第364話 大天使は狩られる側?

 「おい、ジイさん、護衛してる女と天使、どっちが強い?」


 一人はガープン。


 <堕罪教典ホーリー・ギルト>の一人で、異名は<愛憎の悪魔>。鈴木がサポートに徹した上で、鈴木二号を惨殺した張本人だ。


 男は細身でありながらも鍛え抜かれた体躯で、見下すように護衛の女と天使像を見やった。


 「噂通りの偉業を成し遂げたのなら、女の方じゃろう。が、大天使ガブリエールが使う<善なる極光>も侮れん」


 ガープンの問いに答えたのはハンデス。


 ガープンと同じく、<堕罪教典ホーリー・ギルト>の一人で、異名は<豊穣の悪魔>。見た目こそ小柄な老体のそれだが、一個人が漂わせる邪気は人間とは思えないほど禍々しい。


 「はぁ。面倒くさい」


 三人目はアズザエル。


 二人と同じく、<堕罪教典ホーリー・ギルト>に所属し、異名は<畏怖の悪魔>。その美貌は大人の女性特有の色気に満ちていたが、裏腹に殺気を放っていたのは肌で感じるほど鋭かった。


 そんな三人に対し、天使像が辺りに一際強い光を放った後、その真上に一人の少女が現れた。


 外見は可憐な少女のそれだが、頭上に浮かべる光の輪と、腰から生えた三対六枚の翼が少女の種族を物語っていた。


 大天使ガブリエールである。


 ガブリエールは天使像の上に腰掛け、頬杖を突いていた。そんなガブリエールとシスイの下に、護衛の女レベチカは跳び下がる。


 「狙いはシスイちゃんかな?」


 「おそらく。しかし妙ね」


 「?」


 「奴らはアデルモウスの配下のはずよ。この場にシスイを連れてきたのはアデルモウスで、三人がやってくることを私は聞かされていない」


 「命令に背いたってこと?」


 「でしょうね。まぁ、アデルモウスも<堕罪教典ホーリー・ギルト>を利用してたみたいだから、遅かれ早かれこうなることを危惧していたわ」


 「ふーん?」


 興味なさげに、ガブリエールは相槌を打つ。


 ゆっくりと近づいてくる連中を見て、シスイの顔は恐怖に青ざめていた。そんなシスイを尻目に、レベッカは優しく少女の頭を撫でる。


 「大丈夫よ。怯える必要は無いわ」


 「れべ......ちか、さん」


 優しく包み込むような温もりが、僅かとは言え、シスイに安堵を与えた。


 警戒態勢に入ったガブリエールとレベチカを前に、ハンデスは問う。


 「駄目元で聞くが、聖女を儂らに渡してくれんかのぉ」


 「はッ! 寝言は寝て言え、シワシワ小僧がッ!」


 ガブリエールは即座に取り出した、純白に輝くラッパを口にした。


 吹き飛べ。そう強く念じて、ガブリエールはラッパに息を吹き込む。瞬間、<善なる極光>が発動し、その波動が<堕罪教典ホーリー・ギルト>の面々を襲った。


 無慈悲な衝撃波は邪悪な者のみに力を発揮する聖なる力だ。


 先手必勝。第一印象からして、まずただの罪人では無い<堕罪教典ホーリー・ギルト>の三名は消し飛んだことだろう。


 そう、思ったガブリエールだったが、


 「ホッホッホッ。百を超える儂に向かって小僧とは、天使とは相当年老いているのかのぉ」


 「っ?!」


 ハンデスの意気揚々とした声に、ガブリエールは驚愕を隠せなかった。


 小柄な老体の前には、体長が成人男性のそれを優に超える漆黒の騎士が立っていたのだ。


 漆黒の騎士は<善なる極光>を受けて、その体表にひびが入り、徐々に全身へ広がっていくと共に、ボロボロと崩れ落ちていった。


 その様を目の当たりにして、ハンデスは感嘆の声を漏らす。


 「ほほう。まさかボルスが一撃で倒されるとは」


 「ちッ。ハリボテ如きで<善なる極光>を防いだか!」


 ならばもう一吹き。そう思って、ガブリエールがラッパに再び口を付けた――その時だ。


 「させないよ」


 「っ?!」


 突如、ガブリエールのラッパを握る手が、肩から先が無くなっていた。


 否、引き千切られていたのだ。


 ガブリエールの背後に飛び降りたアズザエルによって。


 アズザエルはガブリエールの片腕を手にして、純白のラッパを踏みつけて破壊した。


 ガブリエールの失った片腕から先から血は流れていない。代わりに光の粒子のようなものが流れていた。


 痛みがあるのか、ガブリエールの顔に玉のような汗が浮かぶ。


 「ガブリエール様ッ!」


 シスイが叫んだ。ガブリエールはシスイを気にする余裕もなく、眼前のハンデスと後方のアズザエルを警戒する。


 すぐ近くではレベチカが既にガープンと激闘を繰り広げていた。援護は期待できそうにない状況である。


 ガブリエールは募る焦燥感をできるだけ顔に浮かべないよう、平静を装いながら口を開く。


 「派手にやって大丈夫なの? すぐに人が駆けつけてくると思うけど」


 「ホッホッホッ。なに、少しくらい騒がしくしたって、後で揉み消せばよい。死人が出ようと、な?」


 「ははッ。教会はそこまで腐ってたのか」


 「腐らんとやっていけないのが人間じゃよ、大天使ガブリエール」


 大天使ガブリエールは頭上に手を掲げ、唱えた。――天使に似つかわしくない意地の悪い笑みを浮かべながら。


 「ありったけの力をぶつけてあげる!! 【天啓魔法:断罪光】!!」


 天井から轟音が響き渡るのも束の間。この空間を破壊し尽くす破滅の光が降り注ぐ。


 対象はハンデス、アズザエルを含めた周囲一帯だ。近くで戦っている護衛の女とガープンのことなど気にしていない一撃である。


 「きゃぁぁあああああ!!」


 無力なシスイは自身の頭を押さえるようにして悲鳴を上げる。無論、そんなシスイを護るように、自身の足下にある天使像と聖女を囲む【魔法結界】をガブリエールは張っていた。


 やがて破滅の光が収束し、クーリトース大聖堂は天使像のある広間を中心に、天井やら壁やら崩壊した後の荒れ地と化していた。見上げれば、夜空に散りばめられた星たちが美しく輝いている光景が広がる。


 土埃が舞う中、ガブリエールは息を荒らげながら、ニヤリと笑う。


 「ハァハァ......ざまぁないね」


 「ガブリエール様ッ!!」


 シスイの焦燥感に満ちた声がガブリエールに届いた――その時だ。


 一体のが、ガブリエールの顔面を捉え、拳を振るう。


 「っ?!」


 その“何か”は漆黒の騎士だ。


 ただ先程までの、大天使ガブリエールの<善なる極光>を受けてその身を滅ぼされた騎士――ボルスではない。全く別の、更に禍々しいオーラを漂わせる騎士である。


 ガブリエールは諸に打撃を喰らい、後方へと身を吹き飛ばす。石造りの壁に少女の小柄な身が叩きつけられ、その周囲が瓦礫に埋もれる。


 同時に、老人の喉を震わせるような声がどこからとなく聞こえてきた。


 「ホッホッホッ。天使の放つ【断罪光】は格別じゃのぉ。まぁ、儂のコレクションの前では無力じゃが。のぉ、ランサロットよ」


 『......。』


 ハンデスは【断罪光】をその身に受けても五体満足で立っていた。


 ランサロットと呼ばれる騎士が護ったのだろう。その騎士はボルスよりも一回り大きく、纏う漆黒の重装備が見る者に重圧感を与えていた。


 またランサロットの背には、その巨体を超える刃渡りの大剣がある。その大剣でガブリエールを斬らなかったのは主の意向か、ただ拳を振るうだけに止まっていた。


 そしてもう一人、ハンデスとは別の声が響く。


 「いたた。火傷しちゃったよ」


 アズザエルだ。女はまるで衣服に付いた埃を叩き落とすような素振りを取って立っていた。


 あらゆる術式が施されて、守りが堅いこの大聖堂は先のガブリエールの【断罪光】が直撃して、その一部が崩壊していた。だというのに、ハンデスもアズザエルも無事である。


 その事実が、シスイに絶望を突きつける。


 「そ、そんな......」


 「ハンデス、この子は?」


 「その件についてはお主に頼もう。儂は大天使ガブリエールに試したいことがあるからのぉ」


 「試したいこと?」


 「儂の【固有錬成】で下僕にできないか、実験したいのじゃ」


 「ふーん?」


 アズザエルは興味無さそうに相槌を打ち、シスイへと近づく。


 「ひッ」


 「安心しなよ。殺すつもりは無いから」


 アズザエルは【睡眠魔法】で聖女シスイを眠らせ、少女の身を小脇に抱え、この場を立ち去った。


 ハンデスは少し離れた所で、ガープンと聖女の護衛役である女が激闘を繰り広げている様を眺めながら呟く。


 「計画は順調。後は聖女の【固有錬成】を上手く利用できるかじゃな、バフォメルトよ」

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