第363話 護衛レベチカ
「「......。」」
ここ、クーリトース大聖堂内、天使像のある空間にて、聖女シスイは大天使ガブリエールのの石像の前で膝を着いて祈りを捧げていた。
シスイの傍らには、つい先程までこの場に居たアデルモウスが聖女の護衛として、この場に残した者が要る。その者は外見こそ女のそれであったが、外套に身を包んで、表情すら見えないため、怪しげな雰囲気を漂わせていた。
しかしシスイは特に気にした様子も無く、ただただ日課のように大天使ガブリエールに祈りを捧げている。
「ガブリエール様、どうか......どうか、アデルモウス枢機卿をお救いください」
「......。」
先の一件で、シスイはアデルモウスの過去に見ぬ一面を目の当たりにして、酷く動揺していた。
赤子の頃から一人だったシスイをここまで育ててくれたのはアデルモウスである。そんな優しい人物が自身を、女神の教えを裏切るような行為に走ったのだ。
如何なる理由があろうとも、シスイはそれを罪であると理解していた。
たとえそれが平和のためであったとしても、闇の組織と結託して他国に悪質な物を流通させていい理由にはならない。そう、理解していたのだ。
そんなシスイの後ろ姿を、この部屋にある長椅子に腰掛けていた護衛の女が見つめる。
足を組んで、ただじっと護衛対象から目を離さないようにしていた。
そんな時だ。
『おやおや〜。今日はまた変わった信者が居合わせてるねー』
石像から、可憐な少女の声が聞こえてきた。その声は辺りに響き渡り、シスイのみならず、護衛の女の耳にまで届いた。
そう、大天使ガブリエールの声である。
「が、ガブリエール様!!」
『こんばんは』
「あ、あの、今この教会は――」
『まぁまぁ。落ち着いてよ。事情は把握できてないけど、ある程度予想していたからさ』
大天使ガブリエールはシスイを他所に、離れた所からこちらを静観している女に声をかけた。
『そこに居る君、血の臭いが纏わり付いて酷いよ? 出ていってくれないかな?』
ガブリエールは少女特有の高い声で言うが、明らかな警戒心を抱いていることが、その声音から感じ取れた。
敵意にも思える意思を突きつけられ、場は張り詰めた空気へと静かに変わっていく。それでも護衛の女は、その場から動くことなく、ただじっと目深にかぶったフードの中からシスイを見つめている。
「......。」
『はぁ。シスイちゃんに近寄ってくる奴って変なのばっかだよね。とりあえず<善なる極光>で――』
ガブリエールが以前、鈴木に浴びせたような<善なる極光>を発動させようと準備に取り掛かった――その時だ。ガブリエールの言葉を遮って、シスイが声を張り上げる。
「あ、あの! お待ちいただけないでしょうか?!」
『え、なんで?』
「私にはあちらに居る方が邪悪な者には思えなくて......」
「っ?!」
その言葉に、護衛の女がビクッと肩を震わせるが、それに気づいた様子も無く、シスイは続ける。
「何も根拠が無い、直感に過ぎない思いですが......駄目でしょうか?」
『駄目かどうかを決めるために<善なる極光>を使うんだよ? たしかに邪悪に思えて清らかな存在というのは、実際に居たけどさ』
“邪悪思えて清らかな存在”というのは、言うまでもなく鈴木を指す。
しかしシスイは食い下がった。
「そ、それに<善なる極光>は今朝もお使いになりました! 日に二回もお使いになるのは、ガブリエール様の負担になってしまいます!」
『それはまぁ、そうだけど......。あそこに居る女は絶対に、あの少年とは別だ。............今までに多くの人を殺している、殺人鬼だ』
「っ?!」
その言葉を聞いて、シスイは離れた所に居る護衛の女を見やった。少女の視線は恐怖した者が宿すそれであったが、それでも、と言ってから、シスイは続ける。
「わ、私は信じます」
『どうしてそこまでして......』
そんな中、今まで黙っていた護衛の女が口を開いた。
「あなたは......自分が置かれている状況を理解しているのかしら?」
女の声は外見に違わず、大人の女性のそれであった。されど、その声に込められている思いは、決して穏やかなものではなかった。
護衛の女は続ける。
「今まで信じていたあの男に......アデルモウスに裏切られたのよね」
「そ、それは......」
「私が言うのもあれだけれど、もっと警戒すべきではないかしら?」
シスイは黙り込むが、それからぽつりと静かに口を開いた。
「少し前まで、ナエドコ......という方が私の側に居てくれました」
「は?」
「最初は怪しくて、不真面目な方と思っていたものの、出会った当初から彼の気持ちは変わらず、善意に満ちていました。そのような方に幾度となく助けられ、そしてまた私は頼ろうとしている......」
「それとこれに何の関係があるのよ」
シスイは胸の前で自身の手を組み、まるで祈るかのような素振りを見せながら力強く語った。
「あなたからは、ナエドコさんと同じくらい......いいえ、それ以上に安心感のようなものを感じます」
「っ?!」
「ただの勘に過ぎませんが、頭の中では理解が追いつかない、心の何処かで感じているこの勘に賭けたいのです。......ナエドコさんの時は、それが正しかったので」
曖昧だが、シスイは確かな思いを抱いている。護衛の女は、乾いた笑いを漏らした後、呆れながら囁いた。
「なによ、それ......。もうほんっと、スー君が嫌いになりそう......」
そんな護衛の者の声はシスイの耳にまでは届かない。
「あの、あなたのお名前は......」
「え゛」
不意の質問に、護衛の女は間の抜けた声を漏らしてしまった。というのも、女は護衛を任されてから依頼を終えるまで、口を開く気が一切無かったからだ。
しかし今更黙り込むのも気が引けるので、吃りながら答える。
「れ、レベチカよ」
(あ、これ偽名だ)
ガブリエールはなんとなくだが、護衛の女の言葉に嘘を感じた。やはり信用できないな、と一人で警戒を続ける大天使であった。
言うまでもなく、護衛の女は偽名である。しかし本当の名を知る由も無い聖女と大天使は、その者を“レベチカ”という女と認識することにした。
無論、聖女に至っては、それが偽名であることすら気づいていない。
本当にこれから大丈夫か、そうガブリエールが思った時だ。
「ホッホッホッ。これまた珍妙な名じゃな、女傭兵」
「「『っ?!』」」
この場に聞こえるはずの無い男の声が響いた。
護衛の女は跳ねるようにして立ち上がり、声のする方へ振り向く。
視線の先は部屋の出入り口。そこにはレベチカにとって見知った三名の顔があった。
『......なんだ、あいつら』
部屋の扉が開く音すら聞こえなかったガブリエールは、そう静かに呟いた。それに答えたのは、護衛の女レベチカである。
「<
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