閑話 <幻の牡牛> 5
「なんでズキズキにあんなこと言ったの?」
時は遡り、ズキズキこと鈴木がミーシャたちが拠点として使っている宿を発ってから間も無い頃合い。
サースヴァティーは今しがたこの場を後にした少年を思い浮かべながら、同室に居るミーシャに問いかける。
ミーシャは近くの書類を整理しながら聞き返した。
「“あんなこと”って?」
「喧嘩を売るなら、ギワナ教ではなく、ギワナ聖国を敵に回せって言ったこと」
「ああ」
ミーシャは愉快そうに、先程自分が鈴木に提案したことを反芻した。
少し前、鈴木はクーリトース大聖堂に向かった。目的は聖女シスイの安全の確保と女神クラトの片足の奪還だ。
前者は、ミーシャからは安全な状況下に居る、と言われても、それから続いた会話で、<
後者に至っては、姉者と交わした約束がある。
だから鈴木はクーリトース大聖堂に向かった。
今から自身が敵に回すのは、<
「だってそうだろう? 呪具集めは、国家権力の乱用だ。<
「だから表向きは聖国に喧嘩を売って、実際のところは<
「そ。現に教会は汚い面もあるけど、ちゃんと世のため、人のために機能していた面もある」
「......聖女シスイの立場を守るためにも、ズキズキは進んで悪役になろうとするんだね」
「そういう男なのさ」
ミーシャは何が面白いのか、鈴木の決意に満足げに微笑んでいた。
先の目的のうち、もし仮に女神クラトの片足を奪還するという点だけを狙うのであれば、聖国を敵に回す必要は無かった。
極端な話、<
しかし鈴木はより困難な道を選んだ。
<
故に鈴木は覚悟を決めて、単騎でこの国に喧嘩を売ることにした。
サースヴァティーは心配そうに呟いた。
「ズキズキ、死んじゃうかな?」
「もちろん死ぬだろうね。でもすぐ生き返るさ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「はは。わかってるよ。......いくら蛮魔の核が複数個、ズッキーの身体に宿っていても、状況は好転しないだろう」
「だったら――」
そう、サースヴァティーが言い欠けた時だ。
ミーシャは少女の唇にそっと人差し指を当てて、続く言葉を遮る。
「だから、ズッキーには『協力してくれそうな人を頼ってみる』と伝えたんだよ」
「あ、そうだった」
サースヴァティーは思い出したかのように言う。
「その“協力してくれそうな人”って、帝国の<
今、この国には、帝国から来た<暴風の化身>の異名を持つシバが居る。その情報を既に掴んでいたサースヴァティーは、その少年を利用するのかと推察した。
が、ミーシャは首を横に振って、それを否定した。
「シバはワタシたちが何もしなくても、騒ぎを聞きつけて大聖堂に突入するよ。無類の“友達好き”だからね」
「ああ、たしかに。友達のためとは言え、一国を敵に回すとか頭おかしいよね」
どの口が言うか。きっと鈴木がこの場に居たら、サースヴァティーをジト目で見やっていたことだろう。
サースヴァティーは小首を傾げて問う。
「じゃあ、誰のこと?」
ミーシャは寝台の上に置かれている白銀貨二枚を手に取って、それらを親指で弾いてからキャッチした。
「ワタシたち、だよ」
「は?」
サースヴァティーはミーシャの言っていることを理解できなかった。
それもそのはず。元々目立つ行為を避けたいから、鈴木に協力できないと言っていたのだから。下手に目立っては、二人が<
ミーシャは手にしている白銀貨のうち、一枚をサースヴァティーに渡す。
「これは君の分。こっちはワタシの分」
「え、ちょ、意味がわからないんですけど」
「プロなんだから、お金を貰ったら仕事は完璧にこなさないと」
などと、ミーシャの言葉に、サースヴァティーは「もしかして」と何やら察した様子で呟いた。
ミーシャはサースヴァティーの考えが正しいと言わんばかりに頷く。
「ズッキーには、か弱い“ミーシャ”として協力するのではなく、<
「う、うわぁ」
サースヴァティー、さすがにそれは無いと言った様子で呆れ果てた。
そんな少女を他所に、ミーシャは両手をパンッと小気味良い音を響かせるように打ち鳴らした。
それと同時に、ミーシャの周囲に黒い靄のようなものが纏わり付き、次の瞬間には女の様相が変わっていた。
黒を基調とした牧師姿。飾り気の無い容姿はどこか荘厳な雰囲気があった。
そんな牧師姿に変わったミーシャは、どういう訳か、女性らしい凹凸に富んだ身体の線ではなくなっていた。どこからどう見ても男性のそれである。細身で長身の男性の体つきに変わっていたのだ。
またミーシャの頭部には、<
ミーシャ、もとい<1st>はその容姿に似つかわしくない、ピースサインを作って、それを目元に持っていきながら、可愛らしくポーズを決める。
「メタモルフォーゼ、完了だゾ☆」
「全然可愛くない......」
そんなミーシャの声は、仮面のせいでくぐもっているが、中性的な点は変わっていなかった。
サースヴァティーは懸念する。
さすがにここで<
かと言って、<1st>を止めることは、もはや叶わない。
なにせ、<2nd>として付き合いが長いから、自分のボスがどういった性分なのか正しく理解しているからだ。
きっと目の前に居る<1st>に何を言っても無駄だろう。そう思えてしまうほど、サースヴァティーの嘆きは深かった。
ミーシャは――<1st>は王者の風格を漂わせながら、腕を組んで、仁王立ちのまま宣言する。
「さぁ。たった今から、我々は<
「この状況を一番楽しんでるよね」
「うん」
今宵、闇に潜む組織が、私欲のため――ではなく、平和のために奮起するのであった。
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