第369話 私、サースヴァティー。実は龍種だよ
「ごふッ......」
クーリトース大聖堂地下、大広間にて壁に背を着けて座っている者が居た。
アデルモウス枢機卿である。アデルモウスは真っ白な仮面を身に着けていたが、その大半は砕けており、垣間見える口端からは血が流れて、全身に負った傷が、男が満身創痍であることを物語っていた。
(まさか呪具の力がこれ程とは......)
そう、アデルモウスは今しがた目の当たりにした事実に驚嘆するのであった。
「おやおや。もうお終いですか、アデルモウス枢機卿」
そんなアデルモウスの前に、一人の男が腰の辺りで手を組んで立っていた。
その者はバフォメルトだ。バフォメルトは銀縁眼鏡の中から、眼前のアデルモウスをじっと見下ろしている。満身創痍のアデルモウスに対し、バフォメルトはただ悠然と構えているだけだ。
バフォメルトの周りには男を中心に、淡い白色の膜が円を描くように張られていた。【魔法結界】に近い見た目だが、ここら一帯はバフォメルトとアデルモウスが発動させた<絶魔の石>の力の影響下にあるため、別物と推測される。
アデルモウスは見たことも無いその結界を問う。
「......その力も呪具か?」
「ええ。私が改良した呪具です」
そう返答し、バフォメルトは懐から古びた厚みのある本を取り出した。
「<セラエル写本>......任意の力を拒む。その数は限られていますが、魔法が使えないこの範囲で、私はあなたから物理攻撃を否定しています」
「......。」
バフォメルトが話した内容は果たして真実か。それを今しがたの攻防で、身を以て実感したアデルモウスはその言葉を疑うことができなかった。
<セラエル写本>。一見、ただの古書に過ぎない見た目だが、【
その写本の力の一部を行使されたことで、どういう訳か、アデルモウスの攻撃は全く意味を成さなかった。武術を極めしアデルモウスの拳が、バフォメルトに届かなかったのだ。
――あの淡い白色の光を纏う結界によって。
故に戦況はバフォメルトによる一方的なもので終わりを迎えようとしていた。致命傷こそ負っていないが、もはやアデルモウス一人ではどうすることもできない。立つことすらままならなかった。
そう、男が真っ白な仮面の奥で歯噛みした、その時だ。
「バフォメルト、連れてきたよ」
この場に一人の女が、祭壇の近くに立っていた。
アズザエルだ。
女は小脇に抱えている少女を、祭壇の側にそっと寝かせる。
その少女は―――聖女シスイだ。
「シスイ!!」
アデルモウスは祭壇の側で横になっている聖女シスイの姿を見て叫んだ。
アズザエルはそんなアデルモウスを他所に、バフォメルトに告げる。
「【睡眠魔法】で寝かせているけど、このままでいい?」
「ご苦労様です。そのままで結構ですよ」
「じゃあ私は戻るね」
この場に来て早々、アズザエルが踵を返す様を見て、バフォメルトが頭上に疑問符を浮かべる。
「戻るとは......地上にですか?」
「そ」
女の短い返答に、バフォメルトはやや怪訝な顔つきになる。
「......もしや、ガープンとハンデスが後れを取る状況に陥っているのでしょうか」
「さぁ? ただここに来る途中で、厄介な奴らが割り込んできた気配を感じたよ」
「“厄介な奴ら”......とは?」
「一人はこの国に帝国の者が来たっていう情報が入っるシバだね」
「ほう。それは確かに面倒なことになりましたね。帝国はどこで我々の存在を嗅ぎつけたのでしょうか......」
「知らない。で、あと一人、ヤバい奴が来てる」
アズザエルのその言葉に、バフォメルトは興味深そうに問い質す。
「誰ですか?」
「まだ対面してないからわかんないけど、ハンデスと互角に戦えるくらいヤバイよ。......たぶん、わざと気配を気持ち悪いくらい薄くしてる」
「......。」
バフォメルトは天を見上げて、地上の様子を伺おうとするが、感じ取れない。この地下深い空間からでは、如何にバフォメルトと言えど至難を極めた。
アズザエルがここに来る途中で、シバたちの存在に気づけたのは、こと気配察知の面に関して長けているからに過ぎない。
バフォメルトは地上で起こっている厄介事をアズザエルたちに任せることにした。
「ふむ、では予定を早めることにしますか」
「そうしてくれると助かる」
そう言い残し、アズザエルはこの場を立ち去った。
すると、バフォメルトは視界の端でアデルモウスがふらつきながら、祭壇付近に寝かされているシスイの下へ近づいている様を目にした。
「シスイ.........シスイ........」
「アデルモウスさん、再会のところ恐れ入りますが、あなたには死んでもらいますね」
バフォメルトは手を後ろの方で組み、静かにアデルモウスとの距離を縮めていくのであった。
*****
「気色悪いな、上に居る奴」
アズザエルは今も尚、地上で激戦を繰り広げているであろうハンデスとガープンに加勢するため、進む足を速めていた。
おそらくガープンが相手にしていたレベッカだけで、ハンデスとガープンは苦戦を強いられない。負けることはないだろうと踏んで、アズザエルはあの場を後にしたのだ。
それがどういう訳か、なぜ今になって胸騒ぎがするのだろうか。
拭いきれない不安感が、アズザエルを焦燥させる。
そんな時だ。
「おっと〜。ここから先は行かせないよー」
「っ?!」
突如、眼前に現れた少女によって、アズザエルは足を止めてしまった。
現れた少女は、天色の長髪で癖っ毛が特徴的だった。両の瞳は、黄緑色の宝石を思わせるほど美しい。町娘の様相で、愛らしい少女は場違いという他なかった。
こんな場所に居ていい訳が無い存在に、アズザエルは静かに警鐘を鳴らした。
地上で今、ハンデスたちと戦っている厄介な連中とは別の存在に対面してしまったのだ。
声をかけられるまで気付けなかった存在と。
アズザエルは頬に汗を浮かべながら問う。
「お嬢ちゃん、こんな所に何の用? もしかして迷子――」
「あ! 忘れてた!」
アズザエルの言葉を遮り、少女が慌てた様子で懐から何かを取り出した。
少女が取り出したそれに、アズザエルは警戒していたが、実物を目の当たりにして驚愕してしまう。
なにせ、それは牡牛の頭部を模した仮面で――
「このダッサい仮面を着けないとボスに怒られるんだよね〜」
――ある組織の象徴とされていたのだから。
「......そう。<
アズザエルは構えた。懐から<絶魔の石>を取り出して、即座にそれを発動する。これにより、範囲内では自身も魔法を使えなくなるが、【固有錬成】がある。戦う術が無くなる訳ではなかった。
故に、アズザエルは迷わず、眼前の敵から戦う手段を縛ることを優先した。
できるだけ自分が有利な状況で戦うために。
アズザエルは眼の前に居る少女を、“敵”と認識していたのだ。
そんな警戒心をあらわにするアズザエルに対し、少女――<2nd>は仮面の奥で嗤った。
「魔法を封じたの? 言っとくけど、龍種の中でも最上位にいる私は、魔法なんて下等な戦法は使わないよ」
それが嘘か真か、今は誰も知る由も無かった。
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