第365話 奪わないで、取り戻して

 「どうした! こんなものか!!」


 「ちッ」


 大天使ガブリエールがハンデスとアズザエルを相手にしている一方で、また違った激戦が繰り広げられていた。


 聖女の護衛役を担ったレベッカは、黒の外套に身を包みながら、ガープンとの戦闘に応じていた。


 ガープンはレベッカが振るう鞭を躱しながら、攻めに転じる。


 「おらよ!!」


 「っ?!」


 ガープンは近くの、人が十人程並んで座れる長椅子を軽々と持ち上げ、それをレベッカに投げつける。


 レベッカはその飛来物を躱し、ガープンとの距離を保ちながら魔法を放つ。


 「【雷電魔法:爆閃徹甲】!」


 レベッカの真っ赤な鞭が放つ雷撃が、地面を高速に這う稲妻と化す。辺りを爆破しながら、稲妻はガープンを襲った。


 「はッ! カッスい攻撃だなぁ!!」


 対するガープンは拳一つで襲い来る稲妻を打ち消した。


 否、ガープンの拳には、五指を連結するようにブラスナックルが嵌められていた。無論、ただのブラスナックルでは無い。


 レベッカが顔を顰める。


 「それは......」


 「お、知ってっか? <ヘルハウンドの業火>ってんだ。これで対象は殴られると死ぬまで焼かれることになる。どうだ?! 最高にイかすだろ!!」


 「......。」


 ガープンから聞かされた内容に、レベッカは黙考した。


 <ヘルハウンドの業火>。<三想古代武具>の一種、【幻想武具リュー・アーマー】だ。


 武具が有する能力はガープンが言った通りで、それはレベッカも事前に知っていたことだ。というのも、レベッカはギワナ教が裏で<堕罪教典ホーリー・ギルト>を動かしていることを知っていたため、密かに集めていた情報の一つだからである。


 そしてその中でもガープンは特に注意すべき存在であった。


 もはや天与の才とも呼べるガープンの戦闘センスの高さ。相手がかの有名な女傭兵<赫蛇>のレベッカであろうとも怯まず、むしろ嬉々として戦いに挑む異常者に他ならない。


 レベッカはガープンを見据えながら静かに問いかける。


 「でも<ヘルハウンドの業火>で焼殺できるのは一晩で一人。ここに居るのは、私だけじゃないわ」


 「あの大天使ガブリエールのことか? あっちはあっちでジイさんどもに殺されると思うけどな。だから俺はお前を焼き殺すだけだ!」


 そう愉快そうに言うガープンに対し、レベッカも薄々同じような感想を抱いていた。


 できるだけガープンとの戦闘を早く終わらせて、大天使ガブリエールに加勢したかった。が、現状、それは難しい。思っていた以上に敵が強かったからだ。


 「......アデルモウスも騒ぎを聞きつけてすぐに来るわ」


 「ねぇーな。、俺らはここに居んだよ」


 事実、戦闘が始まってから、それなりに騒動となったため、教会に居る人々に気づかれているはずだが、アデルモウスは未だに姿を見せない。


おそらくガープンが言った通り、アデルモウスはバフォメルトによって足止めされているのだろう。


 故にこの場に居る自分がどうにかしなければならないのだと、レベッカは強く感じるのだが、<堕罪教典ホーリー・ギルト>の面々がここまで強敵だとは思っていなかった。


 いや、予想より状況が悪化していたのは、何もガープンの戦闘能力の高さだけではない。


 レベッカの脳裏に、とある日の出来事が過る。


 「つうかよぉ。<赫蛇>は何を出し惜しみしてんだ?」


 「......何のことかしら?」


 「早く使えって言ってんだよ。お前の【幻想武具リュー・アーマー】の力をよぉ!!」


 ガープンは離れた所に立っていても、まるでその拳が届くような風圧をレベッカに叩きつけた。


 レベッカは身体が宙に浮く感覚に陥りながら、その場に止まる。


 ガープンは吠える。


 「【幻想武具リュー・アーマー】の<討神鞭>だろ、その鞭!! なんで【融合化チェック】しねぇの? ナメてんのか? ああ?!」


 ガープンが苛立ちをあらわにする。<赫蛇>がどういった存在なのかを知った上で、相手を威嚇するように血走った目で睨みつけた。その覇気がレベッカに向けられるも、女は動じることなくかまえる。


 思い起こされる<討神鞭>の言葉が、全力を尽くせない今のレベッカを作っていた。


 『俺様は阿鼻叫喚を求める存在だ。ギワナ聖国に行って、ってんなら、そりゃあ契約違反になるぞ』


 それは至極当然のことであった。


 レベッカが<討神鞭>と契約できたのは、レベッカが<討神鞭>の求めるモノを提供できたから。しかしレベッカがギワナ聖国に行くときは、決まってその条件が満たされない。


 それもそのはず、レベッカが何を求めてこの国に来ているのか、<討神鞭>は悟っているのだから。


 レベッカは――シスイの幸せを心の底から願っている。


 願ってしまっているからこそ、それは<討神鞭>の所有者としてあるまじき願望であった。


 そして何より、レベッカ自身が<討神鞭>の力を振るうことを、シスイの近くではやりたくないと決めていた。


 シスイには自分の醜い一面を見せたくない。そう、女傭兵は身勝手な思いを抱いてしまった。


 故にレベッカは<討神鞭>の力を使うことができない。


 「全力で来ねぇなら死ぬだけだ。残念で仕方ねぇよ」


 「......ごめんなさいね」


 レベッカが再び鞭を構えた、その時だ。


 突如、この広間に轟音と共に破壊の光景が広がる。


 天から降り注ぐ破滅の光が、レベッカを含め、<堕罪教典ホーリー・ギルト>の面々を襲った。


 【天啓魔法:断罪光】。おそらく大天使ガブリエールが放ったであろう一撃が、辺り一帯を崩壊した。


 「ちょ?!」


 「ちッ」


 まさか自分も巻き込まれると思わなかったのか、レベッカは慌てた様子で回避行動に専念する。一方のガープンも舌打ちしつつ、余裕そうに【断罪光】の巻き添えを食らうことを免れた。


 同時に、レベッカは察する。


 大天使ガブリエールともあろう大物が、まさか形振り構わず範囲攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。いくら<善なる極光>を二度も使っていたとはいえ、もはや大天使の力だけでは戦況は覆えそうにない。


 せめて<討神鞭>と【融合化チェック】ができたのなら......そう、レベッカは後悔の念に駆られるのであった。


 そんなことを思っていたレベッカに、とある少女の悲痛な叫びが届く。


 「ガブリエール様ッ!!」


 「っ?!」


 シスイの発狂じみた声に、レベッカは視線をそちらに向ける。


 同時に、大天使ガブリエールが漆黒色の塊とも言える巨体の騎士に殴り飛ばされた様を目にした。時間稼ぎなど望んでいなかったが、まさかここまで一方的になるとは思っていなかったレベッカである。


 しかし戦況が傾いたのは、大天使ガブリエールの方だけではなかった。


 「おら!! 余所見してていいのか?!」


 レベッカが目の前の戦いから気を逸らした結果、それはガープンに最大の隙を見せることに繋がる。


 ガープンがレベッカの腹部に、【紅焔魔法:天焼拳】を打ち込み、激しい爆破と共にその身を“く”の字にへし曲げた。


 ろくに受け身を取ることもできなかったレベッカは、その場に片膝を着いた。


 「がはッ......」


 「本気出さねぇーわ、集中しねぇーわ......ほんっと殺る相手間違えたぜ」


 ガープンはそんなレベッカを見下ろしながら、女の顔面を地面に叩きつけた。ドゴッと不快な音が辺りに響く。


 それでも、レベッカはシスイたちを見やった。


 もう誰にも護られることがなくなったシスイは――アズザエルによって眠らされていた。


 そしてアズザエルがシスイを脇に抱えて、この場を後にする様をただただ眺めていることしかできなかった。


 「し、すい......ちゃ......ん」


 「おいおい、人の話聞いてんのか?」


 ガープンはレベッカの後頭部を鷲掴みした後、再び地面にその頭を叩きつけた。その度に、女の血が飛び散る。


 「いいか? よぉーく聞け? 良いこと教えてやるからよ」


 ガープンはしゃがんで、レベッカの頭部を乱暴に持ち上げる。


 「あの聖女は、実は【固有錬成】持ちらしいんだわ。それもかなりおっかないヤツ。詳しいことは忘れたがな(笑)」


 男は意地の悪い笑みを浮かべたまま、レベッカに囁いた。


 「で、バフォメルトさんはそのおっかないスキルを、もっとヤベぇスキルに改変する気だ」


 「っ?!」


 「結果がどうなるかはわからねぇーが、俺は一度、バフォメルトさんが“有魂ソール”持ちの呪具に対して、スキルを使ったところを目にしたことがある」


 ガープンは続けた。


 男はどこまでも愉快そうに、相手の反応を愉しむかのように告げる。


 「その呪具の絶叫は凄かったぜ? 痛い、苦しい、もう止めてってよぉ!! 道具のくせにうるせぇよなぁぁぁあ! ははははははははははは!!」


 レベッカは眼前の下種野郎を血走った目で睨みつける。普段、見せることのない女の憎悪に満ちた視線が、ガープンを射抜いた。


 それを不快に思ったのか、ガープンは嘲笑を止めてから口を開く。


 「そうだ。お前も地下に連れてってやるよ。そんで聖女が泣き叫んでるザマを見せてやる。きっと良い声で鳴くぜ?」


 「この......下種が......」


 「安心しろ! 一頻り愉しんだ後、お前を聖女の前で焼き殺してやっから!」


 もう<ヘルハウンドの業火>で殴ったから条件は揃ってるし、とガープンは愉快そうに嗤いながら言った。


 そんな嘲笑を浴びながら、レベッカは思う。


 どこで間違えたのだろうか、と。


 先程、<堕罪教典ホーリー・ギルト>を前にした際、シスイを連れて一目散に逃げるべきだったか。


 鈴木と対立する中で、協力を乞うべきだったか。


 シスイを聖女にすると宣言された際に、強く反対すべきだったか。


 そもそもシスイを生かさずに、あの時、自らの手で――。


 レベッカの頬を伝って、一滴の雫が流れ落ちる。もう自分一人ではどうすることもできない現状に、深く、それでいて絶え間ない後悔の念に、女は押し潰されそうな思いをした。


 やはり自分が誰かの幸せを望むこと事態、間違いだったのだ。


 変わらずに醜くあるべきだった。私腹を肥やすために穢れ続けるべきだった。


 だからか、そんな醜い女は今更ながら―――ある者の名を呟いてしまう。


 大嫌いな男の名を、レベッカは呼んでしまう。


 身勝手に首を突っ込んで、場を滅茶苦茶にして、最後には望んだ結果ハッピーエンドを勝ち取る男の名を――。


 「助けて............スー君」


 瞬間、崩壊した広間から見える夜空が眩い朱に染まる。


 紅蓮に燃え滾る何かが、闇夜を明るく照らし尽くすように現れた。同時に巨大な鳥が羽ばたく音が、熱波と共に眼下の者たちに浴びせられる。響き渡る。


 その“何か”は――炎の<大魔将>だ。


 夜空に現れた異形の怪物を前に、ガープンとハンデス、倒れ伏している大天使ガブリエールさえも目を見開いていた。


 しかしただ一人......そう、たった一人だけ、その存在を前に瞳を潤ませる女が居る。


 その存在は、炎の<大魔将>の背に立っていた。


 「こんばんは。全世界の美女を愛して止まないヒーローです」


 今宵、過去にたった一人で帝国に喧嘩を売った少年は、聖国にも喧嘩を吹っ掛けるという偉業を成し遂げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る