第361話 報酬は没収されて

 「そ、そんなことを、奴らはシスイさんにさせてたんですか」


 「記録上ではね」


 僕の震えた声に、サースヴァティーさんがなんとなしで肯定した。


 聞かされた話は、聖女シスイの【固有錬成】について。なんでも、他者から無条件で愛されるらしく、それは種族問わないらしい。


 それを確かめるために、教会の裏の連中――<堕罪教典ホーリー・ギルト>は、聖女シスイを危険な目に合わせたようだ。具体的には、魔族やモンスターの前に彼女を放置するという手段で、敵の出方を見るために。


 そして例外無く、聖女シスイを殺す者は居なかった。全員、シスイさんを慈しみ、敵対する意を示さなかったみたい。


 ミーシャさんがコーヒーを啜りながら語る。


 「まぁ、<堕罪教典ホーリー・ギルト>というよりは、アデルモウス枢機卿が独断でやった感じがするけどね」


 「はい?」


 「確かにアデルモウス枢機卿は<堕罪教典ホーリー・ギルト>と関わりがある。でもそれは聖女に関してというより、魔法根絶化計画に関してだろう。あとは【固有錬成】抽出計画だけど......情報が少ないから確かなことが言えない」


 それだ。魔法の根絶化計画は以前、少し聞いたからわかるけど、【固有錬成】抽出計画ってなんだ。


 アデルモウスと戦っているときも、あいつは僕の身体に興味を抱いていた。なんか組織とは関係なく、個人的な研究とか言ってたな。


 僕がそんなことを考えていると、ミーシャさんがそのことについて語ってくれた。


 「【固有錬成】抽出計画はそのまんまの意味だよ。他者から【固有錬成】を奪って、使えるようになるためには、何をすべきか調査している所だろう」


 「なんかよくわかりませんね......」


 「まぁね。でもおそらくその計画は、ワタシたちがこの国にやってきた理由と関わっている」


 「?」


 「ワタシたちは何をするために、この国に来た?」


 「それは呪具と呼ばれる<三想古代武具>を運ぶために――あ」


 そう言いかけて、僕は続く言葉を止めてしまった。


 まさか、僕らがこの国に運んできた呪具を奴らは利用するつもりか。各国から集める理由は、呪具の封印、もしくは破壊という名目で。


 生物が持つ【固有錬成】と、武具が持つ特殊能力。もし他者から【固有錬成】を奪うという目的のために、呪具と呼ばれる<三想古代武具>を対象に実験しているとしたら......。


 いやいや、それって可能なの? 呪具の持つ力と【固有錬成】って関係ある? さっぱりわからなくなった。


 『おいおい。狙いが定まらねーぞ。奴らはいったい何がしたいんだ』


 と、今まで静かにしていた妹者さんが、尤もなことを指摘する。


 そりゃあそうだ。魔法を根絶化させるために女神の片足を利用するわ、シスイさんの【固有錬成】について研究しているわ、呪具を浄化するわで訳わからん。


 が、そんな僕らに、姉者さんが静かに答えてくれた。


 『おそらく、平和のためでしょうね』


 「『は?』」


 僕と妹者さんは思わず、間の抜けた声を漏らしてしまった。


 ミーシャさんたちは茶を淹れ直しているため、僕の近くには居ない。


 『魔法を根絶化させるのは、争いの手段を消すため』


 姉者さんの言わんとすることはわからないでもない。


 この世界の住人のほとんどは魔法を使う。生活に魔法という概念は欠かせなくて、それは争い事でも同じだ。


 『聖女の【固有錬成】を研究していたのは、大衆の心象を意のままにするため』


 聖女さんは誰にでも好かれる。それを争いの無い時代の象徴として活かしたいのだろう。


 『そして【固有錬成】を奪うことは、それら二つの目的をより強固なものとし、永続化を見込んでのことでしょう』


 それは......。


 確かに人間の平均的な寿命は百年かそこらだろう。あまり詳しくないが、医療技術は魔法に頼りっきりのこの世界じゃ、それは僕が元居た地球より少ないかもしれない。


 そしてこの世界の戦闘は基本的に魔法によるもので、【固有錬成】を使える者も少なくない。


 だったら、そもそも、魔法を奪って、【固有錬成】を奪って、と戦える力を奪った方が合理的だ。


 終いには、シスイさんの力で民衆の心を掌握し、争いごとはいけませんよって絶対的な正義を謡うつもりか。


 上っ面だけ見れば......すごく綺麗な思想だ。


 でも、


 「そんなの......詭弁になりかねない」


 『『......。』』


 僕がそう呟くと、魔族姉妹は黙り込んだ。


 代わりに、サースヴァティーさんとミーシャが応える。


 「“詭弁”......ね。言いえて妙な捉え方だな」


 「でもそれは正しい。一歩間違えれば、一神教による絶対的な統治が成される。誰も抗えない圧倒的で、且つ、一方的な力をチラつかせて、ね」


 僕はミーシャさんとサースヴァティーさんに問う。


 「お二人はこれからどうするんですか?」


 「ワタシたちはこの国を出るよ。大体情報は集まったからね」


 「これ以上聖国に留まっても仕方ないからさ〜」


 そう言って、サースヴァティーさんは自身の懐から白銀貨を取り出して、それを二枚、僕に手渡してきた。


 「だからね、ズキズキ。今まで協力してくれてありがとう」


 「ふふ、すごいじゃないか。当分は遊んで暮らせるよ」


 「......。」


 僕は無言で受け取った白銀貨を見やった。手持ちの貯金だけでも、しばらくは遊んで暮らせる。これだけお金があれば、僕は悠々自適に旅ができる。


 でもその選択肢は無い。


 心残りがある。聖女さんのことだ。ミーシャさんたちの話によれば、ある程度、聖女さんの安全は確保されている。それにレベッカさんや大天使ガブリエールだって側に居るんだ。そう危険な目に合うことはないはず......だけど心配だ。


 あとは......姉者さんの片足に関して考えないといけない。レベッカさんに奪われて、また<堕罪教典ホーリー・ギルト>の下へ渡ってしまった彼女の足をどうするか。


 『苗床さん』


 「わかってる」


 兎にも角にも、じっとしている訳にはいかないな。


 僕は姉者さんに短く返答してから、ミーシャさんに向き直った。すると彼女は、僕がこれから言うことを察したのか、先んじて言う。


 「言っとくけど、我々の専売特許は情報収集だ。強引な手段には協力できないよ」


 「そこをなんとか......。この白銀貨でミーシャさんたちを雇えないでしょうか? フルオプション、三時間コースでお願いします」


 「もしかして、ふざけてる?」


 すみません。人生で一回は言ってみたくて。


 僕のダメ元のお願いをスルーして、彼女は続けた。


 「それにズッキーがやろうとしていることは、一国を敵に回す行為だ。お勧めしないよ」


 「え、ギワナ教の裏に潜む組織を相手にするだけですよ?」


 「はは。それで済む訳ないじゃないか」


 ミーシャさんは理解できていない僕に優しく教えるように続けた。


 「いいかい? 教会は表立って呪具を集めた。裏で研究するためにね。そしてこの国はギワナ教が基盤だ。そんな連中を相手にすることは、この国を敵に回すことと同じだよ」


 「それは......」


 「きっとズッキーが連中のみを相手にしたとしても、教会は黙っていないだろうね。そもそも<堕罪教典ホーリー・ギルト>の存在すら知らない一般聖職者からしたら、ズッキーはただの異端者ぞくだ」


 マジか......。一国を敵にするのは物怖じしちゃうな......。


 まぁでも、


 「約束したので、今更引き返すことはしませんよ」


 姉者さんと約束したんだ。それに聖女さんだって、放っておけるような関係じゃなくなってる。少なくとも僕はね。


 僕が苦笑しながら答えたことに対して、ミーシャさんは何が面白いのか、どこか満足気に微笑みながら言った。


 「相変わらず、少年は面白いね」


 「へ?」


 「よし。だったら、ズッキーに。お代は......言わなくてもわかるね?」


 彼女は不敵な笑みを浮かべて、親指と人差し指で円を作り、僕の手元にある白銀貨を見つめるのであった。

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