第368話 背を任せられる味方

 「友人の窮地に駆けつけてきた」


 小柄な身体を宙に浮かせる人物は、<四法騎士フォーナイツ>の一人、<暴風の化身>の異名を持つシバさんだ。


 しばらくはこの国に滞在するって言ってたけど、騒ぎを聞きつけて飛んできたのだろうか。正直、少しでも戦力が欲しいこの状況で、彼の登場は嬉しい。


 が、


 「こんばんは。神とか特に信じていないのだが、面白そうだから拝みに来たよ、少年」


 彼と同時に現れたもう一人、<幻の牡牛ファントム・ブル>の<1st>の登場は全然嬉しくない。


 え、ちょ、は? どういうこと? なんで闇組織の親玉がここに居るの?


 もしかして......<絶魔の石>関連でここに来たのか? アレは闇組織にも流れていた物だ。


 僕がそんなことを考えていると、<1st>が両手を前に出して告げる。


 「ああ、誤解しないで。ワタシは依頼を受けて、この場にやってきたんだ」


 「“依頼”?」


 「そ。ミーシャからの、ね?」


 「っ?!」


 え、ミーシャさんの?! あ、そういえば、ミーシャさんたちと別れる際に、彼女が『今回の件で頼れそうな人に聞いてみる』とかなんとか言ってた気がする。


 それがこの人? ちょ、色んな意味で人選ミスってない?


 というか、闇組織のトップを動かせるミーシャさんっていったい......。


 僕がそんなことを考えていると、いつの間にか僕の下へ舞い降りて来たシバさんが、相変わらずの無表情で言う。


 「誰、こいつ」


 彼の面持ちはやや不機嫌のそれだ。


 まるでせっかくの登場シーンを途中で邪魔されて拗ねている感じ。


 『お、おいおい。馬鹿正直に言ったらヤバくねーか?』


 『は、はい。今も帝国と闇組織の関係はバチバチですから』


 「え、えっと......」


 僕が言い淀んでいると、シバさんは冷ややかな視線を眼前の牧師野郎に向けた。


 たぶんだけど、牡牛の仮面をかぶっているからといって、<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部と結論づけることは無いはず。


 「その雰囲気と牡牛の仮面......もしかして、<幻の牡牛ファントム・ブル>に属する者?」


 この人、勘が良いなぁ......。


 そんなシバさんの考察に、<1st>は飄々とした様子で応じる。


 「ふふ......と言ったら?」


 「死ね」


 シバさんの短い言葉と共に、再び嵐が巻き起こる。僕らを中心に、辺り一帯が渦巻く暴風が全てを呑み込まんと吹き荒んだ。


 視界に広がる破壊の嵐を止めるべく、僕は両膝を着いてシバさんに抱き着いた。


 「ちょちょちょちょ!! 待ってください!」


 「っ!! きゅ、急に抱き着かないで。びっくりする。事が落ち着いたら、シて良いから」


 「止めてください! あの人は味方です!」


 「“味方”?」


 僕の言葉に、シバさんはこちらへ振り向いた。


 言葉はちゃんと選ばないと、僕も闇組織の人間だと思われてしまうので注意しなければならない。


 僕は確かにミーシャさんに頼んだ。今回の件で力になってくれる人を紹介してくれ、と。


 <1st>とは一応知り合っちゃ知り合いだけど、こんな事態になるとは思わなかった。


 シバさんが視線を鋭くして、腰に抱き着く僕を見やった。


 「ナエドコ、もしかして闇組織と関係を持ってる?」


 「違います! あの人は人伝で、それも金で雇っただけの関係――」


 「酷いな、少年。以前は深く愛し合った仲じゃないか」


 吹き荒ぶ嵐の中、如何にも余裕な口調でふざけた言葉が聞こえてきた。


 牧師野郎だ。腕を後ろに組んで、平然とこちらに歩いてきている。


 「金で雇っただけの都合の良い人間だ、なんて哀しいこと言わないでくれ」


 「あんたは黙ってろ! ややこしくなる!」


 「はははははは!!」


 こ、こいつ、この状況を楽しんでやがる......。


 シバさんは僕にかまわず、暴風の勢いを強めようと片手を前に差し伸ばす。


 「詳しい話は後で聞く。ゴミが二つから三つに増えただけ」


 “ゴミ”とはハンデスとガープンのことだろうか。そうすると、あと一つは<1st>になるのだが、ゴミ扱いできるのヤベェよ。


 「ホッホッホッ。今日は小童扱いされるわ、ゴミ扱いされるわでとんだ日じゃな」


 「ぶるあぁぁ!! やってくれたなぁオイッ!!」


 そして後方からそれぞれ別の声が聞こえてくる。<豊穣の悪魔>のハンデスと、<愛憎の悪魔>のガープンだ。どちらも明らかな怒気を孕んでいて、殺意を滾らせていた。


 二人共、シバさんの暴風を受けても大した怪我を負っておらず、平然と佇んでいる。


 シバさんは後方に居るハンデスとガープンを尻目に、眼前の<1st>を警戒し続ける。


 「......。」


 「し、シバさん、まずは<堕罪教典ホーリー・ギルト>の二人を倒してからにしましょう! ね?!」


 「そうだよ、ワタシは今回だけ味方だ」


 「......それを信じる道理が無い」


 そう、シバさんが言い欠けた時だ。


 僕らの背後に、真っ黒な体表のミノタウロスが、自身の強靭な角を前に構えて前傾姿勢で突撃してきた。ハンデスが召喚したモンスターのうち一体だ。


 その勢いが予想以上に速く、僕は思わず【闘争罪過】を発動させて迎え撃とうとした――その時だ。


 「おっと。人が話している最中に無粋なことはしないでくれ」


 パチンッ。<1st>が指を鳴らした瞬間、ミノタウロスがどこから出現したのかわからない漆黒の杭でその身を張り付けにされた。


 この漆黒の杭......以前も見たことあるぞ。魔族姉妹によれば魔法の類じゃないらしい。あんなの不可避にも程がある。


 目と鼻の先でミノタウロスは再生が追いつかないほど串刺しにされる様を見て、僕は驚愕に目を見開くばかりだ。


 「ほう......」


 「けッ。あんな雑魚当てたってしゃーねぇだろ」


 そしてハンデス、ガープンもその様を見て、<1st>に向ける警戒心を高めた。


 一方の<1st>は愉快そうに、弾む声で口を開く。


 「さて、これでワタシが味方ということはわかってもらえたかな?」


 対し、問われたシバさんは静かに答える。


 「敵の敵ということはわかった。でも私たちの味方の証明にはならない」


 シバさんはそれでも警戒を続ける。次の瞬間にでも<1st>の首を刈ろうと、自身を中心に風を掻き集めた。


 が、<1st>はそんなシバさんに動じるどころか、平然と返す。


 「言い方を変えようか。この状況下でワタシまで敵に回せる?」


 「......あっちのゴミを片付けてから考えることにする」


 「賢明だ」


 シバさんは<1st>に背を向けて、ハンデスとガープンに向き直った。


 良かった。シバさん、今は<1st>と殺り合おうとは思っていないみたい。


 僕が安堵していたら、<1st>が僕に声をかけてきた。


 「ズッ――うぅ〜、少年、こんな所に居ていいのかい?」


 「え?」


 「レベッカ、もう先に行ってるよ」


 <1st>に言われて見回す。レベッカさんがこの場に居ないことに、今更ながら気づいた。


 あの人、聖女さんを救うために地下に行ったのか!!


 『おいおい、大丈夫かよ。あのビッチ、たしか今は全力を出せないんだろ』


 『ええ。<討神鞭>との契約が一時的に破棄されているのでしょう』


 魔族姉妹の言葉に、僕は焦燥感を覚えた。<堕罪教典ホーリー・ギルト>には<絶魔の石>だってある。レベッカさんの戦闘能力は著しく欠くことだろう。


 でも僕がこの場を離れて良いのか? シバさんと<1st>を残して?


 「行っていいよ、ナエドコ」


 「行きなよ、少年」


 「っ?!」


 そんな僕の葛藤を察したのか、二人から背を押されるような言葉を掛けられた。


 シバさんが親指をグッと立てて言った。


 「ここは友人に任せて。ゴミ掃除はやっとくから。ついでにこの天使も護っておく」


 続いて、<1st>も柄にもなく親指を立てる。


 「既にお代は貰ったんだ。少年は少年の役目を果たせばいい。きっとそれは正しいよ」


 僕はそんな二人に感謝の意を込めて頭を下げてから、この場を立ち去ろうと駆け出した――その時だ。


 「逃がすかよッ!!」


 「全員生かしておくつもりなど無い」


 ガープンが僕の行く先に立ちはだかり、こちらに向かってくる。ハンデスも僕を逃さまいと漆黒の騎士を数体差し向けてきた。


 が、


 「邪魔」


 「君たちの相手はワタシがしよう」


 二人のこの上ない強力な助っ人が、僕の前に立ち塞がる障害を排除した。


 ガープンは真横から吹き荒ぶ暴風に飛ばされ、ハンデスが差し向けた騎士たちは一歩も動けないほど全身を漆黒の槍で貫かれていた。


 僕はシバさんと<1st>に向かって言う。


 「ここは頼みますッ」


 「「任された」」


 斯くして、僕はレベッカさんを追うため、クーリトース大聖堂の地下へと向かうのであった。

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