、柔和な笑みを浮かべて立つ男――バフォメルトの姿を目の当たりにして、レベッカは驚愕した。


 レベッカはアデルモウスの実力を正しく理解していた。武術のみでAランク相当のモンスターすら倒せる男である。しかしこの場に戦える者はそんな男と、バフォメルトしか居ない。


 ならば、バフォメルトがアデルモウスをここまで追い詰めたことになる。


 その事実が信じ難くとも、受け入れざるを得ないレベッカであった。


 「シッ!!」


 故にレベッカは先手を取った。


 この場で何が行われていたかなど承知の上だ。祭壇の上にある女神の片足がそれを物語っている。


 魔法は使えない。既にアデルモウスと戦ったのなら、この空間は<絶魔の石>の影響下にあるだろう。そうとわかっていても、レベッカは攻めることを決行した。


 しかし、


 「無駄です」


 「っ?!」


 レベッカの鞭は、バフォメルトに直撃する前に、何かによって阻まれた。


 まるで強固な盾に護られたように、鞭は衝撃音を響かせながら弾かれる。


 バフォメルトはまるで聖書を手にするかのように、レベッカにそれを見せつける。


 「<セラエル写本>です。今の私に物理攻撃は通じませんよ」


 嘲笑うように、バフォメルトは<セラエル写本>を懐にしまう。


 「レベッカ! 避けろッ!」


 すると、アデルモウスが声を荒らげて叫ぶ。


 レベッカはすぐさまその場を跳んだ。途端、先程までレベッカが立っていた場所に、ひと一人圧殺できそうな石の槍が計四本突き刺さる。


 ズドン、ズドンと連なる破壊が衝撃音を辺りに響かせた。


 レベッカは着地後、バフォメルトを睨みつける。


 バフォメルトの近くには、巨大な石の槍を撃ち込んできたと思しき据置式の大型弩が四台もあった。いつの間にそれらを生成したのか、レベッカは疑問を抱く。


 いや、そもそも魔法を使えないこの状況下で、バフォメルトはどうやって弩を生成したのか。


 「ああ、魔法ではありませんよ」


 「......心が読めるのかしら?」


 「滅相もない。憶測で代弁しただけです」


 ちなみに、と続けて、バフォメルトは余裕そうに語った。


 「これらの弩は私の【固有錬成】で生成しました」


 「......。」


 バフォメルトが近くの弩に手を添える。それら大型の弩は、石造りの床と同色で、据置式というより、まるで地面から生えてきたような見た目をしていた。


 そこから察するに、バフォメルトは自身の【固有錬成】で石造りの床から弩を生成したのだろう。


 そう、推測するレベッカであった。


 「それでアデルモウスを?」


 「いいえ」


 バフォメルトが否定すると同時に、男の姿がブレる。


 「っ?!」


 次の瞬間、レベッカの背後にバフォメルトが現れた。


 バフォメルトは回し蹴りをレベッカに打ち込む。女は咄嗟に両腕を交差させてこれを受けるが、衝撃を受け切れず、容易く宙を舞った。


 レベッカは勢いよく壁に激突し、口からダマのような血を吐き出す。


 「がはッ」


 「やはり自身を何も強化していないレベッカでは、この私の動きについてこれませんか」


 そう、バフォメルトが銀縁眼鏡のブリッジをくいっと指先で持ち上げた、その時だ。


 バチンッ!!


 バフォメルトの頬に、何かが衝突し、男は首が胴体からもがれたような錯覚をした。


 それにより、バフォメルトの銀縁眼鏡が床に落ちる。レンズにひびは入っていないが、男は床に落ちたそれを持ち上げてから、何事も無かったかのようにかけ直した。


 レベッカは蹌踉めきながら立ち上がる。


 ニヤリと釣り上げた口角の端に鮮やかな血を流しながら。


 「ふ、ふふ......何よ、あなたも私の動きに反応できなかったじゃない」


 「油断しただけですよ」


 「さっきの白い結界かべはどこへ行ったのかしら? ずっと張って居られる訳じゃないのね」


 「さぁ。どうでしょう?」


 「言っとくけど、私がその気で鞭を振ったら、あなたの首なんか簡単に吹っ飛ぶわよ」


 ブラフだ。レベッカは先の不意の一撃から回復し切っていない。傍から見ても、そんな女の有様は強がり以外の何ものでもなかった。


 しかしそのブラフはバフォメルトに怒りを覚えさせるには十分であった。


 バフォメルトは冷ややかな視線をレベッカに向けたまま、静かに吐き捨てる。


 「......がナメやがって」


 瞬間、バフォメルトの周囲に弩が生成される。男の頭上には周囲の地面から、まるで水を組み上げるような勢いで石が集まり、巨大な槍を形成していた。


 「死ね」


 男が唱えるのと同時に、それらが全てレベッカに向けて放たれた。


 レベッカは即座に動いて、回避と鞭による相殺を試みる。


 石の槍のうち一つが、女の頬を掠った。それでもレベッカは瞬き一つせず、前進を続ける。


 常人が成せる動きを超えて、獣じみた俊敏さと、軟体動物を思わせるほど四肢を撓らせて。


 周りの景色が過ぎ去るような視界の中、レベッカはただバフォメルトのみを捉えていた。


 「そこ!!」


 やがて鞭の間合いに眼前の敵を収めたレベッカが、素早くそれを振るう。


 「無駄です」


 しかしバフォメルトには男を中心に、例の白い光からなる結界が張られており、レベッカの攻撃を防いだ。


 それでもレベッカは続けて鞭を振るう。一方のバフォメルトの攻撃も止まらない。


 片や迫りくる圧倒的な物量攻撃を捌き、鞭を振るって隙を突こうと藻掻く者。


 片や絶対的な防壁の中で、余裕の態度を崩さず、絶え間なく攻め続ける者。


 激しい攻防が続く中、埒が明かないと思ったのか、バフォメルトが一本の石の槍をレベッカではない、どこかへ向けて放とうとした。


 レベッカは男のその行為に疑問を抱く。


 「?」


 が、すぐさまバフォメルトの意図を察する。


 「最初からこうすれば良かった」


 「っ?!」


 その石の槍はレベッカではなく、祭壇の付近に居るシスイに向けて放たれた。


 レベッカは爆ぜるように進行方向を急変させて駆け出す。


 そして石の槍はシスイではなく、レベッカを容易く貫くのであった。

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