第367話 こんばんは ✕ 2

 「なるほど、そういうことですか」


 「ええ。だからお願いしてもいい?」


 「参考までに聞きたいのですが、僕なら勝てますかね? あの二人に」


 「......時間稼ぎができれば良い方だと思うわ」


 マージか。なんとも言えない評価をありがとう。


 現在、クーリトース大聖堂に突撃した僕は、眼前に<堕罪教典ホーリー・ギルト>の幹部二人を前に、早くも失禁しそうであった。


 なんせレベッカさんが敵わなかった存在だから。


 ちなみに軽く状況を聞いたら、レベッカさんと大天使ガブリエールさんが、シスイさんを護っていたみたい。が、敗れて彼女を連れて行かれる結果になり、そこで僕がやってきたという訳だ。


 シスイさん、大丈夫かな。


 それに大天使ガブリエールも。辺りを見渡せば、たしかにロリ天使も倒れていた様を目にする。天使にも僕の【害転々】通じるのだろうか。


 レベッカさんの焦る気持ちはわかるけど、彼女だけ地下に向かわせるのも戸惑いを覚える。


 「行かせるわけねぇだろ!!」


 「「っ?!」」


 すると、僕らの下に、ガープンが突撃してきた。僕は【氷壁】を生成して、奴の足止めを図る。


 先程、【害転々】でレベッカさんが負った傷を奴に移したのだが、もう完治したみたいだ。すげぇ治癒力。


 レベッカさんから聞いた話では、奴の拳にはめられているメリケンサックみたいな物は武具らしく、<ヘルハウンドの業火>というらしい。


 アレで殴られると死ぬまで身を焼かれるのだとか。一見、理不尽極まりない力に思えるが、レベッカさんは殴られても、まだその力を使われていない。


 というのも、その効果は人数に制限があるらしく、レベッカさんを焼殺させたら、僕を殴ってもその効果は再使用できないからだ。


 だからガープンは見極めなければならない。


 レベッカさんか僕のどちらを殺すかを。


 「あぁぁああぁああ!!!」


 「「っ?!」」


 すると、どこからか、少女の絶叫が聞こえてきた。その声のする方へ振り向けば、そこには大天使ガブリエールが地面に倒れ伏していて、そんな天使の上から漆黒の騎士が足で踏みつけていた。


 そして漆黒の騎士は、その太い手で三対六枚のうち、一枚の翼を力強く握り締めている。まるで地面から生えている木の根を引っこ抜くような素振りで、漆黒の騎士は少女から翼を引き抜こうとしていた。


 ぶちぶちと血肉が引き千切られる不快な音が、少し離れている僕らの下まで届いた――その時だ。


 「ガブリエール!!」


 レベッカさんが叫ぶ頃には、僕は漆黒の騎士の前に居た。


 「【凍結魔法:氷戦斧】」


 【力点昇華】込みの接近と、そのスキルを再使用して、氷の戦斧を漆黒の騎士の腕目掛けて振るい、切断する。


 漆黒の騎士をそのまま回し蹴りでふっ飛ばした後、僕は地に横たわるロリ天使を抱き寄せた。


 「ガブちゃん!」


 「ぐぅ......」


 『天使の翼をもごうとしてましたね、あの騎士』


 『鈴木、早く【害転々】使って完治させろ』


 僕はロリ天使に一言謝ってから、彼女の柔肌に浅い傷をつける。


 そして【害転々】を発動し、彼女の怪我を僕に移した。本当は敵を対象にスキルを使いたかったけど、効果範囲外なのでそれはできない。


 ロリ天使の全身の傷が完治すると共に、僕も全身傷だらけになったことで、天使相手にも【害転々】は通用するのだと思った。


 「な?!」


 『おいおい、これはどーゆーこった?』


 ロリ天使の全身に負った傷は治った。でも、少女の腰の辺りから生えている三対六枚の翼のうち、先程、漆黒の騎士によってめちゃくちゃにされた羽根が完治されていない。


 失敗?


 だったらもう一回。


 そう僕が思って、スキルを再び使おうとしたら、姉者さんから待ったが入った。


 『再使用は止めなさい。おそらく無駄です』


 「え?」


 『【害転々】が使えるのは、両者の器官が深く関わっていると思われます』


 「......天使の翼は僕には無いからか」


 なるほど。天使と人間で全く同じ器官という訳ではないが、他の器官が負った怪我は僕に転写することはできるが、翼を持っていない僕には転写できる器官が無いから転写できない。


 うわ、思わぬ所でスキルの欠点を見つけちゃったよ。


 しかし全回復できていないとはいえ、スキル発動前より顔色が良くなったロリ天使が、その身を抱き上げている僕に向けて口を開いた。


 「せ、性獣さん」


 「はい、性獣です。孕ませに来ました」


 「止めて。堕天しちゃう」


 などと、冗談が言えるくらいには回復した模様。僕の息子はロリには興味無いと思うから安心して。


 「ホッホッホッ。まさかベイリーンの腕を切断するとは」


 そして老人の声が響く。


 僕が蹴飛ばした漆黒の騎士は、【氷戦斧】で両腕を切断したはずなのに元通りになっていた。


 薄々気づいていたけど、アレは人間じゃないな。そもそも生物の気配がしない。僕はその疑問を確かめるように、魔族姉妹に問う。


 『おう。ありゃあ召喚されただな』


 『ええ。ただ【召喚魔法】とは別の類に思われます』


 「......【固有錬成】か」


 【召喚魔法】がなんなのか詳細は知らないけど、姉者さんからしたらアレは魔法の類じゃないらしい。


 そしてその漆黒の騎士は、初見で僕を両断した騎士よりもやや小柄だ。見れば、その見解は正しかったらしく、別の漆黒の騎士が老人の背後に立っていた。


 いや、その二体だけじゃない。老人の背後には、その影から生えるようにして、他の騎士が続々と現れた。


 老人――<堕罪教典ホーリー・ギルト>の幹部は愉快そうに口を開く。


 「如何にも。儂の【固有錬成】は死体と化した者を操ることができる。儂の後ろに控えているのは全員、過去の英雄じゃ」


 「死霊術師ってやつか」


 「ホッホッホッ。そんな下等な存在と一緒にするな。魔力などという有限なものに左右されない、無限に生み出せる戦力じゃよ」


 それから老人はニチャリと気色の悪い笑みを浮かべて、一歩前に踏み出る。


 その踏み出された一歩と同時に、漆黒の騎士が更に出現した。


 いや、騎士だけではなく、他にもサイクロプスやミノタウロスといったモンスター、翼の生えた爬虫類のような見た目――ドラゴンといった多種多様な化け物共が現れた。


 召喚された化け物共は例外なく、漆黒色を基調とした体表で、それは老人の【固有錬成】によるものかは定かじゃないが禍々しい。


 どいつもこいつもヤバそうな雰囲気を醸し出していて、嫌な汗が自身の背を伝う感じがした。


 「儂は<豊穣の悪魔>、ハンデスという」


 一人の老人と二体の漆黒の騎士を相手にするかと思いきや、まさか“群”と呼べるほどの勢力を相手にしなければならないのか。


 そしてこちらの希望を根こそぎ消すように、絶望の積み重ねが突きつけられる。


 「クソがッ! 訳わかんねぇスキル使いやがってよ! 絶対に殺してやる! この<愛憎の悪魔>ガープン様がなぁ!!」


 湧き上がる憎悪が存在感を掻き立てた。邪悪な雰囲気を解き放つようにして、獰猛さと殺気をその瞳に宿らせている。


 今にも飛びかかってきそうな男は、牙を剥き出しにして僕を睨みつけていた。


 「こんな連中を僕だけで相手しないといけないのか......」


 レベッカさんは一刻も早く地下に向かいたい。が、そんな彼女もガープンとハンデスの殺気に当てられて迂闊に動けないようだ。


 僕はロリ天使をゆっくりと地面に寝かせてから立ち上がり、二人の強敵に立ち向かおうとした――その時だ。


 「風よ、吹き荒れろ」


 大破したこの空間に、激しく渦を巻く風が吹き荒ぶ。辺りの瓦礫が、物が、呑み込まれるようにして吹き飛ばされた。


 まるで局地的に現れた嵐が、誰かの意図通りに吹き荒れて、ガープンとハンデスを襲った。


 「うお?!」


 「ぬぅ!」


 しかし僕やロリ天使はその嵐に巻き込まれず、せいぜい髪や衣服が突風に靡く程度だ。


 そしてそんな嵐を巻き起こした張本人が、その中心で重力に逆らって宙に浮いていた。


 「こんばんは。助けに来たよ、ナエドコ」


 まるで静かな夜に吹くそよ風のように、その人物――美少女の声は透き通っている。


 灰色の短い髪は月明かりに照らされて、銀髪のような美しさを晒す。それはある種の神秘さも兼ね備えていた。


 そんな美少女、僕は一人しか知らない。


 じゃなくて、


 「シバさん?!」


 「ん。友人の窮地に駆けつけてきた」


 そんな彼の登場に目を見開く僕であったが、驚愕はまだ続く。


 「おや? 先を越されてしまったかな? ワタシとしたことが昂る思いを抑えられずに、つい出てきてしまった」


 その声音は中性的で、口調こそ身に覚えのありそうなものだが、纏う雰囲気は全くの別物だ。


 この吹き荒れる嵐の中、コツコツと硬い靴底を床に打ち付ける音を響かせながら、こちらに近づいてくる者が一人。


 その人物は、ここが大聖堂という神聖な場所に一番適した様相をしている。黒を貴重とした牧師姿。装飾は首に掛けている金色の十字架のネックレスだけだ。


 それでも違和感を覚えてしまうのは、その者の頭部に――牡牛の頭部を模した仮面があったからだ。


 シバさんの登場ならギリギリ納得できる。騒ぎを聞きつけて飛んできてくれたんだな、と。


 でもこいつは違う。


 こんな所に居ちゃいけない奴だ。


 「なんで......あんたがここに......」


 理解が追いつかず、僕の口から間の抜けた声が漏れる。しかし先方は構わず続けた。


 僕の前に現れたのは、


 「こんばんは。神とか特に信じていないのだが、面白そうだから拝みに来たよ、少年」


 <幻の牡牛ファントム・ブル>のボス―――<1st>だ。

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